第11話 閉じ行く世界

 この世界が“ノイア・ネレイア”と呼ばれていることを誰が知るだろう? 誰も知ることの無い名前。しかし知る必要の無い名前。名前がなんであれ、人は与えられた場所で生きる他に無い。


 人が科学技術と共に歩んだ歴史の果てに築き上げたギガクラスポリス、“メルロー・ファーム”。

 鉄と錆、スモッグとそしてネオンの輝きに彩られたその都市に生きる人々はいつだって“今”を謳歌している。


 今を愉しみ、明日など知らずに死んでゆく人々の都なのだ。


 昼間の都市は比較的穏やかだ。何をするにしても目立ちすぎるから、目立つことを好まない者たちは昼間、大人しい。

 必要な物があり、それを手に入れるために出掛けるのであれば大陽が見守る時間帯にするべきである。しかしそれは中流階級以上の者たちの認識で、彼らの住む厳重な警備が備わった区画においての話である。


 例えば、ヴァルキンたちのようなスカベンジャーが求めるものの多くはそう言った話とは無縁の世界。夜中だろうが昼間であろうが危険ばかりの世界。

 しかし彼らはそんな世界で生きて行くことしか出来ない。


「ずいぶんと大きくなったモンだ」

「ああ、じきにここも大陽と縁遠くなる」

「そうなったらオレたちゃ消却……かねえ?」

「それを言うなら“立ち退き”だろう」

「メサイア・ワークスがそう言ってるだけだろ。なんつーんだっけ、そういうの……えーと……パブロフ? パパイア……」

「プロパガンダ?」

「ああっ、それだそれ」


 ベイクがジャンク品から組み上げた移動用の車両に乗ったヴァルキンとベイク、そしてアンドロイド。ハンドルを握るのはヴァルキンで、その隣がアンドロイド。三人が腰掛けられる後部座席を占領しているのがベイクだ。


 二人が話すのは今もアンドロイドが窓から興味深げに眺めている、空に蓋するかのような広大な建造物。ピレウスと俗に呼ばれている、日々拡大を続ける都市の新たな姿のための土台だ。


「よく覚えとけよ、アレは権力者どもの見栄そのものだ。臭いものに蓋をとはよくゆーぜ」

「おー……?」

「俺たちはさしずめ生ゴミって所か。間違いとも言い切れん」

「うー……?」

「おう、生ゴミ上等よ。ウジ虫魂が燃えてくるね」

「ウジ虫なら、最後にはハエになって飛んで出て行ける」


 悪くねえな――ヴァルキンの軽口にベイクが笑う。二人のやり取りを不思議に見るアンドロイドにヴァルキンが微かに口角を上げながら言った。


「ただの冗談だ」


 そう、この都市で成り上がることなど不可能である。

 支配層は既に定員であり、その下に生きるものはその下でしか生きていけないようになっている。


 それでも多くの者が理不尽なこの世界に集まってくるのは、ここに“夢”だとか“希望”があるからと勘違いするから。そしてそんなものこそが夢であり希望だったのだと気付いた頃にはもう手遅れで、逃れることが出来なくなっているものなのである。


 肥溜めで蠢く蛆は蛆のまま、羽化などなく閉じた世界の中で死んでゆく。それがこの世の理であると、新参者でもない限りは理解している。

 だがその事をよく知るヴァルキンやベイクが冗談でもそんなことを口にしたのは、果たして口も利けないアンドロイドのせいだろうか。


 ――四車線の通りにはほとんど車両は走っておらず、走っていても装甲化が施された物騒なものばかり。車両の装甲化は威嚇でもある。そうでもしなければならない理由がヴァルキンたちの世界にはあるのだ。

 それは例えば、バックミラー越しにヴァルキンが見たもの……

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