第3話 歓迎会
フォンテーヌ先輩との騒動の後。俺は先輩の厚意で買い物に付き合ってもらっている。
ラヴェールは部屋に置いてきた。俺と先輩が出かけると知ると、なぜか警告してきたし。別に危険とか無いと思うんだけどな。
「今日は付き合ってもらってありがとうございます。おかげで助かりました」
先ほど制服を購入した俺は、先輩へのお礼にカフェで食事を奢ることにした。
「さっきは驚きました。試着と採寸が終わったと思ったら、その場で仕上げた制服を渡されて。あんなに早くってことは、あれも魔術を使っているんですかね?」
「ああ、それはね。学院の制服が少し特殊な素材が含まれていて――」
先輩は饒舌に語る。勝手に物静かな人だと思ってたから少し意外だ。
先輩の話を聞くのは楽しかった。例えばあの寮は”第三平民寮”と
「あ、そうだ。ほかの寮生ってどんな人がいるんですか?」
「私たち以外だと五人いて、まず四年生の――」
「あれ、ソフィア先輩?」
隣の席から先輩を呼ぶ声がした。その方向へ目を向けると、テーブル席に二人の少女が座っている。学院の制服を着ているし、友達とかだろうか。
「お知合いですか?」
「うん、紹介するね。レナちゃんとルナちゃん。ルカ君と同じで第三寮の一年生だよ」
二人はそのまま近くにある椅子を寄せ、相席することになった。
「初めまして。今日から入寮のルカ・リヒトベルグです。よろしくお願いします」
俺が無難な自己紹介をすると、二人の少女は笑顔で返す。
「初めまして。私はルナ・エトワールです。ルナって呼んで」
「あたしはレナ・エトワール。よろしくね」
「エトワール? 姉妹とか?」
「うん。私とレナは双子の姉妹なの」
そう言われると、確かに二人の容姿は瓜二つだ。顔立ちや身長は全く一緒と言ってもいい。ただ、ルナはプラチナブロンドの髪をしており、膝の上に礼儀正しく手を置いて座っている。対して、レナはローズゴールドの髪をしており、脚を組んで座っている。なんとなく優等生とギャルって感じだ。
こうして四人で雑談をすることとなった。会話は弾むのだが、女子ばかりとなると、少し気まずくて視線が定まらない。そうしていると、レナが少し制服を着崩しており、胸元が少し見えることに気付いた。
流石に見てはいけないと思い、視線を下に向けると、今度は彼女のスカートの丈が短いことに気付く。
視線を戻すとレナがニヤニヤしながらこちらを見ている。ばれていたようだ。
ティリーン。レナのコーヒーソーサーの上にあったスプーンが床に落ちる。
「あ、ごめーん。ルカ、取ってくれない?」
俺は言われるままにテーブルの下に屈み、スプーンを拾おうとする。
「んっ!?」
レナがわざとらしく、ゆっくりと脚を組み替えている。それが狙いか。見ない。俺は見ないぞ。俺は屈しない! ……黒!?
敗北した俺はレナに目線を合わせずスプーンを手渡す。負けた。レナの顔をうまく見れないけど絶対ニヤニヤしている。
俺は誤魔化すように二人に対して「どっちが姉なの?」と質問する。
二人は「私よ」「あたしよ」と同時に自らが姉であると主張した。
「はあ!? 入学試験、私の方が実戦の評価高かったんだから!」
「たった一点差でしょ! 大体この前の直接対決では――」
どうやら地雷だったようで、二人は口論を始めてしまった。話を聞く限りエトワール姉妹における姉という定義は、その時に優秀な方らしい。
「ねえ、ルカはどう思う? あたしとルカのどっちが姉っぽい?」
「え、えっと……」
「「どっち?」」
「そ、そういえば、マノン先輩が寮で三人の歓迎会するつもりなんだけど、皆どう?」
なぜか二人に詰められて困っている俺に、先輩が助け舟を出してくれた。俺はそれに思いっきり乗っかる。
「歓迎会ですか? いいですね! そういうの! いやー楽しみだなー」
すると、二人も歓迎会に食いつき、話題はすっかり歓迎会の話になった。
歓迎会か、やっぱり皆で料理とか食べるのかな。楽しみだな。
――――――――
「「「……で、どうしてここなんですか?」」」
夕方。俺たちがフォンテーヌ先輩に連れられやってきたのは第三寮……ではなく学園の円形闘技場だ。先日丸焦げにしてしまったが元通りになっている。
「やあやあ、来てくれてありがとう」
闘技場の中央からゆっくりとこちらは近づいてきた一人の少女。身長が百四十センチほどでとても小柄だ。また、それを補うかのように大きなとんがり帽子をかぶっている。黒髪で金の眼をしているため、黒猫を連想した。
「おお、君がリヒトベルグか。私はマノン。第三寮の代表の四年生だ。敬いたまえ」
四年生ということは十六歳のはずなのだが、話し方がやる気の無さそうというか、気だるそうな話し方をするので、まるで老人のようだ。
「それでは第三寮歓迎会、新入生対抗戦を開始しまーす。いぇーい」
マノン先輩は唐突に、先程と変わらないトーンでそう宣言した。顔からは感情が読み取りづらく、何を考えているのかよく分からない。対抗戦だと?
「……どういうことです?」
「魔術師が仲良くなる方法、それ即ち魔術を披露することである。以上」
なるほど、わからん。フォンテーヌ先輩は何も言ってくれない。さては俺たちは騙されたのか。
くそ、こんなことならラヴェールを持ってくればよかった。
「あ、今闘技場に防護障壁無いから上級魔術とか使わないでね」
「つ、使えませんよ」
「そうよ、ルナもあたしも初級魔術しか使えないですって」
そうか、二人は上級魔術使えないのか。さて、どうしたもんかな。
――――――――
「それじゃあ、試合開始ー」
気だるそうに、観覧席へ移動したマノン先輩が宣言する。
俺は瞬時に体内の魔力を身体に纏わせ、二人の方を見る。
ルナの魔力は緑色。風属性の魔術を使ってくるだろう。遠距離からの攻撃には警戒しなければ。
レナの方は橙色。地属性は少し厄介だな。けれど、初級魔術しか使えないのならそこまで苦戦はしないだろう。
初級魔術。魔術適性を持つ人間の九割が使用できる魔術なのだが、習得までの過程は結構長い。ゆえに、十三歳で初級魔術しか使えないというのは何も恥じることではなく、むしろ一般的だ。
「
魔術による身体能力の強化。これは魔力の色に問わずに会得できる無属性魔術だ。ラヴェールに頼れない今、発動しておいて損はしないだろう。
無属性魔術は初級魔術とは別に鍛錬を積む必要がある。俺の場合は故郷の師のおかげで習得することができた。なお、この歳で身につけるのは珍しいことらしい。
「レナ、姉妹対決はルカ君を倒してからにしましょう」
ルナの提案にレナは頷く。一対二か、てっきり二人で姉の座を賭けて潰しあってくれると思ったのに。
「ウィンドスラッシュ!」「ストーンランス!」
二人の手のひらから射出された風の刃と石の槍は一直線にこちらへ迫る。
「ファイアボール!」
俺は両手から火球を放ち、二人の攻撃は俺の火球と中道にして衝突し、ともに消滅する。
あっけに取られたのか、二人の攻撃が止む。俺はその一瞬で後ろへ跳躍して距離をとる。その距離およそ五十メートル。
「応用一つ目!」
両手の指に魔力を集中させる。練られた赤色の魔力は合計十個の火球へと変化する。これは先程のファイアボールの応用だ。通常のより一回り小さいが、手数が増える。
「よし、出来た!」
これを次々に生成して放つ。その間隔はわずか二秒。絶えず放たれる小さな火球に二人は避けることを諦め、ルナが風で流し、残りはレナが生成した土の壁でそれを防いだ。
――――――
「どうやってこの戦いを終わらせよう……」
本気で戦えば余裕で勝てる。彼女たちには申し訳ないが、相手にならない。そんな時間が続き、どちらも決定機に欠けていた。
「そうだ、こうしよう!」
俺は突然ひらめいた。そうだ、相打ちになればいい。ルナかレナのどちらかと相打ちになり、残った方を一位にしてしまえばよいのだ。
さて、どちらを狙おう。
レナでいいか。昼にからかわれたし。
対象を決めた俺は、両手から大量の火球を生み出す。その数およそ二十個。これを放出せずに自身を軸に公転させる。
「え、何あれキモ!?」
人の応用魔術をキモいとはなんだ。俺はレナの元へ急接近する。
「うわ! こっち来た!」
レナが慌てて生成した土壁を、強化した拳で粉砕する。
ルナはレナを守るために迎撃するが、周囲の火球によって攻撃はかき消される。
「ごめん、こうするしかないんだ」
「へ? なんの話?」
「俺は……自爆する!」
「はぁ!? え、ちょっとま――」
火球が一斉に俺とレナの元へ集約し、燃え盛る。後は俺も意識を失ったふりをすれば完璧だ。
――――――
数分後。
俺の身体に回復魔術が使われるのを感じ、今意識を取り戻したかのように起き上がる。正面を見ると、レナは既に起きていた。
「あ、起きた」
真横でマノン先輩が言う。なるほど、この人は回復魔術が使えるのか。
「さて、二人とも目が覚めたし帰ろうか。寮に残してきた二人に歓迎会の準備してもらってるしね」
「え、じゃあ今のこれは!?」
「これはまあ、食前の運動みたいなものさ。あ、ここの使用許可取ってないから見つかったら入学前に停学になるよ」
一同は全速力で闘技場から抜けて第三寮を目指す。この先輩何を考えているのか分からない……。
その後、俺たちは寮にいた三年生の先輩ら二人を加え、食事を楽しんだ。
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