第10話 C組との合同授業②

 深呼吸しながら腹部をさするレオン。俺はその姿を見て申し訳なく思い、強化魔術を解除する。


「……もう大丈夫だ。いくぞ、ルカ!」


 再びレオンの眼に闘志が宿り、体全体を覆う魔力が右手に集約する。


「――来る! レオンの攻撃が!」


 俺は軽く息を吐いて、体内の魔力を解放させる。赤色の魔力はまるでガスバーナーのように激しく放たれ、一瞬にして俺を覆った。


「ファイアボール!」


「ファイアボール!」


 両者おれたちの放った火球は中道にして衝突し、砂塵と爆音を残して消滅。


 使用した魔術、手から放たれたタイミング、ファイアボールの威力、その速度。どれもほとんど同じだった。


「……まじかよ」


 レオンは中途半端な笑みを浮かべた。きっと理解したんだろう、明確な差を。


 あのとき、レオンは既に魔力を放出しており戦闘態勢だった。一方、俺はまだ魔力の対外放出をしていなかった。例えるなら、レオンは銃を構えた状態だったのにも関わらず、リロード中の俺を撃ち抜けなかったということになる。


「俺、昔から魔術発動の速さには自信があるんだ」


「さすがだな、ヴィンセントとの戦いはまぐれなんかじゃないってわけだ。だが、俺が勝ってみせる!」


 闘志を取り戻したレオンは今度は両手を前に出し、そこへ魔力を集中させる。


「フレイム――」


 弓を引き絞るように唱えるレオン。それに呼応するように魔力が両手に集約する。魔力の流勢は先ほどより激しく、次の魔術は大技であると予感させた。

 

「ブラスタアアア!!」


 両掌から放たれた炎は爆音と共に、まるで火炎放射器から放たれたように、一直線に俺へ迫る。


「くっ、正面から受け止めてやる――!」


 絶え間なく俺に襲い掛かる炎。視界は赤色に染まり、耳にただ爆音だけが響く。


 この威力は中級魔術に違いない。


「五……六……七秒!」


 七秒が経過したところで攻撃が止んだ。視界には砂塵の舞う地面と青い空、そしてレオンの姿。


「これでも駄目なのかよ!」


 レオンは悔しそうに叫んだ。慢心するわけではないが、今のレオンでは俺に勝つことは難しいと思う。不可能と言ってもいい。


「いや、結構きつかった。身体を覆う魔力量を増やしていなければ魔石は砕けていたかもしれない」


 謙遜なのか、それともレオンに対するフォローなのか、あるいはその両方か。自分でも分からずに口から言葉が出た。


「……結構ってどのくらいだ?」


「……こんくらい?」


 俺は親指と人差し指を五センチ程離して表す。


「そんだけかよ!」


「いやいや! まさか中級魔術を使えるなんて思わなかった。それだけできるのにどうして――」


「どうしてC組かって?」


「ああ、それくらいできるならB組いや、A組でもいいはずだ」


 レオンはわずかに下を向いてため息をつく。


「俺、入学試験の筆記試験が全然駄目だったんだよ。それに――」


「それに?」


「いいや、言い訳しても仕方ないな。悪かった、再開しよう」


 再びこちらを見つめるレオン。その表情には明らかに疲れが出ている。体内に貯蔵できる魔力量には限りがある。先ほどの中級魔術でそれを激しく消耗したのだとすれば、こちらがだいぶ有利だ。


 大気中のマナを体に取り込み、自身の魔力にするには時間がかかる。ここは一気に畳みかけて勝負を終わらせるか。


「十指火球砲!」


 俺の両手の指から生まれた飴玉大の火球がレオンに襲い掛かる。正面から、真横から、背後から、上空から。ありとあらゆる角度から高速で襲い掛かる火球に対し、レオンは踊るように避け続ける。


 あいつ、攻撃魔術で迎撃してこないのか? だったら――!


 俺は身体を覆う魔力を操作し、二つの魔力の塊を形成。それらをイメージに合わせて形成していく。より細く、より長く――!


「獄炎双槍!」


 二本の炎の槍はレオンのもとへ一直線に進む。


「今度は槍かよ!? くっそー!!」


 レオンは必死に目と首を動かして十二の攻撃を目で捉える。おいおい、本当に身体強化していないのか? 


「これならどうだ!」


 このままでは埒が明かないと考え、レオンを槍で挟み撃ちにする。


「くっ、おりゃああ!」


 レオンは雄たけびと共に素早く上体をのけ反らせ、迫りくる二本の槍を回避する。炎の槍は勢いのまま互いに衝突し、激しい衝撃を生み出した。


「どうだ、火球も槍もなくなったぞ!」


 砂塵から現れたレオンは、自身に満ちた表情と共に叫んだ。まさか純粋な身体能力で俺の攻撃を避けきるなんて。


「凄いな、さすがにこれは予想外だった」


「へへ、まあね」


 無邪気に笑うレオン。だがしかし、肝心なことを忘れている。


「でも、魔石はどうかな?」


 レオンは目を下部に向けて声を出した。ブローチの魔石は既に亀裂が入り、そこから光が漏れている。もう少し魔術ダメージを与えれば破壊できる状態だ。


 炎の槍同士で発生した衝撃も魔術ダメージであるため、魔石は当然吸収しようとしてしまうのだ。


「くっそー! 負けてたまるかああ!!」


 その叫びに呼応するように、レオンの身体から勢いよく魔力が溢れ出す。


「魔力の色が――白い?」


 一瞬、レオンの魔力が白く見えた。


 しかし、そんなことはあり得ない。魔力の色は七色で、白色の魔力なんてイレギュラーはあり得ないはずだ。


「――! いや、まさかお前は――!」


 レオン・グランドールという名は攻略本に載っておらず、俺は彼をただのモブキャラクターだと認識していた。しかし、それは間違いなのかもしれない。


 もし彼が特別な魔力を持っていたとしたら。


 もし彼が田舎の貴族だったら。


 もし彼がこの世界【八人の魔術師】の主人公だとしたら。


「悪いなレオン、試合はこれで終わりだ! 紅炎一閃こうえんいっせん!」


 人差し指の先から放たれる一本の光線は、発動と同時に思えるほど一瞬にレオンのブローチを狙撃した。


「へ? ああ!」


 ピシピシとひび割れていき、眩い光を放ちながら砕ける魔石。


 勝敗は決した。周囲に貼られていた防壁は解かれ、何人かの生徒がこちらへ向かってくる。


「くっそー! 負けたー!」


 大の字で地面に仰向けになるレオンに駆け寄る。


「なあレオン。グランドール家ってどこの貴族?」


「へ? オルトザルってとこだけど――」


 この国の端っこじゃねえか。確かオルトザルって山しかなくて人もあまり住んでいないような地域だったはず。端的に言えばクソ田舎だ。


 つまりこいつは特別な魔力を持った田舎貴族、主人公だ。


「それよりルカ、一つ頼みがある!」


 レオンは起き上がると、俺の肩に勢いよく両手を乗せた。近い近い。


「どうか俺の師匠になってくれ!」


「はああ!? いきなりどうした!?」


「俺、もっと強くなりたいんだ! だから俺に修行を付けてくれ!」


 また面倒なことを頼まれてしまった。いや待てよ? 主人公且つ貴族生と行動を共にできるのはメリットが大きい。


「わかった。俺に務まるか分からないがやらせてもらうよ」


「ほんとか! これからよろしくな、師匠!」


「……師匠は勘弁してくれ」

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〈未完〉大好きなゲームにモブとして転生したので魔術学院に入学します。 来栖シュウ @SIGUMA671213

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