第8話 ベイクの野望

 ヴァルキンが手伝うベイクの便利屋はそれなりに繁盛もしており、専用のガレージは居住スペースときっちり区切られている。

 規模も居住スペースであればヴァルキンと共有しても余りあるし、ガレージはダイダロスを三機まで格納できるチームアリーナ仕様だ。


 ヴァルキンの戦闘能力とベイクの技師としての技量があってこその環境。もう少しすれば“陸奥”からの依頼が舞い込んでもおかしくないとベイクは考えており、その一助となるためにヴァルキンはアークタワー近辺の危険地帯にすら飛び込んでゆく。


 そしてあわよくば“陸奥”すら出し抜き、ノイア・ネレイヤの覇権を握る――そんな夢すら懐いていた。

 アークタワーの技術で組み上げられたと思しき、人間と寸分違わぬ見た目にして地上の兵器を凌駕する威力を秘めたアンドロイドは“陸奥”への足掛かりとしては十二分とそんなベイクは考えていたが……


「本当に見た目は人そのものだな」


 ガレージへと移動した二人は治療等に用いるクレイドルと呼ばれる手術台の一種に寝かされたアンドロイドを見下ろしていた。

 裸に剥かれたアンドロイドの機体は何処を見ても機械としての要素が見当たらず、乳房や陰唇、肛門といった器官すら備わっていた。機械としては不要でも、人間としては必要なものは全て。


 眼の前の“完璧な人間”に思わずヴァルキンは感嘆を上げたが、その完璧さが何故この機械に必要なのか彼には分からなかった。

 ベイクがさきほど冗談で口にしたように、性的な用途のためであるならばアークタワーの兵器を蹂躙するような戦力は必要にはならないはず。


「作り手の趣味か、もしくは伝説の黄金期の様式だったんじゃねえか。オレたちとアークタワーってのはそれくらい断絶された間柄なワケだし」


 アンドロイドの起動のために準備を進めていたベイクがつまらなさそうに言う。ヴァルキンはアンドロイドを見下ろしたまま相槌を返した。


「諸々のデータも纏めて封印されてそうだからな、暴れたりはしないと思うが……」

「電源は外部からの供給にしているんだろ。そのときはすぐに供給を断てば良い」

「簡単に言うなよ。哨戒兵器をぶん投げる怪力女だぞ。コイツが全力で腕の一本でも振り回したらオレたちゃ粉々だ」

「始めてくれ」


 まるで聞かないヴァルキンに呆れながらもベイクが電力供給を開始するスイッチを上げた。一瞬ガレージ内の照明が暗くなる。

 一瞬の静寂の後、アンドロイドが纏う雰囲気が変化したのをヴァルキンは感じた。アンドロイドの顔へと注目する。閉ざされたまぶたから伸びる豊富なまつ毛が微かに揺れ、おもむろに両目が開かれた。冴えた蒼い双眸が露わになる。

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