第6話 ヴィンセント・バーンズという男
かませ犬。
あるときは味方として敵の強さを見せつけるために敗北し、あるときは敵として主人公の強さを見せつけるために敗北する。そんな、物語において必要な役。
そして、目の前にいるヴィンセント・バーンズはライバル系かませ犬だ。
格下と思っていた主人公に戦いを挑み、才能や努力の前に敗れる。というのがテンプレだ。
「な、なんだその目は! お前のような平民にそんな目で見られる筋合いはないぞ!」
いけない。無意識に憐みの目を向けてしまった。
「えっと……そのスーパーエリートが一体何の用だ? 限定二十食のメニューを食べられなかった八つ当たりか?」
ヴィンセントは俯いて黙る。図星だなこれ。
「ふっ、そんなわけないだろう! 俺はただ、入学式でグリフィス先生の言っていた事が気になっただけだ!」
「俺らは例の凄い奴じゃないぞ? 初級魔術しか使えないし」
振り向いて二人と顔を合わせると、二人はうんうん、と頷く。
「まあ、当たりでもハズレでも構わん。とりあえず明日、俺と決闘だ!」
ヴィンセントはそう吐き捨てると、俺らの返答なんて待たずに去っていった。
「なんだったんだ、あいつ」
思わず口から洩れた。
「どうしよう。戦う自信なんて無いよ」
「あたしも。A組ってことは相当な実力者だろうしね」
二人は本当に初級魔術しか使えない。ヴィンセントと戦わせるのは危険だ。
「明日、俺がやるよ」
さて、一応戦う前の準備はしておいた方がいいよな。アイツに相談しないと。
――――――
「 ――――ということがあったんだけど、ベルはどうしたらいいと思う?」
「へーそうなんですね」
ベルは心底つまらなそうだ。声に全く抑揚が無い。
「真面目に聞いてくれよ」
「昨日も今日も私を置いて出かけましたよね」
ぐっ、と声が詰まる。
「しかも女子と」「いやらしいことしてたんじゃないですか?」
ベルの追及は止まらない。
「いや、そういうのは……断じてない!」
「なんですか今の間! 絶対やましい事していたんでしょう!」
「本当にそういうことはしていない! レナのスカートの中を覗いちゃったり、おんぶして背中に密着したりしたけど、断じてそういうことはしていない!」
「してるじゃないですか! はぁ……それで、明日決闘するんですよね」
俺に呆れたのか、ベルはいつも通りの声色へ戻った。
「ああ、目立たないように勝ちたいんだ!」
「……はい?」
――――――
翌日――。
教室後方の扉をゆっくりと開く。
扉から頭を覗かせると、既にアトウッド先生が授業を始めていた。
「……遅刻ですよ、ルカ・リヒトベルグ君」
「お、遅れてすみません……」
そそくさと教室の後方を歩き、窓側の端の席に着席する。
クラスメイトの「こんな奴がクラスリーダーで大丈夫か?」と言いたげな視線が刺さる。
「朝、遅かったけど大丈夫?」
右隣のレナが耳打ちする。
「あー、ちょっと腹痛だったから」
嘘だ。本当はベルが「今日は二人きりで登校しましょう」と提案してきたからだ。もちろん俺は断ろうとしたのだが、「断ったら二度と“同調”しませんよ」と言われた。
その結果、わざわざ二人と登校時間をずらすことに。何が聖剣だ。ただの束縛系彼女じゃないか!
「それでは、遅れて入ってきたリヒトベルグ君に質問です。魔術師の持つ魔力の色について説明してください」
「はい……」
俺は立ち上がり、教室の反対まで届くように少し声を張る。
「体内の魔力が外に放出されるとき、虹の七色のいずれかに変色します。また、それは魔術師ごとに異なり、その色から使う魔術を推察できます」
「正解です。それでは、それぞれの色に対応した魔術を一つずつ答えられますか?」
「赤は火、橙は地、黄は雷、緑は風、青は水、藍は反転、紫は変換です」
「お見事です。次からは遅刻しないようにね」
俺はゆっくりと着席する。少しは名誉挽回できただろうか。
この学院の時間割は午前と午後の二分割。それぞれ三時間の計六時間を週に五回行う。
ふと右に目をやる。
レナは教科書を机に立て、それで寝顔を隠している。注意されないのは優しさなのだろうか、それとも既に諦められたのだろうか。
ルナは板書や先生の発言をくまなくノートに記している。その姿はまさに優等生で、つい見惚れてしまいそうだった。
「それでは、午前の授業はここまでです。午後は魔術実技を行いますので、しっかりと準備をしてください」
「あーあ、疲れたー!」
レナが大きく伸びをする。お前ほとんど寝てただけじゃん。
「さて、一時間後には午後の授業始まるし、食堂でも――」
そう思って席を立つと、教室前方の扉が勢いよく開かれた。
「おい、昨日の! 昨日のはいるか!」
聞き覚えのある声。
声の主は逆立った金髪と紫の瞳の少年。
「見つけたぞ。闘技場に来い」
「え、俺これから飯を」
「知らん。俺も食っていないんだから我慢しろ」
――――――
入学式、歓迎会に続いて三回目の闘技場。
闘技場中央へ出ると、観覧席はまばらに生徒で埋まっている。
「準備はいいか? 平民」
「ルカ・リヒトベルグだ。覚えておけ」
一瞬の静寂。
先ほどまで騒がしかった観覧席が静まり返る。
「それでは、試合開始!」
合図とともに熱気が戻る。
俺は体外に魔力を放出する。ゆらゆらと炎のように俺の身体に纏いつく。
俺はヴィンセントを見て驚愕する。
どういうことだ。魔力を纏っていない。
「
「パワーブースト!」
構わず身体能力の強化をすると、ヴィンセントも同種の魔術を発動した。
「なぜ剣を抜かない。なぜ魔力の放出をしない」
「俺は認めた相手にしか本気を出さん」
俺の質問に、ヴィンセントは高笑いしながらそう答えた。
「そうか、それなら本気を出させてやる!」
聖剣ラヴェールを鞘から抜く。
その黄金の美しさに観客は見惚れる。
だが、ヴィンセントの表情は変わらない。
剣を構えて跳ぶ。獲物を見つけた肉食のように、ただ一直線に。
その距離は一瞬にして二メートルへ。
「はあっ――!」
俺は剣を振るう。指揮者がタクトを振るように、重さは一切感じない。
「なかなかやるな!」
ヴィンセントは闘技場に響き渡るような笑い声と共に、刃を両手で挟んだ。
「くっ!」
俺は掴まれた剣を取り返し、再び五十メートルの距離へ戻る。
「
自身の魔力を聖剣に注ぎ込む。
これは血を少しずつ抜くような慎重な作業。
右手の先が剣に成るような感覚。
剣に骨や筋肉、神経や血管が宿るような感覚。
「よし、もう一度!」
その感覚と共に再びの跳躍。
「っ!? なんだ、これは!」
ヴィンセントの顔から余裕が消えた。
視界に映るヴィンセントは小さくなる。
俺の剣を両腕で受けたヴィンセントは一瞬にして闘技場の壁に衝突した。
「な、なんだあのパワ―!」「あいつ、まさか」
観客は動揺する。当然だ。平民が貴族を吹き飛ばしたのだから。
観客の中、ルナとレナが驚いているのを目撃して、俺はわずかにほほ笑んだ。
「くくく、今ので確信したぞ! お前が例の平民だな!」
結局作戦なんて必要なかった。ばれずに真剣勝負なんて不可能だ。
「面白い。俺の変換魔術を見せてやろうじゃないか!」
ヴィンセントの後背に紫色の光が現れる。
変換魔術。七色の魔力の中で藍色と紫色は珍しいため、実際に戦うのは初めてだ。
「さあ、凡人ども、俺の力を刮目せよ!」
観覧席に向かって高らかに宣言する。その声には絶対的な自信が表れていた。
こちらももう正体を隠す必要はない。
それなら――!
「火炎魔術・初級改、
俺の指から生み出される十個の火球。
赤く燃える十個の火球は不規則な軌道を描きながら対象へ迫る。逃げることは困難だ。
火球は次々と対象に着弾し、着弾地点に大きな炎の柱を造りだす。
「驚いたな。こんなことができるとは」
ヴィンセントの紫色に光り輝く腕が空を切り、炎は一瞬にして消える。
「驚くのはまだ早い! 火炎魔術・中級、
「ふん、さっきと何が違う!」
再び奴の腕が紫に輝く。
「それはどうかな?」
二本の炎の槍は常人の目に追う事は不可能な速度で進む。
先ほどの火球と比べることも不可能な一瞬の閃光。
「くっ! 変換魔術!」
ヴィンセントは手の平でそれを防ごうとする。
だが、二本の槍は平手を勢いよく突き破り、その炎は彼の手の指先まで炭に変貌させた。
「がああああっ――――!」
獣の断末魔のような叫びが闘技場に響き渡る。
ヴィンセントは立ち上がる。その表情を怒りに染めて。
「まだやるのか? それなら! 火炎魔術・壱式――!」
「そこまで!」
響き渡る男の声。
声の主はグリフィス先生だ。
「試合終了! ヴィンセント・バーンズは直ちに治療を受けよ!」
「なっ、まだ俺は!」
「聞こえなかったのか! 試合終了だ。これ以上の試合は許さん!」
「くっ、この勝負、お前に預けたぞ」
最後までヴィンセントの眼から闘志は失われていなかった。
「……何が『かませ犬』だよ。嘘じゃねえか」
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