第10話 公主様の選択

 昼休み。

 校舎西側に位置する一階の空き教室。窓際の席に陣取り、麒翔きしょうは頬杖をついて外を眺めている。くぁと大きな欠伸あくびが出た。寝不足だった。


 寝不足の要因の一つでもある黒龍石の両断。校内はその噂で持ち切りとなっていた。麒翔きしょうの陣取る空き教室でも、上級生の女子生徒たちがわいわいとお弁当をつまみながらその噂話で談笑している。


「ねえ聞いた? 黒龍石が真っ二つになってたんですって」

「聞いた聞いた。なんでもあの上院の生徒がやったって噂よ」

「えーウソぉ! わたしは怪人が校内に侵入して両断したって聞いたんだけど」

「怪人じゃないわよ。幽霊よ、幽霊! あたし見たの黒い影がすーっと研究棟の方へ行くのを」

「それこそ嘘よ」

「だってあんなこと学生にできるワケないじゃない。剣聖と呼ばれた龍皇・閃道せんどう陛下じゃあるまいし」

「でも、もしも学生だったら閃道せんどう陛下の再来ってことでしょ?」

「未来の龍皇陛下がこの学園の生徒にいるっての? いるなら今のうちに唾つけておかなきゃ」

「あんたじゃ無理よ。分不相応だわ」

「そういえば一年生に上院の首席と引き分けた男子がいたよね」

「えー、じゃあその子がやったのかしら」

「だから学生にできるワケないって」


 女子生徒たちが楽しそうに噂話に花を咲かせるのを聞いて、思わずため息がこぼれた。


「噂に尾ひれがつきすぎだ」


 怪人が侵入してとか、幽霊がどうというのは論外として、公主様にまで飛び火している件については少しばかり申し訳なく思う。黒龍石を両断したのが学生というのは事実だが、かつての龍皇・閃道せんどうの再来というのはさすがに盛りすぎだ。


 閃道せんどうは数々の伝説を残し、剣聖と呼ばれた三代前の龍皇である。

 彼は剣術の達人であったとされ、剣一本で龍人族の頂点へ上り詰めた男として今でも語り継がれている。


 あるいは、剣術の腕――というか《気》の練度だけを比べれば、当時の彼と並び立てるのかもしれない。しかし、適性属性なしなどという理不尽を押し付けられた麒翔きしょうと違って、純血の龍人である閃道せんどう陛下は魔術や吐息ブレスも一通り使えたはずである。


「だから俺とは違うんだ」


 使えないのと、使えるけどあえて使わない。両者は、結果だけを見れば同じように見えるかもしれない。だが、最初から選択肢がないのと、豊富な選択肢が数々あった上であえて使わないのとでは、天と地ほどの差がある。


 席を立つ。


 少し時間を空けたことが功を奏し、購買部は空いていた。

 残ったお弁当は人気のないものがほとんどだが、麒翔きしょうはその辺あまり頓着しない。生徒の人波で混雑する中、人を押しのけることに労力を使うぐらいなら、余りもので適当に腹を膨らませたほうがマシなのである。


 適当に焼き魚弁当を見繕って購入する。

 向かう先は魔術研究棟の敷地にひっそり佇むボロ小屋。


 今日は出てきているだろうか。病弱な桜華おうかはちょいちょい学校を休むことがある。小うるさい奴ではあるが、居てくれたほうが退屈しないで済む。


 ドアノブに手を回すと、小屋の中から談笑する声が聞こえてきた。

 珍しいこともあるもんだと思ってドアを開けると――


 絶世の美女がそこにいた。

 そして眩暈めまいがするほどの強烈な違和感に襲われた。


「あ、翔くんだ。やっほー」


 無論、絶世の美女とは――大変失礼なこととは思うが――桜華のことではない。その美しい女は桜華の隣に仲よく座り、控え目な会釈えしゃくを寄越してきた。濃密な一夜を経て、不器用で言葉足らずな女だということを今ではよく知っている。昨夜別れたばかりのその女はかすかに微笑んでいるように見えた。


「公主様……なんでここに……」


 上院の生徒であるはずの公主様が下院の敷地にいる。しかもごく自然な形で、桜華と二人だけの秘密基地にいたのだから、そりゃ驚くというもの。


 そして麒翔きしょうが最初に感じた眩暈がするほどの強烈な違和感の正体は、公主様がその場に居たことによって発生したものではなく、彼女の服装の方にこそあった。


「てか、その制服……まさか」


 赤と黒の絢爛けんらんな龍衣姿ではなかった。それは紛れもない下院の制服。上院のものと比べるとやや見劣りする赤と白の龍衣。それが強烈な違和感に繋がった。


 公主様が深々と頭を下げた。


「昨日は失礼した。今日からは同級の友となる。よろしく頼む」

「同級の友ってまじかよ……」


 下院から上院へ昇格するシステムはある。

 上院から下院へ降格するシステムもある。


 だが、首席の肩書きを持つ公主様が降格するはずがない。そのはずなのだが。実際そこに下院の制服を着て座っているのだから、そうなのだろうと無理矢理納得するしかない。


 麒翔きしょうは気まずげに入口へ一番近い席――桜華の目の前に腰を下ろすと、長机に焼き魚弁当を広げて黙々と食べ始めた。見れば、桜華たちも昼食の途中だったらしく、各々のお弁当を広げている。


「で、なんで公主様と一緒にいるんだ」

「座学の特別授業で一緒だったんだけどね。ようちゃん……ほら、昨日のことで孤立してたから。声掛けてみたんだ」


 大蛇のから揚げにがっつきながら桜華が答えた。

 昨日のこと、とは片っ端から成績上位者をのしていった事だろう。

 決闘を挑まれた身としてわかりみが深い。


 だがそれは、敬遠しているというよりかは、高貴な身分の公主様にどのように接したら良いのかわからない。と、そちらの意味合いの方が強いような気がする。


 そんな公主様に臆することなく話しかけにいけるのは、桜華の無遠慮な性格と優しさゆえからなのだろう。入学して間もない頃、一人で落ち込んでいた麒翔きしょうに声を掛けてくれたのも彼女だった。だから今もこうして一緒にいる。


「実に桜華らしいな。って、おま。ご飯粒飛んでんよ」


 豆鉄砲の如く飛んできたご飯粒を回避する。

 静かに箸を運ぶ淑女然しゅくじょぜんとする公主様とはえらい違いである。


 凛と澄ました佇まい。背をピンと正し、箸に乗せられた少量の食材を口へと運ぶ。その一つ一つの動作がいちいち優美で様になっている。


「しかしそれよりも、桜華おまえ。公主様を捕まえてあだ名で呼ぶのはまずいだろ。無遠慮ってレベルじゃねーぞ」


「えー! そんなことないよ。陽ちゃんだって好きに呼んでいいって」


 箸をピタリと止めて、公主様が首肯しゅこうする。


「あなたの群れに入ることにした。だから今後は気安く黒陽こくようと呼んでくれ」


 おもいっきりせた。桜華がすごく嫌そうに身を引いた。


「やだ。翔くん汚い」

「お互い様だろ……てか、何言い出してん……ですか。公主様」


 勢いでタメ口になりかける。昨夜は戦闘の興奮から生意気な口を利いてしまったが、今は至って冷静だ。きちんと節度を保たなければならない。


 公主様はゆるゆると首を振り、心外だと言わんばかりの顔で言う。


「特別扱いもやめて貰いたい。桜華と同じように扱っては貰えないだろうか」


 突然の超展開に麒翔きしょうはついていけない。昨夜の熱がぶり返してくる。


「一応言っておきますけど。俺は群れを作るつもりはありませんよ」

「心配するな。私が立派な群れを作ってやる」

「話が嚙み合ってねえ!?」

「任せておけ。私なら上院の生徒にもツテがある。六人の妃は厳選して優秀な者を集めてやるからな」

「いやいやいや、どうして厳選しようとしてるんですか!? そもそも優秀な上院の生徒が俺なんかを相手にするわけないでしょ」

「そうだな。優秀というだけでなく、性格や忠誠心などを考慮した多角度的な視点から選ぶべきだな。もちろん、あなたの好みも反映させるつもりだ」

「いや、俺の意見一ミリも反映されてねえけどな!?」

「群れの主人たる者、どんと構えておけばいい。雑用は私に任せておけ」

「駄目だ、この人。話聞いてくれない……」


 話が勝手に進んで行く。公主様の振るう弁に熱が入る。


「私付きの侍女が五十名いる。嫁入りの際はこれらも加わることになる。スタートとしてはまずまずの戦力が整うだろう。いや、待て。他の妃のお付きも加えれば、百名近い群れになるな。よし、これなら父上も納得されるだろう」


 熱い想いを語り出した公主様。目を輝かせて語るものだから、つい口を挟むのを遠慮してしまった。そこから群れの理想像が語られ、上に立つ者としての心構えが説かれ、空想上の帝国が築き上げられたところで、ようやく麒翔きしょうはおずおずと切り出した。


「ところで、公主様? 勝手に群れハーレム作ろうとするのやめてもらっていいですか?」




 ―――― 第一章 終 ――――




【第二章 予告】


 公主様がハーレム計画を推進するためには、まず麒翔の群れに入る必要があった。


 しかし、一度は駆け落ちを覚悟した麒翔だが、公主様を素直に受け入れられない理由がある。それは能力の制限された劣等感、蔑まれたことによる心の傷。

 突き放そうとする麒翔に対し、公主様はぐいぐい距離を詰めてくる。しかしその距離の詰め方は少し独特で……?


 主人と認めた男には全力をもって献身を捧げる。そんな龍人女子の美徳を公主様は誰よりも強く持っていた。それは今まで恋を知らなかったゆえの反動。

 とある事件をきっかけに彼女の本気を知った時、果たして麒翔はどのような決断を下すのか?



 NEXT

「第二章 公主様と結ばれるまで」


 お楽しみに!




 ここまでお読み頂き、ありがとうございます! 第一章はこれにて完結。次回からは第二章が始まります。


 いかがだったでしょうか。


 もし「面白かった!」という場合は、評価(★)を頂けると作者はとても喜びます。★★★が一番嬉しいですが、★でも十分嬉しいです。もちろん、つまらなかった場合は評価(★)は不要です。


 また継続して読みたいという場合は、作品フォローを頂けると更新通知が飛ぶので便利ですよ。それに私のモチベーションもぐっと上昇するので、一石二鳥ですね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る