第10話 父子家庭

 いわゆる記憶喪失と言われる状態が今のアンドロイドを表現するうえで分かり易いだろう。

 自らが何者なのかは当然、言葉はおろか喋るという行為すら覚束無い。まるで赤ん坊のようであった。


「俺のやることを真似してみろ。まず銃はこう――」


 そんな状態のアンドロイドに対してヴァルキンはあまりにも不器用であった。何もわからない、出来ないというような彼女にいきなり九ミリ口径の拳銃を持たせようとしていたのだ。


 当然アンドロイドは銃という未知の物体の扱いなど分からず、ヴァルキンの説明も終わらないうちに床へと落としてしまう。


「違う。ちゃんと持て。決して放すな」

「うー……?」

「いいか? じゃあ次は――」


 幸い弾倉は空なので危険はないのが救いだが、先行き不安になるヴァルキン。拾い上げた銃を再びアンドロイドの手に握らせた彼は、すぐに自らも銃を取り出し構えてみせようとする。……構えてみせようとする彼の耳に、銃が落ちる音が届いた。


「……銃は落とすな」


 構えかけた体を楽にし、アンドロイドへと振り向いたヴァルキンは彼女を前に言う。しかし当のアンドロイドはといえば彼の言っていることを理解していないから、きょとんと目を丸くして不思議そうにしているばかり。


 ヴァルキンが頭を抱えたくなったころ、射撃場の重厚な扉を軽々押し開けて入ってきたのはベイクだった。何事だとヴァルキンは彼を見た。


「ベイク?」

「そろそろ音を上げる頃だと思ってな」

「余計なお世話だ……」


 うんざり調子に頭を振るヴァルキンはアンドロイドが落とした銃を拾おうとして、その銃が横から伸びて出てきた手に掠め取られる。なんだなんだと彼が顔を上げると、銃を持ったアンドロイドがいた。


「どうした?」


 銃身を握りしめて構えるわけでもなく、ヴァルキンの問い掛けに答えるわけでもなく、やがてアンドロイドはヴァルキンとベイクの目の前でぽとりと、手にした銃を落とした。


 彼女の意図していることがまるで読めずに困惑、固まってしまうヴァルキンだったが、そんなヴァルキンをまじまじと見ているアンドロイドの様子からベイクは何らかを察したらしく何やら噴き出す。なんだとヴァルキンが問うと彼は答えた。


「ヴァルキン、お前イヌだと思われてんだよつまり。イヌってあれじゃねえか、投げたボール取ってくるだろ。何度も何度もアホみてーに。くくくっ……こいつは良いぜ、言い得て妙っつーのか? 言ってねーけど!」


 そういうことかと理解に至ったヴァルキンはアンドロイドに銃を拾わせようと指示をする。しかし言葉を理解しない彼女はいつまでもヴァルキンが銃を拾うのを待つ。ため息はベイクから出たものであった。


「言っても分からねえんじゃ聞かねえよ」

「それでは困る」

「ガキつうより赤ん坊なんだ。落ちたもんを拾うお前を見て今のを試したんなら、銃撃つお前を見せてやりゃマネするんじゃねえか?」

「そういうものか?」

「知らねーよ。ガキなんかいないし」

「……」

「思ったよりしんどいって思ったか?」


 半笑いで言うベイクにヴァルキンは多少むっとしながら「まさか」と返し、アンドロイドの期待通りに銃を拾い上げる。


「よく見ておけ」


 そしてそう告げて、拾った銃の空の弾倉を抜き取り、銃弾の詰まったものへと交換した。彼の一連の動作はスムースで迅速。慣れた手付きといえば良いか、それでは分かるまいと思いはしたベイクだったが、じっとヴァルキンを観察しているアンドロイドを横目にすると口に出さなかった。


 装填を終えると、次いで銃本体に左手を被せるようにして掴みスライド部分を引く。小気味の良い音がして、内部で弾倉から弾倉が薬室へと送り出される。

 そうしてからグリップを両手でしっかと握り的へと向けて銃を構えたヴァルキンは、遂に指をかけた引き金を絞る。激しい音がして、アンドロイドの目が僅かばかり大きく見開かれた。


 倒れてゆく的のど真ん中には着弾の後が明確に刻まれていた。

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