第30話 終わり

「あはは!楽しいなぁ!ゲイシル!」


「クソガキがぁ。俺は面倒で仕方ないんだよなぁ!早く帰らせろやぁ!!」


 俺がゲイシルの動きを模倣し始めてからどれ程の時間が経っただろうか。


 数分?数十分?それとも数時間は経っただろうか。


 いや、最早時間なんてものはどうでも良い。


「あぁ!本当に楽しい!ほらゲイシル!ここで右からの肘打ちだろう!!」


「チッ!気持ちわりぃなぁ!!」


 俺は今この瞬間が楽しくて、ゲイシルの動きを模倣して強くなっていくこの感覚が幸せで、すでにゲイシルの毒によって感覚が無くなりつつある腕を昂る感情と完全記憶で頭に擦り込んだ動きに任せて動かし続ける。


「早く死ねよなぁ!クソガキぃ!」


「そんなつれないこと言うなよゲイシル!まだ体が動くんだから殺し合おうぜ!!」


「俺は殺すのが好きなだけでよぉ!殺し合いが好きな訳じゃねぇんだよなぁ!」


「あはは!俺は好きだぜ!この命を賭けて殺し合えるこの瞬間がな!!」


 俺の気持ちが最高潮に達した瞬間、ついに俺の動きはゲイシルの動きを完璧に模倣し、俺の雷を纏った拳とゲイシルの毒を含んだ魔力を纏った拳が正面からぶつかり合う。


「クソがぁ!!」


「ほらほら!!次は右からの回し蹴りだろう!!」


 相手の技を模倣すると言うことは即ち、相手の動きを予測すると言うことだ。


 相手の動きを理解し、次の攻撃を予測する。


 それに合わせて鏡のように同じ動きをする事で、相手の動きを封じ、自身の技術を上げることができる。


 それから俺たちの戦闘は、まるでゲイシルが鏡と戦っているような状態となり、どちらも決め手に欠ける状態で続いていく。


「あぁ、クソ気持ちわりぃなぁ」


 一度距離を取ったゲイシルは気怠そうにそう言うが、その声には珍しく嫌悪感が含まれていた。


「お前、なんでその状態で立ってられるんだぁ?全身に毒が回り、立ってるどころか死んでてもおかしくないはずなんだけどなぁ?」


「さぁ?気持ちで立ってるんじゃないか?ほら、俺負けるの嫌いだし」


 実際ゲイシルの言う通り、俺の体は既に毒によって限界を迎えており、自身でもなぜ立てているのか分からなかった。


 ゲイシルの使う毒によって皮膚は変色し、腕や足、そして胴体や内臓の何箇所かは腐ってすらいる。


 感覚がある場所なんて無いほどに俺の体は奴の毒によって蝕まれており、普通なら既に死んでいるはずだ。


「ほらって言われてもよぉ。俺がお前に会ったのは今日が初めてだからなぁ」


「ふはは。そうか?そうだったな。そうだったような気がするよ」


 毒のせいなのかは分からないが、俺の頭の中はゲームの時の記憶と今の記憶がグチャグチャに混ざり合い、今がゲームなのか現実なのか、ゲイシルと戦うのが初めてなのか何度目なのかも分からなくなる。


「まぁ、良いじゃ無いか!今この瞬間を楽しもうぜ!」


 しかし、俺にとってそんな事は些細な事でしかなく、もはや彼女に会いたいとか死にたくないとかそんな感情すらどうでも良い。


 今この瞬間だけは、この時だけはゲイシルとの戦闘に俺の全てを賭け、そして楽しみ、どんな結果でも構わないから後悔がない結末を迎えたい。


 だって、目標を持って生きることよりも命を賭けて戦うこの時こそが、俺が最も生を実感できる瞬間だと気づいてしまったのだから。


「あはは、あはははは!なぁ、ゲイシル!次は何を見せてくれる!何を教えてくれるんだ!!」


「俺は教えてる気なんてねぇんだがなぁ」


「知ってるかゲイシル!一を教えて十を学べば優秀らしいぞ!なら、お前の動きを見て瞬時に模倣する俺は天才なのかもなぁ!あはははは!!」


「狂ってるなぁ、お前」


「自分でもそう思うよ!」


 自身が狂っていることなんてゲイシルに言われなくとも知っていたことだが、改めて人から言われるとやはりそうなのだと思えて嬉しくなる。


「さぁ!もっとお前の技を見せてくれよ!」


「あぁ〜、だるいなぁ。これ以上頑張りたくないんだけどなぁ。でも、やらないとダメなんだよなぁ。仕方ねぇなぁ」


 ゲイシルはそう言って殺気すら感じさせないほどに無気力に脱力すると、腕をフラフラと揺らし始める。


「ほ〜ら〜、かかってこいよぉ」


「ふはは!来いと言われたらいくしかねぇな!」


 身体強化を使ってゲイシルとの距離を詰めた俺は、彼から盗んだ技を使い、殴打、蹴り、肘打ち、抜き手など様々な技を放っていく。


「どれも俺がよく使う技だなぁ。ほんと、俺と戦ってるみたいだぁ。だが……」


「ん?……かはっ!!」


 俺の技をギリギリの所で躱していたゲイシルだったが、右腕が僅かにブレたかと思うと、次の瞬間には俺の腹部に強い衝撃が走る。


「ごほ、ごほっ…な……んだ…」


「見えたかぁ?見えなかったよなぁ。見えてたら避けられたはずだもんなぁ?」


 ゲイシルの言う通り、俺には先ほどの攻撃が全く見えておらず、ゲイシルの腕が僅かに動いたかと思うと、気づいた時には俺が吹き飛ばされていたのだ。


 しかも攻撃を受けた腹部は服が破れ、さらに下の肉すら抉られて黒ずんだ血が流れている。


「ほらほら〜、もっといくぞぉ」


「くっ!!」


 先ほどとは打って変わり、今度はゲイシルが俺に近づいて攻撃をしてくるが、そのほとんどは目で捉えることができず、奴の攻撃を受けた場所の肉が抉られて俺の血が宙を舞う。


「どうだぁ?このまま何もしないと死ぬぞぉ??」


 攻撃は絶え間なく俺のことを襲ってくるが、俺はそれを冷静に観察しながらゲイシルが使う技の分析を始める。


(うーん。どういう技なんだ?全く目で捉えることができない。あのフラフラと動く腕。まるで紐のようだな……紐?あぁ、なるほどな)


 ゲイシルの腹部に蹴りを放ってから距離を取ると、出血が酷い箇所にだけ光魔法で回復魔法をかけ、傷口を押さえながらゲイシルのことを見据える。


「その技。腕を鞭のようにしならせてるんだろ」


「あぁん?これも見破ったのかぁ?」


「あれだけ攻撃を受ければな。それより、ほんとに良い技だな。極度の脱力から繰り出される平手打ち。それはまさに鞭のようにしなやかで力強く、打たれた箇所はその衝撃と威力で肉すら抉り取る。いいなぁ、その技。名前はあるのか?」


「万毒鞭煌拳。俺が考えた技なんだが、よくできてるだろぉ?肉を抉ればその箇所からさらに毒が体内へと入り侵して蝕んでいくんだぁ。体表で毒に触れるよりも毒が回りやすく死に至りやすいんだよぉ。どうだ?全身が痛くて死にたいだろぉ?てか、早く死ねよぉ」


 確かにゲイシルの言う通り先ほどよりも体の動きが鈍くなっており、視界も霞み始めて立っている足の感覚すらもはや無い。


「そうだな。お前の言う通り、俺の体は気力で動くことすら限界のようだ。気を抜けばすぐにでも死んでしまいそうだよ」


「死んでしまいそうじゃなくて、早く死んでくれよぉ。面倒だからなぁ」


「すまないが、そのお願いは聞いてやれないな。俺、お前に勝ちたいからさ」


「生意気だなぁ」


「ふはは。生意気ついでに見てくれよ。その技って、こんな感じか?」


 体中に回った毒のせいで今や腕にも足にも力が入らないが、それが功を奏したのか腕の力をうまく抜くことができ、ゲイシルのように腕をフラフラと動かすことができた。


「おぉ。意外と難しいな。特に関節部分を一本の紐のように動かすのが難しい。ここをこんな感じか?こっちはもう少し力を抜いて……あ、できた」


「チッ。これすら真似るのかよぉ。お前、本当に気持ちわりぃなぁ」


「あはは。褒め言葉として受け取っておくよ。だから、これは俺からのお返しだ」


「くっ!!」


 俺の放った一撃は見事にゲイシルの腕の肉を抉ると、そこから俺の腕に纏わせていた雷魔法がゲイシルの体を駆け巡り、雷による激痛がゲイシルを襲う。


「ふはは!雷撃鞭煌拳と言ったところか!さぁ、最後の殺し合いを始めようか!!」


「あぁ、本当にめんどくさいガキだなぁ」


 それから俺たちは、互いの肉を抉っては血を撒き散らし、毒と雷が互いの体を内側から殺していく。


「『蠱毒必滅』」


「『雷掌鞭天』!!」


 俺とゲイシルは、互いに限界が近いことを悟ると、勝負を決めるために最大の技を放つ。


 ゲイシルの腕はこれまで以上に毒々しい魔力を纏うと、俺の首筋を狙って強く打たれる。


 しかし、彼が首筋を狙うことを読んでいた俺はそれを左腕で受け止めると、勢いそのままにゲイシルの胸に青白い雷を纏わせた腕を叩き込んだ。


「これで終わりだ!!」


「がぁぁぁあ!!」


 胸に雷を流し込まれたゲイシルはそのまま心臓に致命傷となるダメージを受けると、心臓が止まり地面へと崩れ落ちた。


「はぁ…はぁ…」


『ノア。今すぐにゲイシルの死体を吸収してください』


「あぁ…そう…だな……」


 俺はレシアに言われた通り悪喰のスキルを使用するが、影がゲイシルの死体を吸収する前に俺の方が最初に地面へと倒れてしまう。


「く…そ…」


 戦闘が終わり張り詰めていた糸が切れてしまったのか、俺はもはや疲労と毒の影響で指の一本すら動かすことができない。


「は…はうえ……。どう…やら、限界の…ようです……」


 俺はそう言って重たくなった瞼を閉じると、そのままゆっくりと意識を手放すのであった。






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