第二章 公主様と結ばれるまで

第11話 公主様との日常

 魔物との実践訓練を通して、経験を積むことを目的とした夏季特別実習。その準備期間は一週間ある。


 その間に何を準備するのかと言うと、英気を養うの一言に尽きる。要するに一週間の休みとなる訳だが、学生たちは学園の外に出られないため、彼らの行動は普段とあまり変わらない。


 暇を持て余した学生のために、座学の特別授業もいくつか催されている。

 普段は「座学なんて受けてらんねー」とかったるそうにしている学生でさえ、やる事がなくなり暇を持て余した途端「一丁受けてみるか」などと言い出すのだから不思議なものである。


 そんな中、麒翔きしょうは普段と変わらない生活を送っている。


 興味のある座学だけ受講する。

 授業がない時には秘密基地であるボロ小屋に居座る。

 気が向けば、散歩にも出かける。

 夜には自主練を行う。


 ただやはりというべきか、ボロ小屋で過ごす時間は通常授業がない分、増えていた。そしてそれは公主様や桜華おうかも同じで、必然的に三人で過ごす時間が長くなる。


 公主様が下院に転属して今日で三日目となる。

 一日中顔を付き合わせていれば、嫌でもその人となりがわかろうというもの。


 わかった事その1

 公主様は表情の変化に乏しい。


 出会った当初は、その美しさに圧倒されて細部にまで目が届かなかった。しかし、よく観察してみると表情の変化がほとんどない。笑う時でさえ、ほとんど表情が動かないため微笑を浮かべる形となる。とすれば三日前、駆け落ちしようと持ち掛けた際に、大笑いしていたのは珍しいことなのだとわかる。


 わかった事その2

 公主様は口下手である。


 これは薄々わかっていた事ではある。肝心なところで言葉が足りない。会話のキャッチボールが成り立たず、論理が飛躍することがあった。

 ただ、ここ数日で新たに発覚したのは、雑談がとても苦手だということ。

 議題さえ決まっていれば誰よりも雄弁に語ることができるのだが、フリートークとなると途端に無口になる。放っておくと桜華と二人だけの会話になってしまう。


 わかった事その3

 公主様はかわいいところがある。


 桜華と二人だけで会話を進めていると、乏しい顔にちょっぴり拗ねが入ることがある。見かねて話を振ってあげると、少しだけ表情が華やぎ機嫌が良くなる。まるで子犬のようなその反応が、ここ最近の秘かなお楽しみポイントである。なお、本人には口が裂けても言えない。


 わかった事その4

 公主様は群れ拡張型思考の持ち主である。


 座学の授業で学んだことがある。

 群れには「群れ〇〇型思考」と呼ばれる、群れの方針を表した概念がいねんがある。


 安定型思考、精鋭型思考、服従型思考、君主不要型思考、独立型思考など。その中でも公主様は拡張型思考の持ち主だった。拡張型思考とはその名の通り、群れをどんどん拡大して勢力を伸ばしていく考え方である。なお、この考え方は貴族特有のもので下院では一般的ではない。


 わかった事その5

 公主様は桜華と仲が良い。


 龍人は力の劣る者を見下す種族である。なので、高貴な公主様は下院の生徒など眼中にないと思っていた。しかし、どうやらそれは間違いだったようで、公主様は桜華に対して対等に接してくれている。桜華にからかわれて怒ることもあるが、それは友人としての健全な範囲に留まっている。



 お昼時。

 ボロ小屋に集まった三名は、各々の購入したお弁当を広げていた。

 桜華の前に広げられた山盛りの丼型弁当に視線を向けて、麒翔きしょうは苦笑を漏らす。


桜華おまえ、大蛇のから揚げ弁当本当に好きだよな」

「歯ごたえが好きなの。翔くんも食べてみたら? おいしーよ」


 呑気なことを言いながら、鋼鉄並みの強度を持つ大蛇の鱗を噛み砕いている。


「いや、遠慮しとく。歯が欠けそう」


 一方の公主様はお上品に箸を運び、優美な幕の内弁当をバランス良く食べている。麒翔きしょうは頭をガリガリときながら、照れ臭そうに礼を言う。


「俺の分まですまんな。ありがとう」

「ん、問題ない。物のついでだ」


 目の前に置かれた幕の内弁当に視線を落とす。なかなかお弁当を買いに行こうとしないものぐさな麒翔きしょうのために、公主様が自分の分と一緒に購入して来てくれたものだ。

 当たり前のように彼女は言う。


「三人一緒に食べられる方がいいだろう」


 わかった事その6

 公主様は尽くすタイプらしい。


 記憶のメモに麒翔きしょうは一筆書き加えた。


「公主様をパシリに使ってるみたいで、ちょっと心苦しいな」

「その呼び方はやめてくれと言っただろう」

「ああ、そうだった。すまん、黒陽」


 名前を呼ぶと公主様は乏しい顔に薄っすら笑みを浮かべる。


 わかった事その7

 公主様は少し面倒くさいところがある。

 ちなみに敬語を使っても怒られる。


「ほういへばふぁー」


 大蛇のから揚げを頬張り、リスみたいになった桜華が言った。

 もぐんと飲み込み、続ける。


「特別授業で人生計画歓談っていうのがあるんだけど、どんな授業なんだろ」


 その問いに答えられるだけの知識を麒翔きしょうは持ち合わせていない。必然的に、その問いに答えたのは容姿端麗ようしたんれい、成績優秀な公主様だった。


「簡単にいうと将来やりたい事を歓談形式で進めていく感じだな。毎授業ごとにお題が決まっている。肩の力を入れる必要もないし、飽きることなく楽しめるぞ」

「将来の夢みたいな感じー?」

「大雑把に言ってしまえばそうだな。群れをどう導きたいとか、仕事はどうしたいとか。細かく言えばキリがないのだけど」


 関心したように桜華が頷いている。麒翔きしょうはなんとなく軽い気持ちで聞いてみた。


「桜華の将来の夢ってなんだ?」


 桜華は思案したのち、下唇に人差し指を当てながら言う。


「ん-、お嫁さん」


 間の抜けた桜華らしい回答に麒翔きしょうは思わず吹き出した。群れに属さない龍人など余程の変わり者でない限り存在しない。当然、麒翔きしょうが聞いたのはその先、群れに所属した後どうしたいのかだったのだが。


「いや、誰だってどこかしらには嫁ぐだろ。俺が聞いてるのはその先だよ。それとも、どこか具体的な希望先、入りたい群れでもあるのか?」


 即答が返る。


「んーん、わたしを貰ってくれるなら誰でも」

「誰でもって……桜華は優秀なんだから引く手あまただろ」


 公主様ほどではないにしろ、桜華も優秀な女である。下院での成績は女子生徒の中で第五位。容姿だって決して悪くない。美人と呼ぶには幼さが全面に出ており、どちらかというとかわいい系ではあるが、顔は十分整っている。短くした栗色の髪が少し龍人らしくないかもしれないが、チャームポイントと言えなくもない。

 唯一の難点は体が弱く、授業を休みがちだということだが、それを差し引いても桜華の需要は十分高いと思われる。


「そうだったらいいな」


 桜華はそっけなくそう言って。そっぽを向いてしまった。


「私には聞いてくれないのか?」


 公主様がすごく不満そうな顔をしている。

 返る答えがなんとなく想像できるだけに麒翔きしょうは迷った。そして迷った末に、公主様の乏しい顔が険しくなっていくのを察して、圧力に負けた。


「黒陽の将来の夢ってなんだ?」

麒翔きしょうの群れを世界一の群れに育て上げることだ」

「ブリーダー感覚かよ!?」

「ブリーダーではない。統率者だ」


 桜華曰く、龍人が口にする「群れに入る」という言葉には複数の意味が含まれているらしい。それは「嫁ぐ」という意味の他に、「就職する」や「仲間になる」という意味合いが含まれている。

 おそらく公主様の中では、就職先の組織を大きくするぐらいの感覚なのだろう。そのために必要だから、妃をあてがおうとしている。有難ありがた迷惑な話である。


「とにかく。俺は群れを作るつもりはない。何度も言ってるだろう」


 群れを作ろうとしない龍人は相当な変わり者。奇人の類である。桜華のことを笑っておきながら、彼にはその自覚がない。当然、公主様は納得しない。


麒翔きしょうは照れているだけだと桜華が言っていたぞ」

「は? おいちょっと待て。桜華? てめえ、何吹き込んでんだ」

「とか言いながら、翔くん顔赤いよ?」


 ぐっと麒翔きしょうは言葉に詰まった。確かに顔が熱いような気がする。


「あの頑固な翔くんがとうとう群れデビューかぁ。感慨かんがい深いなぁ」

「よしわかった。いい度胸だ。表出ろ」


 椅子を蹴るようにして麒翔きしょうが立ち上がると、お弁当片手に桜華も臨戦りんせん態勢を取る。そしてドタバタと追いかけっこが始まった。ほこりが舞う中、公主様はマイペースに箸を進める。そしてぽつりと一言。


「上院の昼食と違って下院こちらは賑やかだな。悪くない」


 薄桃色の唇が楽しげに笑んでいた。

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