第19話 毒は食材を引き立てる調味料である

「なんだその蛍光塗料けいこうとりょうみたいな見るからにやばそうなキノコは!?」

「なにって……トロピカルテングタケ。猛毒だよ♪」

「猛毒だよ♪じゃねえよ! 人間だったら一口で即死だよ!」

「えーそれ人間の話でしょ。わたしたちに関係ないじゃん」

「関係あるだろ! 俺は――」


 ――半分人間なんだから。

 喉まで出かけた言葉を麒翔きしょうは呑み込んだ。


 半龍人。

 それは龍人としての能力を大きく損なって生まれてくる出来損ない。当然、桜華は知っている。口を閉ざしたのは公主様に知られたくなかったから。


「えーでも食べれないわけじゃないじゃん。ちょっとピリッとするぐらいでしょ。好き嫌いはダメだよ、翔くん」


 お母さんみたいなことを桜華が言った。


 実際、龍人族の毒耐性はほぼ無敵に近い。龍人を毒で死に至らしめることは実質不可能であるし、毒によるダメージを与えることさえ困難である。ゆえに半分とはいえ龍人の血が流れる麒翔きしょうの毒耐性は、かなり高いものとなっている。だから猛毒を食べたぐらいでは命に関わるような危険はない。ただ口の中がビリビリとしびれる感覚が不快なのと、たまにお腹を壊すことがあるぐらいである。


「好き嫌いの問題だけじゃねえ。胃がもたれるんだよ!」

「でも、おいしいじゃん」

「まぁそれは否定しないけどな」


 龍人には毒の味覚がある。毒が強ければ強いほど濃厚でまろやかに感じるもの。それは麒翔きしょうも認めている。食材の仕分けをしていた公主様が首を捻った。


「そうなのか? 毒をおいしいと感じたことはないのだが。どうも薄味すぎてな」


 猛毒を薄味に感じるということはそれだけ毒耐性が高いことを意味している。龍人の毒耐性は出生時ですでに上限付近にあるので、それが上限に達したところであまり意味はない。無駄に高性能ハイスペックな公主様である。

 その感覚を毒耐性の低い麒翔きしょうには理解することができないが、


「味覚を一つ損なうと考えれば、結構シャレになんねーか」


 アルガントで暮らしていた頃は、毒料理を食べたことはなかった。初めて食べたのは学園に入ってから。龍人は毒を調味料代わりに使うので、食堂で食べるご飯も、購買で売っているお弁当にも、当たり前のように毒物が混入している。初めて食べた時は、感動のあまり打ち震えたほどである。あの味覚を味わえないというのは、それはそれで不幸だと思う。


 公主様は表情の乏しい顔を曇らせて残念そうに頷いた。


「そうなのだ。おかげで毒の妙味みょうみを堪能できなくて困っている」


 毒耐性の低い麒翔きしょうとは逆の意味で悩んでいるようだ。同意はできないが共感はできる。恵まれた才能にもこんな落とし穴があるんだなと麒翔きしょうが一人納得していると、


「へー、毒耐性が高すぎるのも考えものだねー。丁度、中間のわたしが一番楽しめるってことで!」


 とか言いながら、桜華はトロピカルテングタケを鍋にどさどさとぶちこんだ。それはもう豪快に勢い良く。


「って、どさくさに紛れて全部入れてんじゃねーよ!」

「いいからいいから。毒とか気にせずキノコがあれば食料とできるのは、龍人わたしたちの特権なんだからさ。ありがたく頂きましょう!」

「それでも全部入れることないだろ……」


 虹色に染まった鍋を見て、麒翔きしょうはげんなりする。この量だ。間違いなくお腹を壊す。というかそれ以前に見た目がトロピカルすぎて食欲が失せる。


「料理は大胆かつ大味に! その辺にある食材をダイナミックにぶちこんでいけば、だいたいどうにかなるんだよ。これ豆ねー」

「ほうほう。勉強になる」

「って何を教えてんだ、何を!? てか、黒陽おまえもおまえだぞ、ほうほうじゃねえし、そしてメモってんじゃねえ!」

「いい? 翔くんは天邪鬼あまのじゃくだから好きなものでも嫌がるフリをするの。ほら言うじゃない? 嫌よ嫌よも好きのうちって」

「そうなのか。参考にさせてもらう」

「おぉい! さらっと嘘を教えるな。しかも言葉の意味が微妙に違う!」

「ほらね。嫌がったフリしてるでしょ」

「本当だ。その証拠にテンションが少し高い」

「ぐっ……こいつらぁ……」


 麒翔きしょうは会話を放棄。

 目を閉じて、もう好きにしてくれといわんばかりに放り投げた。


「で、次は山菜をどーん!」

「おお、パステルカラーにより近くなったな」


 絵画かいがかな? 麒翔きしょう前衛的ぜんえいてきな絵を思い浮かべた。


「さらに黒獅子くろししの干し肉を投入! 真っ黒ないい肉だよー」

「おお、すみをぶちまけたように色が変化したな。いい匂い。おいしそうだな桜華」


 習字しゅうじかな? 「おいしそう」が皮肉にしか聞こえない。


「でしょ! でしょ! で、最後に塩で漬けておいたワカメをがつんと!」

「おお、鍋の中で増えていくな。沼地の水草のようだ」


 毒ガスの吹き出るドロドロの沼地が頭に浮かんだ。

 どう考えても食べ物に対するコメントではない。

 薄目を開けて様子をうかがいたい衝動を必死に抑える。


「あ、塩抜き忘れちゃった。ま、いっか」

「それはよくねーよ!!!」


 ツッコミどころ満載の会話に思わず横槍よこやりを入れると、あらあら、無視するんじゃなかったんですか? というようなニヤついた顔を桜華が向けてくる。


「塩抜きを忘れたのは嘘でーす。やーい引っ掛かった引っ掛かったー!」


 などと子供みたいなことまで抜かしやがる。

 我慢できずに麒翔きしょうは口を挟むことにした。


「なぁ黒陽。桜華の料理を参考にしないほうがいいと思うぞ」

「なぜだ」

「そいつの料理は適当だからだ。ちゃんとした人に習った方がいい」

「そんなことはない。桜華は料理が得意だと言っていた」

「そうだよー。ほら、味見してみ。あーん」

「む、とても美味しい! 桜華は料理の天才だな」

「まじかよ……うまいんだそれ」

「だいたい、わたしの手料理を食べたこともない癖に、勝手に決め付けるなんてナンセンスだよね。ほら、翔くんも食べてみなさい」


 器に盛られたドロっとした液体。ヘドロのようなそれを前に麒翔きしょうは頭を抱えた。これならまだレインボーのほうがマシだったとさえ思う。早く食べろと言わんばかりにスプーンを手渡されれば、もはや覚悟を決めるしかない。


「ああ、わかったよ。食えばいいんだろ食えば」


 ええいままよ! とヘドロにスプーンを突き立てる。べちょっという不快な音が耳に届き、そこで一瞬戦意を削がれ、心が折れかけるも、歯を食いしばってスプーンを口へと運ぶ。


「ん? うまい」


 意外な結果に麒翔きしょうは目を丸くした。

 黒獅子の干し肉とキノコの出汁だしがよく取れている。ドロっとしたスープは旨味成分が凝縮ぎょうしゅくされ、信じられないほど濃厚な仕上がりとなっている。そしてその出汁だしを存分に吸った山菜とワカメのシャキシャキという噛み応えがなんとも小気味よい。噛むごとに出汁が染み出し、濃厚な味を長く楽しむことができる。


「でしょー! 食わず嫌いめ。反省しろー」


 桜華が得意げに小さな胸を反らした。


「だいたい鍋なんてものはおいしい食材を適当にぶちこめば形になるものなの!」


 もはや反論の余地はない。完全に白旗である。


「わかった。俺が間違ってた。桜華は料理がうまい。すまなかった」

「えへへー、わかればいいのよ。わかればー」

「桜華。先生と呼んでもいいだろうか」

「オッケー! ほらほらーおかわりまだいっぱいあるよー」


 望外ぼうがいの結果に、麒翔きしょうの食は進んだ。余程おいしかったのか普段は表情の乏しい公主様の顔まで和らいでいる。桜華はいつもと変わらず、騒ぎながらスープを頬張る。三十分としないうちに鍋は空になった。


 しかしその後、麒翔きしょうはお腹を壊したのだった。

 原因は言うまでもなく、隠し味に大量の猛毒が隠されていたためである。

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