第8話 手紙

”二日放置されたのだから、今日も一緒に登校するべき”


 そう主張するベルのせいで、俺は今日も二人きりの登校をすることになった。傍から見たら完全にぼっち登校なのが解せない。

 

 学院の敷地内は閑散としており、生徒はおろか人もほとんど見当たらない。


「誰もいない。やっぱり少し早すぎたかな」


 というのも二日連続で遅刻するのを回避するためにいつもより早く登校することにしたのだ。


「私は別に遅刻してもよかったんですけどね」


 ベルは朗らかにそう答える。誰のせいで早起きしたんだと思っているんだこの剣は。……もう少し寝たかったな。


 瞼を擦りながら、ふと睡眠で思い出す。


「そういえば、ベルも睡眠ってするんだよな」


「厳密には睡眠ではないんですけどね。一日に九十分の休息を五回すると効率よく力を発揮できるんです」


 なんだかまるでアスリートの睡眠法みたいだな。


 思えばベルと出会って三年が経ったが、ベルについて詳しいことは分かっていない。唯一分かっていることは聖剣ラヴェールの精霊だということと透視能力があることだけだ。


「そういえば、F組の女子のことなんですけどね。この前透視して――」


「ちょっと待て。それ以上言うな」


 意気揚々ととんでもないことを言いそうなベルを制止する。どうして急にそういう話になるんだ。


「なんで止めるんですか」


「いや、止めるに決まっているだろ。絶対余計なこと言うし」


「心外ですね! 私はただF組女子の下着の色を教えてあげようとしただけだというのに!」


「このバカ! 駄目に決まっているだろ!」


 訂正。こいつはただの変態だ。


「出会った頃はこんなんじゃなかったのに……」


 正門前から教室棟へ、一階から三階の教室前へ。 

 

 教室の扉を開けると、中は案の定誰も居ない。無人の教室というのはもの寂しい光景だが、俺は不思議とこの雰囲気が好きだ。


「ん、なんだあれ……?」


 机と机の間を歩きながら定位置に着席しようとすると、俺の席に一通の手紙が置かれているのに気が付いた。


 手紙を裏返すと、丁寧な字体で“ルカ・リヒトベルグ様へ”と書かれている。やはり俺宛の手紙らしい。自体からして女性だろうか?


 昨日俺が帰る直前にこの手紙はなかったはずだけど……。つまり放課後に誰かが置いたのか。


「これなんだと思う?」


「さあ? ラブレターとかじゃないですか? モテ期到来ですよ」


 ベルはからかうように笑いながら言った。


「まさか、そんなのあるわけ――」


 俺はベルの言葉を否定しようとした瞬間、わずかに思考が停止した。誰かに惚れられる覚えなんてない。悲しいことに前世でも覚えがない。


 しかし、世の中には一目惚れという言葉がある。俺の知らぬうちに一人の女子の心 大切なものを盗んでしまったのかもしれない。あ、そう考えるとちょっとワクワクしてきた。


「そうか、ついに俺にもモテ期が!」


「あのー、ルカさん。冗談ですよ? 聞いてます?」


 俺は意気揚々と封を解き、便箋を取り出す。


「さて、一体どんな人から――」


『ルカ・リヒトベルグ君。正午に教室棟の校舎裏に来てください。お話したいことがあります』


「……ええと、つまりこれは」


 校舎裏で告白、というのはラブコメにありがちな展開だ。まさか本当に……?


 目を徐々に便箋の下段に落として差出人の名前を見つける。


 エミリー・パラディエン。俺はこの名前を知っている。確か【八人の魔術師】のメインキャラクターだ。魔術師の名家パラディエン家の次女であり、C組のクラスリーダー。


 俺は彼女とは会ったことも話したこともない。彼女が俺を名前を知っているのは不思議だ。


「……まあ、会ってみればわかるか」


――――――


 いつの間にか午前の授業が終わっていた。まだ一年生の序盤の授業であるから当然なのだろうが、内容は基礎ばかりで退屈だ。


 どうやら午後の授業はC組との合同授業らしい。貴族生と一緒に、というのが少し気がかりだが少し楽しみだ。


「さて、行くか」


 授業中に冷静に考えてみたが告白というのは考えにくく、昨日のヴィンセントとの戦いで俺に興味を持った、というのが自然だと思う。

 

 俺が席を立つと、隣に座っているルナとレナがこちらの顔を覗いた。


 俺が二人に用事があることを告げると、二人は笑顔で俺を見送る。エミリー・パラディエンの名を出そうか迷ったが、クラスリーダーの雑用と嘘をついた。校舎裏という人目のつかないところに呼び出したことから察するに、あまり他人に知られたくないのだろう。


 俺はできるだけ人目につかないように教室棟の校舎裏に到着した。


 校舎裏は木々に囲まれて鬱蒼としている。約束の相手がまだ来ないことに加え、人の気配を全く感じない。本当に来るのか不安だ。


「おーい!」


 そんな閑散した空気を吹き飛ばすような大きな声。


 振り向くとこちらへ一人の男子生徒が走ってきた。炎のような赤い髪が特徴的で、背は俺よりもわずかに高い。……上級生だろうか?


「えっと、あなたは? 俺、ある人と待ち合わせなんですけど」

 

「うちのクラスリーダーが先生の急用で来られなくなっちまってな。代わりに俺が来たってわけ」


 うちのクラスリーダー。つまり彼は一年C組の生徒のようだ。


「そうなんだ。教えてくれてありがとう。えっと……」


「俺の名前はレオン。レオン・グランドールだ」


 少年は元気に名乗る。たしか攻略本にその名前はなかったはずだ。モブキャラだろうか。


「俺はルカ・リヒトベルグ。一応F組のクラスリーダーをやってる」


 自己紹介すると、レオンは突然「あ!」と大声を出しながら俺を指さした。いきなり大声出すなよ、まだ心臓がバクバクする。


「たしか昨日戦ってたよな!?」


「ああ、うん。なんかいろいろあって」


 いろいろ……というか、昼飯を食べたら何故か絡まれたのが真実なのだが、ヴィンセントのために言わないでおこう。なんかかわいそうだし。


「なあ、俺とも戦ってくれよ! 俺も魔力の色が赤だから気になってさ」


 レオンはグイっと顔を近づけて俺に迫る。戦いかあ……面倒くさいなあ。まあでも先生の頼みで誰かと戦わないといけないので丁度いいか。C組の生徒ならヴィンセントほどは強くないだろうし。


「うん、いいよ。こっちも戦ってみたいし」


 俺が承諾すると、レオンはガッツポーズをして喜びをあらわにした。戦いの約束をしただけで喜ばれるのは嬉しくもあり照れくさくもある。


「それじゃあまた今度な、約束だぞ!」


 レオンはきびすを返して軽い足取りで去っていった。なんというか底抜けに明るい奴だったな。


「ルカさん、よかったんですか?」


 ふと空を見上げて太陽を眺めていると、ずっと黙っていたベルが口を開いた。まあ剣だから口とか無いけど。


「要件、聞いていませんよ?」


「…………あ、そうじゃん! 聞いてないじゃん!」


 勢いにのまれてすっかり忘れていた。エミリーの要件っていったい何なんだよ。


「まあ午後の授業で聞けばいいか」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る