第5話 選択肢B「一人で校内を探索する」 

「ごめん、他にやりたいことがあるんだ」


「そっか、残念。また後でね」


 二人が俺に手を振って教室を出る。


 正直なことを言えば、俺も二人と一緒に昼食を食べたい。だが、俺は俺にしかできないことをやらなければならない。


 俺の心は正義感と使命感に包まれていた。


 ――――――


 グレイザー魔術学院の土地に数多くの建物が存在し、教室棟は三つに分かれ、それぞれ一・二年生、三・四・五年生、六・七年生の計三つに分類される。


 どの教室棟も共通して一階と二階に貴族生の教室、三階に平民生の教室がある。平民は一々三階まで登らなければならない、というのは少し面倒だ。


 俺は意気揚々と教室を出て二階へ降りると、既に人の気配は無く閑散としていた。


「もう皆帰ったのか。これだと本人は見つけられないな」


 しかし、人がいないからこそできることはあるはず。やってやるぞ!


 もし誰かに見つかったら面倒だ。ここから先は慎重に行動しなければいけない。

 

 音を立てずに扉を引き、扉から頭をのぞかせる。教室の中はF組と異なり、長机ではなく一人用の机。だがそれ以外はさほど変わりはない。


「お、これは……」


 教室に入ってすぐ、教卓に一枚の座席表と”1-A生徒名簿”と表紙に書かれたものが置かれているのを見つける。


「こういうのって職員室に保管するものじゃないのか?」


 中をぱらぱらと拝見すると、A組の生徒の名前や性別、使用魔術や出身地などが事細かに書かれている。


 ……この学院の個人情報の管理どうなってんだよ。こんなところに置いてていいのか?


 俺は早速二十四人の出身地を確認し、該当する者の情報をノートに写す。男子はともかく、女子の情報をまじまじと見るのは少し罪悪感を感じた。


 ――――――


「よし、これでC組も完了っと」


 その後にB組とC組を確認すると、同様に生徒名簿が教卓に置かれており、田舎出身生徒の情報を写した。三組合わせて該当者は六名。男子と女子が三名ずつだ。


 さて、次はここから一人の主人公を判別しなければならない。


「はわぁ~」


 俺はあくびをする。昨夜の寝不足と歓迎会での戦闘。そして今、七十二人分の情報を確認したこともあり、俺の心身は眠気と疲労に包まれていた。


 とりあえず、今日の所はこれくらいでいいだろう。この六人から一人に絞り込むのは明日でもいい。二週間もあるからな。


 俺はノートを鞄に閉まって教室を出る。


 すると、階段のところに誰かが立っているのが見えた。


 まずい、いつからいた!?


 そいつはゆっくりとこちらへ歩いてくる。そして、顔の見える距離になると、その男は口を開いた。


「お前、ここで何をやっているんだ? 今日はもう帰る時間だぞ」


 その男は上半身にローブを着ていた。しまったな、教師に見つかってしまうなんて。


「人を探していたんです。友達の友達なんですけど、名前を知らなくて」


 しかし、男は俺の言葉を聞き入れる気配は無かった。代わりに、彼は腰の剣に手を這わせる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 何もしていないじゃないですか!」


 俺は混乱した。この状況を切り抜ける言い訳を考える時間も余裕も持っていないからだ。


「貴様、さては密偵ではないだろうな。”宝石塔”か? それとも”金獅子”か?」


 男は疑うことを止めない。密偵? いったい何の話をしているんだ!?


「ほんとに何も知らないんですって!」


 しかし、男は聞く耳を持とうとはしなかった。


「ならば、手荷物を見せてみろ。密偵でないなら見せれるだろう」


 ……従うしかない。俺は男に鞄を手渡した。


「……む、なんだこれは。なんと書いてあるのだ」


 男の手にあるのは攻略本。当時の俺が他者に見られても解読できないようにと日本語で書いてある。


「そ、それは」


 しかし、それは今回に限り裏目に出た。男は剣を抜いて構える。


「やはり密偵か! このまま帰しはせんぞ!」


 男は勢いよくこちらへ向かってくる。


「くそっ! 最悪だ!」


 ――――――


 その直後のことだ。


 俺は教師を気絶させ、その場を去ろうとしたが、騒ぎを聞きつけた他の教師に連行された。


 それから俺は大掛かりな”魔術の発動を封じる拘束”をされて学院の地下にある牢屋に捕縛された。


 そこで待っていたのは尋問だった。


「何を企んでいる」「どの学院の者だ」「あの文字はなんだ」


 俺は全てに誠実に答えた。もはや隠し事をしている状況じゃないからだ。


 それから四十八時間後。

 

 誰かは知らないが、俺の弁護をしてくれたようで、退学や処刑のような事態にならず、二週間の停学処分に決定した。


 だが、俺の荷物は全て没収され、停学期間はここで過ごすことになった。


 ―――――――― 


 二週間後。


「ルカ・リヒトベルグ! 貴様、何をした!?」


 地下に響き渡る怒号。


「な、なんの―――」


「ふざけるな! お前のせいで何人が死んだと思っている!」


 俺の声を遮るそれは、もはや獣の鳴き声のようだった。男の顔、声、仕草。全てから感じる怒りの感情。


「待て」


 その隣に現れた、細身の男教師が遮る。そして、俺に淡々と事情を話す。


 一年生の教室で爆破事故が起きたこと。


 教室に仕掛けられた時限式爆発魔術が作動し、合計で十八人の生徒が被害に遭い死亡したこと。


 爆発魔術は六人の生徒の座る席に仕掛けられていたこと。


 そして、その六人は俺のノートに書かれていた生徒だったこと。


 淡々と、怒りと悲しみの入り混じった、震えた声で語られる。その顔を俺は見ることができなかった。


 それは、俺が防ぐはずだった事件だ。


 どうしてこうなった? 


 あの日、この男に見つかっていなければ。あの日、ラヴェールをしっかりと持ってきてれば透視能力でいち早くこいつを見つけられたかもしれない。


 ぐるぐると頭を駆け巡る後悔。

 

「……おれがわるいのか……?」


「ふざけるな! もう我慢ならん。この手で殺してやる!」


 その瞬間、俺の心が絶望に包まれた。死が迫っているからなのか、使命を果たせなかったからなのかは分からない。


 ただ確かなことは、心の底で開けてはならぬ禁忌の箱が開かれるような音がした。


「■■――」


 俺は何と言ったのだろう。もはや言葉なのかもわからない。


 牢の扉が開き、剣を持った二人が入ってくる。

 

「消えろ、下等種」


 薄れゆく意識の中、目の前の二人が融けるように形を失う。


 俺が最期に見たもの。それは先ほどまで人間だったはずの肉塊。


 俺が最期に嗅いだもの。それは気が狂いそうな血の匂い。


 俺が最期に聞いたもの。それは地下に響く誰かの笑い声。


 きっと、もう俺が目覚めることはない。




 BADEND1 油断


 

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