第一章 始まりの一週間編

第4話 入学式

 唐突だが、俺は三年前に賢者の果実を食べたことを後悔している。


 魔術適性を得ることができる幻の果実。


 それを食べてから数日後。思いがけない副作用が俺の身体を侵した。


 前世の記憶が僅かに失われていたのだ。しかも、消える記憶はどれもこの世界に関する攻略情報ばかりだった。


 この事態に危機を感じた俺は、残っている知識をありったけノートに書き記した。


 こうして出来た本を俺は”攻略本”と呼んでいる。


 ――――――――


 歓迎会の翌日。真新しい制服を身に着けた新入生達がグレイザー魔術学院の大講堂に集められている。


 今日、総勢九十二人の新入生は入学式に出席している。七十二人の”貴族生”の座席が講堂の前方に用意あるのに対し、二十人の”平民生”のは随分と離された場所に用意されている。


「ルカ君どうしたの? 具合悪い?」


 そんな中で一人浮かない顔をしている俺を、右隣に座っているルナが心配してくれる。なんて優しい女の子なのだろうか。


「どうせ楽しみで寝れなかっただけでしょ」


 ……そんなと反対にこちらのは心配しない。「違う」と言いたいが、寝れなかったのは事実だから反論しづらい。


「ちょっと考え事してて寝れなかっただけだよ。大丈夫」


 俺はこれ以上心配させまいと笑顔で返事する。


 昨日の歓迎会の後、俺は『学院に入学したらすべきこと』を再確認するために夜通し考え事をしていた。


 おかげで睡眠不足になり、今日は少しだけ体調が悪い。それに今朝は遅刻しかけてラヴェールを寮に置いてきてしまった。ベル、元気にしているといいけど。


『これを読んでいる未来の俺へ。まず第一に”主人公”を探せ。同じ一年生で田舎貴族だ。性別も名前も分からないが、頑張って探してくれ。期限は二週間以内が好ましい』


『学院に入学したらすべきこと』のページにはそれだけ書かれている。……たったこれだけの情報で俺にどうしろと。


 やるべきことは記されているが、具体的に何をすればいいのかが全く解らない。書いている最中にも記憶の喪失が進行していたせいだ。


 ”まず第一に”と書かれていることから、主人公の存在は今後の学院生活においても重要であるのだろう。


「皆さん、入学おめでとう。私はこの学院の代表であるグレイザーだ」


 壇上には長い髭を持った巨大な体躯の男が一人。いつの間にか式が始まっていたようだ。


 グレイザー学院長。平民の入学を可能にした張本人だ。


「――であるからして、君たちは未来を担う魔術師としての自覚を――」


 続けて壇上の男は熱く語る。「どんな人間も魔術を学ぶ機会が与えられるべきだ」と。


 聞こえが良いが実態はあまり好ましくない。例えば第三平民寮。潤沢な資金のあるはずの学院がなぜわざわざ南区の古い建物を寮にしたのか。俺には平民に資金を使うことを渋ったとしか思えない。


 そうこう考えていると暑苦しい挨拶が終了した。


 続いて一人の教員が壇上に上がる。


 その男は赤いローブを身に纏う男だった。


「諸君、入学おめでとう。紹介に預かったエドワード・グリフィスだ。入学試験で私の顔に見覚えのある者も多いだろう」


 そこに現れたのは、俺が入学試験で戦ったエドワード・グリフィス先生だ。なんとなく只者ではないと思っていたが、教員の代表なのだろうか。


 魔術師にとって最も大事なことは何か、を語るグリフィス先生は、一通り話し終えると息を整えた。


「さて、一人の新入生の話をしよう。その者は一般家庭の出身でありながら、既に比類なき実力を有していた。才能は勿論、試験前の幼少期から研鑽を積んできたのだろう。あの者こそ、魔術師のあるべき姿であった!」


 講堂前方の席に座る貴族生らが騒がしくなる。同時に俺の周囲でも「お、俺のことかな!?」と騒がしくなる。


 まあ多分、というか絶対俺のことだろうなあ。グリフィス先生が生徒の名前を今後も秘密にしてくれることを願う。


 ――――――――


 入学式を終えた生徒はそれぞれクラス単位で教室へ誘導される。


 一年生のクラスは四つ。入学試験の成績で分類されたA、B、Cクラス。例えばAクラスは成績上位二十四名で構成されているエリートクラスというわけだ。


 そして俺たち平民はというとFクラスだ。Dじゃないのかよ。平民は皆一つのクラスにまとめられ、いくら入学試験の成績が良くともFクラス以外には配置されないらしい。


 Fクラスの担任教員は若い女性だ。


 俺はこの人の顔に見覚えがある。彼女は入学試験の日に正門にいた人だ。


「ここです。皆入って」


 扉の上方には1-Fと書かれたプレートがある。


 誰かが扉を横にスライドさせると、俺の目の前に教室の全貌が飛び込んだ。


 教室前方には上下に2枚がスライドする黒板があり、座席は二列三行で六つの横長い机が並べられている。

 

「席は自由なので、それぞれ好きなところに着席して下さい」


 それぞれの机には五つの椅子が備えられている。合計三十席だ。


 俺は迷いなく窓側一番後ろの机を目指し、その左端の椅子に腰を掛ける。


 そして窓の外から降り注ぐ陽射しを受けながら意味ありげに頬杖をつく――!


 ここは通称主人公席。青春ラブコメだと右隣や前方にメインヒロインや友人キャラが座り、友情や恋愛に発展するのが定石だ。


 俺は窓から目を離して右を向く。


 こうすると大体、目が合った女子が微笑み返してくれるのだ。さあ、どんな可愛いヒロインがそこに――!


「え、なに今の。ちょっともう一回やってよ」


 レナがくすくすと笑いながら俺の顔を見る。


「もう、やらない」


 そこに座っていたのはルナとレナだった。いやまあ確かに可愛いと思うけども。


 教室を見渡すと、既にいくつかのグループが形成されていた。おそらく第一寮、第二寮でコミュニティが形成されているのだろう。


 それぞれ座る場所を決めたようで、次々と椅子が埋まっていく。


「他の女子の所じゃなくていいのか?」


 なんとなく女子って女子だけで固まっているイメージあるし。


「だって一人で座ってて可哀想だったし。ね、ルナ?」


「え、うん。でも、私は単純に二人と一緒が良いから。それだけ」


 素直に嬉しい。


 というかよくよく考えたら女子の方から話しかけられることって凄いことなのでは!? 前世であったかな……。ああくそ! 覚えがない! これも賢者の果実のせいなのか!? できればそうであってくれ!


 優しい二人に感謝しつつ、再び周囲を見渡す。


「――んっ!?」


 俺は驚嘆した。


 なんということでしょう。俺以外の男子九人は窓側前列、廊下側前列、廊下側二列目に着席している。そして、窓側二列目と廊下側後列には女子が座っている。


 周りが女子だらけという状況に、心臓の鼓動が加速する。


 あれ、おかしいな。なんか緊張してきた。ああ、あれだ。授業のグループワークでなぜか一人だけ女子のグループに入ったときと同じ感情だこれ。


 本当になんでこんな記憶ばかり残ってしまったんだ。賢者の果実、許すまじ。


 よし、明日以降は別の席に座ろう。なんだ、それだけで解決する話じゃないか。


「それでは座席も決まったようなので、学院生活における説明を行います。あ、やっぱり出席とか確認するときに面倒なので当面はその席に座ってください」


 退路は断たれた。 


――――――


 学院生活の説明、もといホームルームが始まった。


 学生手帳の配布や今後の日程、学院の規則や授業で使う物の購入方法など。


 自己紹介が無いのは助かった。ああいうのは少し苦手だ。調子に乗って余計なことを喋って後悔しそうだし。


 それとホームルームによって、担任のことも少し分かった。彼女の名前はエレノア・アドウッド。この学院の卒業生。攻略本に記載がない事から重要人物である可能性は低い。


 表情や話し方、目や仕草などをある程度観察したが、あの先生は平民でも悪態をつかない良い人なのだろう。


「それでは最後に、クラスリーダーを決めたいと思います。誰か立候補はいませんか?」


「先生、クラスリーダーって何をするんですか?」


 ある男子が質問する。その問いに先生は自然な笑顔で応える。


「クラスリーダーの仕事は自分のクラスの同級生が他のクラスの生徒と問題が発生したときに解決したりするの」


 俺の前に座る女子が「解決ってどうやってですか?」と先生に聞いた。


「解決する方法は様々だけど、一番多いのは決闘かな。闘技場で勝負して、勝ったら自分の言い分が通るの」


 おい待ってくれ、野蛮すぎるだろ。


「というわけで、自分の強さに自信のある人がリーダーをやってもらいたいんだけど、誰か、やりたい人!」


 誰か、と言いながら先生がこっちを見ている気がする。そうだった。あの人も俺の実力を知っているのか。


 というかなんで誰も立候補しないんだよ。グリフィス先生の挨拶のときに「お、俺のことかな!?」って言っていた奴はどこに行ったんだ。


 ……はっ、そうか! グリフィス先生が凄いやつがいる的なことを言ったから手を挙げないのか!


「誰も立候補しないみたいですので、私がランダムに決めちゃいますね」


 そう言って先生は、目を瞑りながら教卓のF組生徒リストに人差し指を這わせた。


「はいっ、それじゃあ……ルカ・リヒトベルグ君、やっていただけますか?」


「え、あの、その」


「やっていただけますか?」


 怖い。笑顔で頼まれているはずなのに瞳の奥が笑っていない。それに、今ランダムに名簿から選んだみたいにしていたけど、かすかに目が開いてるの気付いてるからな!


「は、はい」


 そんな反論はできなかった。


「うん、ありがとう! それじゃあリヒトベルグ君に拍手を!」


 鳴り響く二十の拍手は俺の耳に深く刻まれた。


 ――――――


「ねえルカ君、この後はどうするの?」


「昼食が食べたいかな。二人は?」


「あたしとルナはソフィア先輩に教えてもらったお店で昼食を食べる予定。良かったら来る?」


「うーん、そうだなあ」


 時刻は正午前。今の俺のやるべきことは主人公を探すこと。攻略本によれば可能な限り早く探すべきだ。


 だが、唯一の同級生の友人である二人の誘いを断るのは心苦しい。




【この選択は重要な気がする】


 A.二人とランチを食べる。


 B.一人で校内を探索する。



――――――――


※次回、選択肢で分岐した二つの五話を同時にお届けします。

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