第9話 C組との合同授業①


 グレイザー魔術学院には欠陥がある。


 それは食堂のメニューの値段が高いことだ。さすが貴族ばかりの学校というべきか、豪華な料理は学生の食事とは思えない値段で平民には手を出すことができない。


 一応購買部が存在するのだが、食べ物の数はそこまで多くないため、必然的に昼食に悩む生徒が出てくる。


 そんな学院に一人の救世主。二年生のサンドウィッチ先輩だ。


 彼は昼休みになると学院内を歩き、サンドウィッチを販売する。学費を稼ぐためにやっているらしく、学院はそれを黙認している。


 ちなみにサンドウィッチという名は本名で、この世界のサンドウィッチの命名者らしい。異世界にサンドウィッチがあるのはおかしい、という意見に対するカウンターパンチだ。


「ごちそうさまでした」


 なんとなく外で昼食を取りたい気分だったので、俺は校舎裏でサンドウィッチを食べた。具材はベーコン、レタス、トマトとシンプルで最高の組み合わせだ。


 よくよく考えたらこのままだと卒業するまでサンドウィッチ生活じゃね? ハンバーガー先輩とかホットドッグ先輩とか存在しないかな? ってどっちもパンじゃねえか。


 そんなくだらないことを独り考えながら歩いていると、いつの間にか運動場前に到着した。


 運動場には既に人が集まっており、見覚えのない人が多い。きっとC組の生徒だ。


「あ、ルカー!」


 石段を下りF組の集団に近づくと、レナがブンブンとこちらへ手を振っているのが目に留まった。その隣には控えめに手を振るルナ。


「おっす、午後の授業って何やるの?」


「まだ聞かされてないよ。先生も来てなくて、さっきC組の人が先生を呼びに行ったの」


「あ、てか、昼にクラスリーダーの雑用って言ってたけど結局何してたの?」


「あー、なんやかんやあってさ」


 二人は「どういうこと?」と言いたげに首をかしげる。呼び出した本人は来ないし、代理人は戦う約束したら帰っちゃうしで散々だった。


 ……そういえばレオンは? C組の集団に目を向けるも、あの目立つ赤髪を見つけることはできない。もしかして先生を呼びに行ったのって……。


 予想的中。


 レオンが二人の教師と共に石段を降りてやってきた。アトウッド先生は知っているが、もう一人は初めて見るな。C組の担任だろうか。


 呆れるようにため息をつくアトウッド先生の隣で、細身の男性教師は申し訳なさそうに後頭部をかく。


「いやーギリギリセーフかな? 少し用事があってね」


 それを聞いたルナが「今日はみんな忙しい日なのね」と呟いた。


 C組の担任は両手で持った木箱を足元へ置き、こほんと咳払いをした。


「それでは合同授業を行います。これは月末の試験に向けた絶好の機会なので、みんな心して取り組むように」


 月末の試験? 知らないのは俺だけかと気になって周囲を見る。


「そんなこと言ってたっけ?」「いや言ってないと思う」


 誰かがつぶやき、誰かが答えた。どうやらF組の誰も理解していない様子だ。もしかしてC組だけ試験があるのか?


 そんなざわざわとした空気はお構いなしに、先生は説明を続ける。……あの先生の名前なんていう人なんだろう。名乗ってくれてもよくない?


 どうやらC組対F組の模擬戦闘を行うらしい。貴族生との戦いということは先生の頼みを達成できるかもしれない。真面目に取り組まなくては。


「まずは手本を見せてもらいたいし、クラスリーダー同士でやってもらおうかな。二人とも前へ」


「へ? いきなり?」


 呼びかけに応じて前へ出ると、C組の集団から女子生徒が現れた。彼女がC組のクラスリーダー、エミリー・パラディエンか。


 鎖骨下まで伸びた茶髪に緑色の瞳。正しく着こなされた白い制服は彼女の美しさを際立てており、立ち姿には気品を感じる。


 C組の担任は腰をかがめて足元の木箱から何かを二つ取り出すと、それをエミリーに手渡した。あれは昨日の授業でも使った”魔力を吸収する魔石”だ。


「あの、これ」


 透き通るような綺麗な声と共に、エミリーからブローチが差し出される。白くてすらりとしていて綺麗な指だ。普段人の手なんて注視することはないのに何故か気になってしまう。


 俺は手を伸ばしてブローチを受け取ろうとすると、それを包むように手のひらと手のひらが密着した。柔らかくひんやりとした白い手はまるで雪のようだ。


「手、温かいんですね」


 エミリーが微笑みながら言った。その笑顔は反則だと思う。


「あ、ありがとう……ございます」


 何に対してお礼を言ったのか自分でも分からない。


「えいっ!」


 エミリーが突然ブローチを放り投げた。それは空に放物線を描きながらレオン・グランドールの手元に吸い込まれた。


「え、俺!?」


「彼の相手はグランドール君にお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「どうしてです?」


「そちらの方が良い戦いになると思います」


「うーん。……わかりました。グランドール君はよろしいですか?」


「はい! ぜひお願いします!」


 いいんだ。そんなあっさり対戦相手変えても。




 二人の先生により水色の魔石が等間隔に設置されていく。あれは防壁を展開する魔石らしい。


 戦闘の準備が行われる中、俺はエミリーが一人になったタイミングを見計らって彼女に近づいた。


「あ、あの!」


 エミリーは振り返ると、優しげな表情で微笑んだ。


「えっと、手紙の要件をレオン君から聞きそびれちゃって」


「みたいですね。ごめんなさい。私から呼び出したのに会いに行くことができなくて」


「クラスリーダーだし忙しいのは仕方ないですよ。ちなみにどんな要件だったんですか?」


 そう聞くと、エミリーは少し黙ってしまった。


「……ごめんなさい。やっぱりたいしたことではないので、忘れてもらって構いません」


「そうですか。えっと、それじゃあどうしてレオンに戦いを譲ったんですか?」


「さきほどグランドール君が嬉しそうに話していたので、つい」


「ですよね。なんかすみません」


 結局エミリーについて詳しいことは分からずじまいになってしまった。




 運動場に半径五十メートルで防壁が展開された。四十数人の生徒と二人の先生は防壁越しに見物している。


「まさかこんなに早く戦えるなんて、ついてるぜ!」


 レオンは意気揚々と準備体操をする。俺もまさか約束から一時間後に戦うことになるとは思わなかった。


「しあいかいしー!」


 防壁の外から聞こえる合図。


 それと同時にレオンは秘められた赤の魔力を放出する。


「無属性魔術、身体強化フィジカル・エンハンスメント!」


 通常の属性魔術と異なり体外に放出することなく、体内で操作し完結する魔術。それが無属性魔術だ。


 レオンは分かりやすく感嘆する。無属性魔術をこの年齢で習得している魔術師は多くない。


「いくぞ!」


 強化した脚で踏み込むと、地面に大きな跡が出来た。


「くっ、ファイア――」


「俺の方が速い!」


 俺の右ストレートがレオンの腹部に直撃。物理法則を無視するように吹き飛ばした。


 ずざざっ、と後方に吹き飛ばされながらレオンはなんとか踏ん張る。


 魔術で強化した攻撃はどれも魔術師でなければ致命傷になる威力だ。例えばレンガの壁や樹木でも簡単に穴が空く。


「まだまだいくぞ!」


「ちょ、ちょっと待て!」


 追撃を繰り出そうとする俺に対し、レオンは両手を前に出してぶんぶんと動かす。


「この戦いは相手の魔石を破壊するのが勝利条件だろうが! 物理攻撃ばかりしてどうする!?」


「あ、ごめん! 忘れてた!」


「まったく、頼むぜ」


 危ない危ない。あやうく同級生を殴殺するところだった。


 魔石の破壊には連続的な魔力ダメージが必要だ。それなら――!


でいくとするか!」

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