第5話 選択肢A「二人とランチを食べる」 

「俺も行くよ」


「ほんと!? やった、いこいこ!」


 ルナの表情が、花が咲いたように明るくなる。


 主人公を探さなければならないことは理解している。


 だが、こんなに魅力的な誘いを断れる人間が果たしてこの世にいるのだろうか。きっといないはずだ。


 二人と共に階段を降りると、既に一階と二階は閑散としていた。どうやら貴族生はもうとっくに帰ったようだ。


 よかった。もし誘いを断っていたら、俺一人誰もいない校舎を彷徨うことになっていた。


 俺は心置きなく学院を去った。


――――――


「それで、今から行く先輩おすすめの店はどんなところなんだ?」


 誘われたことが嬉しくて聞きそびれていた。


「えっとね、この町発祥の魚料理のお店なんだって」


 港町発祥の魚料理か、どんな料理か楽しみだ。


 思えばこの十三年間、川魚を食べることがあっても海の幸を食べる機会が全くなかった。


 ルーダムの町の周りは森と山しかなかったからなあ。


 学院から南区中央までの道を歩きながら、俺は二人に店のことを聞く。


 どうやら限定二十食のメニューがあり、開店直後に行かなければ食べられないそうだ。


「ああ、もう限界」


 南区に着いたあたりで、レナが地面に座り込んだ。


 前方にいるルナはその様子を見てため息をつく。


「レナって体力無いよね」


 ルナの表情に疲れは一切出ていない。


 なんだか意外だ。ルナって大人しい性格だから、勝手に体力がないと思っていた。


「ねえ、ルカ。背中に乗せてくれない?」


「まあ、身体強化フィジカル・エンハンスメントすればいいか」


「そんなに重くないし! てか、街中で魔術使うの禁止だし」


「そうなのか、知らなかった。けど分かった、乗ってくれ」


 俺の肩にレナの手が回され、背中にふにゅっとした感触がする。


 ……おおっ!? 


 俺は意識しないように、せーので体重を預ける彼女の太ももに手を回す。


「ルカ君大丈夫? レナ、重くない?」


「え、うん。大丈夫」


 重くない。それに力が分散されるから身軽に動ける。


「ほらね、私軽いんだから」


 だが、それとは別の問題がある。


 首と肩に回された手! 


 手に伝わる太ももの感触! 


 背中に密着する控えめな胸! 


 そして、可愛い女子特有の良い匂い!


 果たして知り合って間もない友達同士でこんなことして許されるのだろうか。


 昔、なんかの漫画で脚を怪我した女子をおんぶするシーンがあったな。当時の俺は「ハハ! こいつ童貞すぎるだろ! こんなのでドキドキするわけないだろ!」とか笑っていた。


 前世の俺よ、無知は罪だ。めちゃくちゃ興奮するわこれ!


「うおっと、ルカ、大丈夫?」


「なんでもない! 安全のために前かがみになっただけだから!」


「……? え、うん。ありがとう」


 他意は無い。本当に。

 

――――――


 そうしてレナをおんぶして歩くことニ十分。


 俺たちは店の前へたどり着いた。


 店はレンガと木材を用いた建材で作られており、その外観は非常に落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 玄関扉には、風格のある取っ手とシンプルな木製の看板が取り付けられており、控えめに店の名前が書かれている。


「プチ・ボヌール、か」


 店の窓は広く、木製のフレームが装飾されており、外から店内を覗くことができる。


 店内は暖かな照明で照らされ、様々な属性の人間が食事を楽しんでいる。


 俺たちは扉を引いて中に入る。


 カランカラン、とドアチャイムが鳴り、すぐに給仕が俺たちを出迎える。


「いらっしゃいませ! 三名様ですね、こちらへどうぞ!」


 店内は賑わっており、子供から大人まで食事を楽しんでいる。中には同じ学院の制服を着ている生徒もいた。


「あの、限定二十食のメニューってまだありますか?」


 ルナが恐る恐る聞く。


「ありますよ! しかも、ちょうど三人前!」


「じゃあお願いします! 二人は?」


「俺もそれを」「あたしも」


 これだけ賑わっているから、てっきりもう完売かと思っていたが、ラッキーだ。


 給仕の女性は元気に厨房に注文を伝える。


「なんか、私こういう雰囲気のお店、好きかも」


「あたしも、なんかアットホームって感じ」


 確かに店の雰囲気がいい。


 窓の外は小川の流れのように人が通り過ぎる。


 まるで店内だけ時間の進みが遅いようだ。


 料理の到着を待つ間、第三寮の話題になる。


 今、第三寮に住んでいるのは七人。俺、レナとルナ、フォンテーヌ先輩、マノン先輩、そして三年生の二人だ。


 三年生の二人は歓迎会の夜に料理を準備してくれた。


「あれ、そういえば昨日、三年生の二人の名前って聞いたっけ」


「え、ルカったら忘れたの? えっと……あれ?」


「やっぱり聞いてないよな」


「いや、私は聞いてたよ。確か……」


――――――


「お待たせしましたー! こちら限定メニューです!」


 料理がテーブルに運ばれる。


 ちなみに三年生の名前は思い出せなかった。寮に戻ったらフォンテーヌ先輩とかに聞こう。


 テーブルに置かれた白い陶器の中には、赤く煮詰められたスープが豊かな色彩を放っている。その表面には、魚の切り身や大きなエビ、大小異なる数種類の貝。どれもまるで宝石のようだ。


 昔こういう料理食べたことあるな、なんて名前だったっけ? ブ、ブイ……、忘れた。アクアパッツァの親戚みたいなやつ。


 スープの横にはパンとサラダ。こちらはシンプルなもの。だがそれがいい。


 スプーンで魚に力を加えると肉は簡単に裂けた。丁寧に煮込まれたのだろうそれをスプーンで口へ運ぶ。


「おお、美味しい!」


 スープの赤色の正体はトマトだ。それに加え、ニンニクや数種類のハーブがアクセントとなり、独特な味を演出している。


 スープの具材は少し量が多い気もしたが、不思議と食べるたびに腹が減る。


――――――


「美味しかった。教えてくれた先輩には感謝しないと」


「うん。それに二人もありがとう、連れてきてくれて」


「どういたしまして」

 

「それじゃあ、今日は俺が払うよ」


「そんな、悪いよ」


「いいっていいって」


 値段は合計で六千ウィーラ。そういえば俺、あんまりお金持っていないんだった……。


 店の外へ出ると、再び町の喧騒に包まれる。


「おい、お前たち!」


 そんな中、ひときわ大きな声が俺たちを呼び止めた。


 振り返ると、そこにいたのは学院の男子生徒。


「お前たちだな、限定メニューを食べたのは!」


「え、ああ、そうだけど」


 学年は俺らと同じくらいだ。貴族生の一年生か二年生だろう。身長も俺と同じくらい。逆立った金髪と紫の瞳が印象的だ。


「お前たちのせいで俺が食べられなかったじゃあないか。どうしてくれる」


「……誰? ルカの知り合い?」


「いや、俺も知らない」


 なんだか面倒くさいやつに絡まれてしまった。せっかくのご馳走の余韻が台無しだ。


「まさかお前ら、俺の名前を知らんのか!? 俺はヴィンセント・バーンズ。1-Aのトップエリートだ。そして、いずれこの学院のナンバーワンになる男だ。覚えておけ、凡人ども!」


 なに、ヴィンセント・バーンズだと!?


 俺は鞄から攻略本を取り出し、勢いよくページをめくる。


 確か、その名前は人物リストに書いてあったはずだ……在った!


『ヴィンセント・バーンズ。やたら主人公に絡んでくる序盤の敵。ライバルになるかと思いきやストーリー中盤以降登場しない、俗にいうかませ犬』


「あ、そうなんだ……」




 

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