第6話 ゲームの終わり

 応接室に来てからしばらく経つと、ライネルと彼の後ろに何人かの騎士、そして威厳のある男性が部屋へと入ってきた。


「アンドレ様、お待たせしました」


「ライネルさん」


「ご紹介いたします。こちら、この国の皇帝陛下であらせられる、グラニエル・アルマダ陛下にございます」


 ライネルから後ろにいる豪奢な服を着た男性を紹介された瞬間、俺とイリアは急いで膝を付くと、臣下の礼をとる。


「ご無礼をお許しください、陛下」


「お望みとあらば、どんな罰でもお受けいたします」


「よい。気にするな。今回は公式的なものではなく、新たな勇者が誕生したと聞いて会いにきたのだ。さぁ、立って席に座ってくれたまへ」


 俺はどうしたら良いのか分からなかったのでライネルの方をチラリと見ると、彼が頷いていたので陛下の言葉に従うことにした。


「では、失礼いたします」


 俺たちは陛下が座った向かい側に座ると、陛下が何を話すのか緊張しながらその言葉を待った。


「そんなに緊張しなくても良い。と言っても難しいか。なら、簡潔にここに来た理由を話そう。私がここに来たのは、先ほども話した通り、新たな勇者に会いに来たのだ」


「新たな勇者ですか?」


「聖剣に選ばれた者は、皆勇者と呼ばれる。つまり、君のことだ。勇者は伝説的な存在だからな。どうしてもこの目で見てみたかったのだ」


 陛下が言う通り、数百年に一度しか現れない勇者は伝説的な存在だ。


 英雄武器の所有者は持ち主が死ぬと次の主人が割とすぐに現れるが、聖武器の所有者は違う。


 聖武器が主人を選ぶのは魔皇が現れた時だけであり、即ち勇者が現れると言うことは、世界の危機ということにもなる。


「しかも、大賢者の可能性がある者までいると言うではないか。これはもう、私が直接会いにくるしかあるまい」


「そういうことでしたか」


「あぁ。それでだ。君たちは確か、今はアマルティア帝国学園に通っているそうだな」


「はい」


「ふむ……一つ聞いても良いか。何故君たちは学園に通っているのだ?」


「僕は強くなって魔物と魔族を滅ぼし、平和な世界を作るためです」


「あたしは貴族なので通っているのもありますが、実は目的が一つあったのです。今はその目的を達成してしまいましたが…」


 イリアはそう言って俺のことを見るが、俺は彼女が何故こちらを見ているのか分からず、首をかしげることしかできなかった。


「はっはっは!なるほど。イリア嬢はそういうことだったか。とても初々しくて良いではないか。ならば、これからはどうするつもりかね?」


「可能ならば、彼と一緒にいたいです」


「ふむ。アンドレ君に一つ相談がある」


「はい」


「君の目的は魔物と魔族を滅ぼし、平和な世を作ることだと言ったな。ならば、聖剣に選ばれた今、強くなるのに学園にこだわる必要は無いのではないか?」


「それは…」


 陛下の言う通り、俺が学園に入学したのは強くなるためであり、卒業後は冒険者として旅をするつもりだった。


 しかし、現在は聖剣という絶大な力を手に入れたので、あとはレベルを上げて実戦経験を積み、聖剣と共に成長していくだけだ。


「確かに…そうかもしれません」


「そこでだ。君たち二人にはより強くなるため、旅に出てもらいたいと思っている」


「旅に…」


「知っての通り、聖剣が君を勇者として選んだということは、魔大陸では魔皇が現れたということになる。魔皇を倒せるのは聖武器の所有者たちだけであり、君にはそのためにも強くなってもらいたい。もちろん、我々も色々とサポートさせてもらうし、イリア嬢が魔法都市で大賢者の魔導書に挑戦できるよう手紙も書こう。だから頼む。どうか我々人族たちのため、旅に出ては貰えないだろうか」


「へ、陛下!」


 陛下はそう言うと、あろうことか俺たちに向かって頭を下げた。


「どうか頭をお上げください」


「だが」


「安心してください。僕は頭を下られなくても旅に出ます。元々学園を卒業したら旅には出るつもりでした。それが少し早まっただけです」


「あたしも彼についていきます。まだ世界を救うとかはよく分かりませんが、それでも、あたしに何かできるのであれば力になりたいです」


「ありがとう。我々も全力でサポートしよ」


 こうして、俺とイリアは二人で旅に出ることが決まり、それから半月後、準備を終えた俺たちは旅へと出るのであった。


 その後、イリアは大賢者の魔導書に選ばれて大賢者となり、他の聖武器に選ばれた者たちとも仲間になった俺たちは、様々なトラブルを乗り越え、悲しい別れも経験しながら魔大陸へと攻め込んだ。


 俺たちは魔皇とその部下である魔王たちと死闘を繰り広げ、何とか俺たちは勝利することができた。


 しかし、それは俺たちの物語の始まりでしかなかった。


 その後、異世界から呼び出された邪神と戦ったり、邪神の魂と融合して復活した魔皇と戦ったりと、俺たちの戦いが終わることはなかった。


 そして、戦いが終わらないのと同時にこの物語が終わることもなく、とある敵を倒すと物語はアマルティア帝国学園に入学する場面へと巻き戻る。


 俺がこの世界に違和感を持ったのは、世界が20回ほど繰り返された時だった。


 その時、既視感のあるセリフ、既視感のある場面が何度もあり、最初は予知夢でも見たのかと思った。


 しかし50回を超えた頃、それは予知夢ではなく現実で繰り返されていることなのだと理解する。


 その瞬間、世界がまるで作り物のように感じられ、頭の中には数えきれないほどの身に覚えのない記憶たちが流れ込んでくる。


 アルファ、けいた、舞、eve、ハーレム野郎など身に覚えのない名前で呼ばれ、知らない言葉、知らない会話を知っている人たちと繰り返す。


 何度も戦い、何度も世界を救い、何度も最初へと戻る。


(そうか。この世界は作り物なんだ…)


 数えきれないほどの人生を繰り返した俺は、ようやくこの世界が現実ではなく、何者かによって作られたものなのだと理解することができた。


 自分で動かしている気になっていた体は誰かによって操作されていたもので、自分で考えて喋っていると思っていた言葉は誰かにそう言わされていただけだった。


(はは。なんかもう、全部どうでも良くなってきた)


 人を好きだと思った感情も、人に好きだと言われた愛情も、全てが何者かによって決められたもので、自分たちの意思で抱いたものじゃない。


 そして、守りたいと思っていた人間たちも、本当は薄汚く欲に塗れた者たちばかりだった。


 ずっと教えられてきた魔族の侵攻も、魔族が人間や他の種族の国を狙っているという話も殆どが嘘で、魔族は自分たちの大陸で平和に暮らし、寧ろ彼らの豊かな土地を狙っていたのは人間たちの方だった。


 全てが嘘に塗れた汚い世界。そんな世界を守るために、何もしていない魔族たちを何度も殺してきたのだと思うと、寧ろ死ぬべきなのは自分自身だとすら思えてくる。


(かっこいい…)


 そんな世界に絶望していた時、俺の壊れた心に響いたのは、他でもない魔皇の言葉だった。


『我々魔族は何もしていない。我々はただ、この地で平和に暮らしていただけだ』


『何もしていない我々を悪だというのなら、我々は悪で構わない。何もしていない我々を滅ぼそうとするお前たちが正義だというのなら、私はそんな不条理な正義には決して挫けぬ悪となろう』


『私が愛した民たちよ。そして、私を魔皇として支えてくれた民たちよ。寂しい思いはさせない。今…私も、皆のもとへ…』


 魔皇は息絶えるその瞬間まで国を思い、民を思い、彼らに感謝と愛を持って死んでいく。


 その姿には誇りがあり、愛があり、そして魔皇としての慈しみが込められていた。


 俺はそんな魔皇の姿に憧れた。欲のために互いを貶し合い殺し合う人間より、魔族の方がよほど愛に溢れていた。


 それからの俺は、頭の中に入ってくる数多の記憶から魔皇や魔族たちの情報に集中するようになり、知れば知るほど魔皇に憧れ、その憧れは恋慕に変わり、最後には愛おしさに変わった。


 そして、最後の記憶が頭の中に入った後、俺の意識はゆっくりと薄れていく。


(魔皇。必ず…お前に…会いに…いくから…)




 こうして、全てを見てきたゲームの主人公は魔皇に憧れ、彼女のようになりたいと願い、彼の願いを叶えるかのように世界は自由を手に入れるのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ここまで読んでいただきありがとうございます!


次回から、いよいよ本編に戻ります。


面白い、続きが気になる、ちょっと気になるかもと思った方は、☆や作品フォローをお願いします!!


みなさんからの応援が励みになるので、コメントもくださると嬉しいです。


今後も頑張って書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る