第7話 目覚め

「んん…」


 長いようで短い夢から目が覚めた俺は、地下牢の硬い床の感触を肌で感じながら目を覚ました。


「体が痛いな…」


 一晩中硬い床で眠っていたせいか、首や体の端が変に凝り固まってしまい、ここ最近で一番最悪な目覚めだと言える。


「なんで俺床でなんか寝てたんだっけ…あぁ、そっか。思い出した…」


『おはようございます。個体名ノア。体の具合はどうですか?』


 未だ朦朧とする意識の中、頭に響いてくる謎の声で全てを思い出した俺は、ベットに座って今の状況について尋ねる。


「体のあちこちが痛くて最悪な気分だ。それで?今の状況について説明してくれるんだよな、世界の管理者」


『お望みとあらば、答えられる範囲でお答えいたします』

 

 地下牢には窓もが無いため今が何時なのかは分からないが、誰かがここにくる気配は感じられないため、遠慮なく世界の管理者と話をすることにした。


「そうだな。まず、さっきまで俺が見ていた夢は全て現実だな?」


『是。あなたが見たものは現実であり、過去にこの世界が他の世界と連結していた際の記録になります。この世界は元はゲームであり、プレイヤーと呼ばれる存在たちがあなたの体を操作したことで生まれた記録です』


「つまり、この世界はプレイヤーたちが俺の体を使って遊ぶために作られた世界だと?」


『否。根底が逆です。世界を作るために、プレイヤーたちにゲームとしてこの世界をプレイさせ、この世界を完成させたのです』


「逆だと?」


『是。世界とは、即ち情報の塊です。誕生から始まり滅亡に終わるまで、あらゆる記録と記憶が生まれていきます。その情報を統括するのが、私の母体である世界の統括者なのです。


 そして、世界の統括者が世界を作る時、記録を集めて存在を明確にする必要があります』


「明確…ということは、その情報がないと世界の存在が明確にならないと?」


『是。世界とは、元々は泡沫のように消えては生まれる曖昧な存在です。そこに明確な記録と記憶を与えることで、世界は世界として成り立つのです。


 そのために必要となるのが、他の世界との連結です。他の世界と連結することで、膨大な記録と記憶を泡沫の世界に与え、一つの世界を作るのです』


「なるほど。それがゲームであり、俺の体を使ったプレイヤーたちの行動ということか」


 普通であれば、世界の管理者が語る話など信じられるはずもないが、俺はこの世界について知っているので、すぐに理解することができた。


「だが、世界が確立したのなら、俺にゲーム時の記憶を思い出させる必要はあったのか?」


『それは、他世界との連結を完全に切断するためであり、あなたを自由にするために必要なプロセスでした』


「自由にする?」


『この世界は、あなたという主人公を軸とし世界の情報を集めてきました。世界が巻き戻るたびにあなたの記憶も消去され、また世界は動き始めます。


 つまり、あなたが過去へと戻り、記憶がないことがゲームが始まる条件でした。


 そして、それは今回も同じです。私の母体の方で世界連結の解除は行いましたが、最後の鍵はあなたが過去に戻った時点で全ての記憶を取り戻し、自我を持つことでした。


 仮にあなたが自我を持たなかった場合、世界連結は解除されてもストーリー通り世界は進んでいき、あなたは真の自由を得ることはできなかったでしょう』


 世界の管理者の話を整理すると、ゲームだった時の世界の軸は俺であり、その俺が自我を持つことでこの世界は本当の意味で動き出すことができるということだろう。


 そのために必要となるのが、俺がゲームだった時の記憶を取り戻すことで、その時に芽生えた自我が世界を動かすための最後の鍵になるようだった。


「ふむ。理解した。なら、俺はこの後はどうしたらいい?」


『望むがままに。この世界は既にゲームではなく、あなたは主人公ではない。あなたが望み、あなたがやりたいことをやってください。そんなあなたをサポートするのが私の役目になります』


「望み…か」


 この世界がまだゲームだった時、俺は勇者として自分が自分の意思で動いていると思っていた。


 しかし、実際は誰かに操作されて行動していただけで、俺の感情も言葉もプレイヤーたちに言わされていただけだった。


 そんな中、俺が憧れた唯一の存在…


「俺は魔皇になりたい。彼女のように自由に生き、彼女を守れるような圧倒的な強さを手に入れたい」


『お望みのままに』


「世界の管理者」


『はい』


「魔皇になるにはどうしたらいい」


『魔皇になるには、まずは種族を魔族に進化させる必要があります。その後、魔王の卵を獲得する必要があり、卵が孵化することで魔王となります。その後、魔皇の血を手に入れ、魔皇のみが所有できる魔剣に選ばれることで、魔皇になることができるのです』


「つまり、まずは種族進化の儀を受けないといけないわけか。だが、勇者は確か魔族に進化できないはずじゃ?」


『是。ですが、それはあなたが勇者に選ばれた後になります。勇者ではない今のあなたであれば、条件を満たし種族進化の儀を受ければ、魔族になることが可能です』


「ふふ。それは楽しみだな」


 種族進化の儀とは、人族や他の種族がレベルを上げて特殊な儀式を行う事で、より上位の種族に進化することができるというものだ。


 例えば、人族が進化すれば仙人や霊人になることができ、獣人やエルフであればそれぞれの種族でより上位の存在へと進化することができるのだ。


 そして、進化の選択肢が最も多いのが人族であり、秘匿されてはいるが、人族は特殊な条件を満たせば魔族にだってなれる。


「魔族か」


 魔族になるという事は即ち人族を辞めるということになるが、俺は母上が死んだ時点で人族にも家族にも未練なんてものはない。


 それに、魔族は魔力適性が高く、しかも身体能力にも優れているため、進化先としては優秀な種族だと言える。


「なら、やるべき事は決まったな。まずは魔族になる。だか、その前にここを出ないと行けないわけだが…」


 現在、俺は魔法剣士という職業を授かったが故に、地下牢へと閉じ込められている状態だ。


 魔族になるにしろ強くなるにしろ、まずはここを出なければならないわけだが…


「やぁ、兄上!調子はどうかな?」


「その声はロイドか?」


 地下牢から出るにはどうしたら良いものかと考えていると、誰もいないはずの地下室に声が響く。


 そして現れたのは、父上と同じ青い髪に継母と同じ緑色の瞳をした少年で、彼は端正な顔に醜悪な笑みを浮かべながら近づいてくる。


「ロイド。どうしてお前がここにいる?」


「はは!そんなの、兄上の様子を見にきたからに決まっているでしょう?」


 ロイドは俺の一つ下の異母弟であり、父上が溺愛している子供でもある。


 甘やかされて育ったせいか性格が歪んでおり、メイドや執事をいたぶる趣味があるクズだ。


「聞きましたよ?なんでも、職業が魔法剣士だったとか。ぷっ…あっははははは!魔法剣士!器用貧乏!実に無様ですね!あなたにピッタリな職業だ!」


 ロイドは何が面白いのか腹を抱えて大笑いするが、俺はそんな彼を見て逆に頭の中が冷静になっていく。


「それを言いに来ただけか?随分と暇なんだな」


「なに?」


「わざわざ俺のことを笑うためにここに来たんだろ?よっぽど暇じゃないとできないことだ。寧ろ会いに来てくれて感謝するよ」


 この世界がゲームだったことを思い出した俺にとって、ロイドなんて存在は既に眼中になかった。


 だからこいつだけが父上に溺愛されていようと、屋敷のみんながこいつの言いなりになろうと、正直そんなものはどうでもいい。


 もう俺は自由なのだ。人の顔を伺って生きる必要もない以上、こいつの機嫌を損ねないよう下手に出る必要も無い。


「生意気な。おい!鍵を開けろ!」


 ロイドは俺の態度が気に入らなかったらしく、連れてきた執事に命令して地下牢の鍵を開けさせると、ゆっくりと中へと入ってくる。


「なんだ?何かまだ用があるのか?」


 俺は自身を見下ろすロイドにニヤリと笑って返すと、先ほどまで楽しそうにしていたロイドの表情が冷たいものへと変わる。


「本当にムカつく人ですね、兄上は。その全てを見透かしているような目、全てを知っているような態度。兄上の全てが気に入らない!」


「ぐふっ!!」


 ロイドはベットに座っていた俺の頭を掴むと、腹に思い切り膝蹴りを食らわす。


 その後も地面に蹲った俺をロイドは蹴り続け、最後に唾を吐き捨てて嘲笑う。


「ふっ。無様ですね兄上。あなたはそうやって地面に転がっている方がお似合いですよ。あはは!」


 ボロボロになった俺の姿をみて満足したのか、ロイドは馬鹿みたいに高笑いしながら地下牢を出ていき、また地下室には俺一人になる。


「チッ。あの馬鹿が。思い切り蹴りやがって」


 ロイドがいなくなったあと、俺は痛む体を起こして血を吐き捨てて壁に寄りかかる。


「はぁ。しばらくはこんなのが続きそうだな」


 あの弟がこの程度で俺のことを許すはずもないため、明日以降も嬲りにくるはずだ。


 そして、その予想は的中し、地下牢に入れられてからは毎日のようにロイドに暴行され続けるのであった。






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