第7話 クラスリーダーの使命

 ヴィンセントとの戦いはグリフィス先生の宣言で中止された。


 その決め手が俺の獄炎双槍だったのだから、勝者は俺なのかもしれない。


 けれど、俺は邪魔をされずに最後まで戦って勝敗をつけたかった。


 ヴィンセントはまだ奥の手を隠していた。決闘が中止されなければ見れたはずだ。


 不思議だ。戦う前はただ面倒だとしか思っていなかったのに、今は戦いを望んでいる自分がいる。


 もやもやした気分の中、しばらく闘技場の入り口でぼうっとしていると、いつの間にか予鈴が鳴った。


 まずい、と思い急いで午後の授業へと向かう。


 幸いなことに、授業が行われる運動場は闘技場の真横にある。走れば間に合うかもしれない……!


 ……本日二度目の遅刻だ。


 既にアトウッド先生が生徒を整列させ、説明を始めている。


「本日二度目ですね」


 ベルは笑いながら言う。一回目は誰のせいだったっけ?


 申し訳なさそうな顔を作りながら会釈をし、最後列の一番後ろに加わる。


 こういう形で周囲の注目を浴びるのは望んでいないんだがなあ。


「……決闘があったので仕方ありませんね」


 流石に二度目だから怒られることは覚悟していたのだが、アトウッド先生の発言は意外だった。なるほど、決闘なら多少の遅刻は許されるのか。


 再び先生は実技前の説明を再開する。


 どうやら今日は魔術属性の色ごとにグループを組むようだ。ということはルナとレナとは別か。俺以外の赤色って誰なんだろう。


「……ん? 気のせいか」


 さっきからクラスメイトがこちらを見ている気がする。遅刻のせい、じゃないよな。


「それでは、皆さん色別に分かれてもらいます。赤は――」


 先生から名前を読み上げられ、二十人の生徒がそれぞれグループを形成する。


 四人一組のグループが五つ形成された。どうやら藍色と紫色はF組にいないらしい。


「それでは、今から二十分後にグループ対抗で四対四の戦闘訓練を行います。各々作戦会議などしてください」

 

 ……はい? また戦うの?


「というわけで、どうする?」


 早速、メンバーの男子一人と女子二人に聞いてみる。


「私はリヒトベルグ君に決めてほしいかな」


 女子の一人がそう発言すると、残りの二人もそれに賛成した。

 

「私たちもさっきの決闘見てたんだ。リヒトベルグ君がいれば作戦なんて必要ないよ」


「そ、そっか……」


 俺の実力を頼りにしてくれることは素直にうれしい。だが、俺のせいで三人が考えることを放棄しているのは引っかかる。


「そうだ、言い忘れていた!」


 先生の手には紫色の宝石の施されたアクセサリーが握られている。


「これは魔力を吸収する魔石です。試合ではこれを左胸に付けてください」


「これは一定以上の魔術ダメージを受けると壊れます。先に相手のを破壊した方が勝利です」


「みたいだからさ、やっぱり作戦会議は必要だと――」


「いや、大丈夫だと思うよ? 最初に一気に破壊すればさ!」


 その破壊するのはいったい誰だと思っているのか。


――――――


 三時間後。

 

 魔術実技の授業は終わり、皆が解散した中、俺は一人運動場に残っていた。


「浮かない顔だね」


 椅子に座る俺の隣に、アトウッド先生が腰を掛けた。


「今日の授業、どうだったかな?」


「……正直に言うとつまらなかったです。それと、俺だけで勝つのは他のグループに申し訳なかったです」


 だろうね、と笑うその表情は、いつも生徒の前で見せるものとは違うものだ。


 赤色グループは戦闘訓練で全勝した。といっても戦ったのは九割俺で、対戦する四グループの魔石を開始十秒で破壊し続けた。


 瞬殺なんて申し訳ない事をした。ルナとレナにも謝らなければならない。


「実はね、今日の戦闘訓練は昼の決闘を見て思いついたんだ」


「俺とヴィンセントの戦いをですか?」


「うん。本当はやる気を出してもらうはずだったんだけどね。けど、みんな君の強さに色々思うことが有るんだろうね。おかげでやる気を失っていたよ」


 先生は子供のように無邪気に笑う。あ、先生って八重歯があるんだ。


「それは……なんかすみません」


 俺の顔を見て先生は再び笑う。先生がこんなに笑う人だなんて知らなかった。でもちょっとうるさいなこの人!? 


「私はF組の皆には気付いて欲しいの。一般家庭出身の子でも、生まれながら魔術の教育を受け続けてきた貴族の子に勝てるって。君みたいに」


 急に真剣な顔して本題に戻るのが怖い。情緒不安定なんじゃないの!?


「あー、その、俺レアケースなんであんまり参考には」


「まあ、そこはうまく隠してもらって。君には努力で成り上がった平民の英雄であってほしいの」


 いや結構重要な所だと思いますよ? 前世の記憶とか、賢者の果実とか、色々とイレギュラーな生徒ですよ?


「でもどうしてですか? 先生は貴族なのに」


 俺は疑問をそのままぶつける。この学院の人は生徒教員を問わずに平民を快く思っていない。アトウッド先生もそうだと思っていたのだが。


「だってつまらないでしょ? 生まれた環境で勝ち負けが決まっているなんて」


 先生は今日一番の笑顔を見せる。


 生まれた環境か。


 もし前世の記憶が無かったら、賢者の果実の存在を知りえなかった。


 もし賢者の果実が無ければ、魔術適性を得ることが無かった。


 もし師匠やと出会わなければ、今ほど強くなれなかった。


「どこまでが環境のおかげで、どこからが努力のおかげなんでしょうか。人生って」


 俺の独り言にも似た問いかけに先生は答えず、そのまま風の音と共に消え去る。


 先生は再び口を開いた。


「クラスリーダーのキミにお願いがあるの。私と一緒にF組の生徒を強くしてほしい。彼らは魔術師としても、人間としても強くあってほしい」


「……面倒くさそうです。それに、俺にできるとは到底思えません」


「別にそんな難しいことを頼むつもりじゃない。手当たり次第に貴族生と戦って勝ち続けてほしいだけ。そうすれば、いずれキミの姿を見て、みんなやる気になってくれると思うし」


 そんなことで上手くいくのか? 


「うーん……でもなあ」


 俺は”主人公”を探さなければいけない。


「もしこの話に乗ってくれるなら、成功の暁には特待生に推薦してもいいよ」


「ぜひお願いしますアトウッド先生」


 即答だった。


 特待生になれば学費が免除される。金欠の俺が断る理由は無い。


「よし決まりだ! 明日からもよろしくね、クラスリーダー君」


 先生は手をひらひらとさせて去っていった。


「よーし、特待生目指して頑張るぞー!」

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