第9話 役割

「……接続障害……? これは……」


 ――霧散する光の膜。燃え盛る炎の中に佇むアンドロイドはアークタワーを見上げ、その蒼い瞳で塔が戴く円環を見詰める。

 そうしている間にも彼女の頭上に浮かんでいた光輪が明滅を始め、全身に纏っていた光の鎧がその光量を落としてゆく。


「っ……」


 僅かに口元を苦そうに噛み締め、震える手で自らの頭に触れたアンドロイド。すると次の瞬間、彼女はその場に膝を突いて俯いてしまう。その陰った表情はひどく歪み、揺れる瞳で瞳孔が不安定に拡大と収縮を繰り返す。

 やがてアンドロイドは地面に膝と手を突き、程なくして頭上で明滅していた光輪が消滅すると同時に遂に地に倒れてしまうのだった。


 そこで全ては真っ暗に閉ざされる。


「――ここで聞き取れた接続障害つう言葉と、アレがタワーを見ていることから推測されることは……」

「アークタワーが自らの情報が露呈するのを恐れ、制御下から離れたあのアンドロイドのデータを封印した」

「まっ、そんなところだろ」


 放り投げられ、モニターにもなるテーブルの上を滑ってゆくリモコン。それぞれ椅子とソファに腰掛けるのはヴァルキンとベイクで、二人は片手に炒飯が山盛りになった容器を持ち、ベイクが空にしたれんげを振っていた。


 食事がてらアンドロイド回収時に録画していた映像を見返し、何か機体の解析に役立つ情報はないか二人は探していた。が、結局は役立つものは何も無かったようだ。


「それでえ? どーすんだよ、アレ。完全にお荷物だぞ」


 がつがつと炒飯を口の中へと放り込み、飲料水でさっさとそれを胃へと流し込むベイク。米の形状と性質を再現した合成食品を、炒飯を再現するための調味料で調理したそれの味は存外にも悪くない。しかし美味いと膝を打てるような代物でもなく、結局は空腹を満たし栄養を得るためのものでしかない。


 彼が再び空にしたれんげで指し示したのは水槽で、そこでは猫のノクターンと一緒になって中を泳ぐ魚を見つめている蒼い目のアンドロイドがいた。


 炒飯を口に運んでいたヴァルキンも彼女を見て、すると彼の視線に気付いたらしいノクターンが何かもらえると勘違いでもしたのだろう駆け寄り、それを追ってアンドロイドの視線までもヴァルキンを向いた。


「……使えるようにしよう。教育と訓練をして、必要ならドールとして派遣させれば良い」


 アンドロイドから視線をテーブルに乗ってきたノクターンに移しながら言ったヴァルキンにベイクは「マジかよ?」と尋ねる。ヴァルキンは頷いて続けた。


「物覚えは良いはずだ。何せ機械だからな」

「そうじゃねえよ」

「なんだ?」

「お前はそれで良いのかって訊いたんだ」


 ヴァルキンの手が止まった。ベイクは彼からの返事を待つ間にも食事を続け、グラスへと手を伸ばそうとしたとき、ヴァルキンからの返事があった。


「構わんさ。アレはただの機械だ。ステラじゃない」

「……なら、良いけどよ」

「上手く使えれば役に立つはずだ。お前はアレに運用させる兵装の開発を頼みたい」


 そこでベイクの手が止まり、ごくりと口の中のものを飲み込んで喉が鳴る。彼の目は丸くなっていた。


「兵装って……」

「アレのポテンシャルを活かせるやつだ。ただ銃を握らせるのも良いが、持て余すだろ」

「ほう、まぁ……悪い提案じゃねえな」


 ベイクの目がアンドロイドへと向いた。彼の視線に気付いたアンドロイドはただ呆けたように見つめ返すばかりだ。


「俺はアレに戦い方を仕込む」

「言葉はどうする?」

「適当に必要なことだけ教えればいいだろう」


 やるしかないのだろう――ヴァルキンはどうしてもアンドロイドを活かしたいと思っているらしいことを察したベイクはもはや小言は言わない。やるだけのことをして、そして見極めれば良い。ベイクのことも、アンドロイドのことも。


 平らげた炒飯。空になった皿を放り投げたベイク。彼はソファから立ち上がり、ガレージのある地下への扉へと歩み出した。

 彼の背中をヴァルキンの目が追う。


「ソイツの構造だけは理解した。任せとけ、ぶったまげるモンを見せてやる」


 だからお前もお前の仕事をしろ――そうベイクの背中が語った。そんな気がしてヴァルキンは僅かに口角を持ち上げる。そして自らを見上げるノクターンの頭へと手を伸ばし、ぴんと立った耳ごと頭を撫でてやる。


「……やるとするか」

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