第7話 その後……
目を開けると無機質な鉄色の天井が現れ、視界の隅にはシーリングファンの羽が見切れていた。身体を横たえていたソファーから上体を起こしたヴァルキンは眠りにつく前は掛かっていなかった毛布の存在に気がつく。
「せめてもう一枚着てから眠れよ」
声のした方を向くと青白く照らされた広大な水槽があり、中で泳いでいる色取り取りの観賞魚の群れの向こうに顔の右半分を火傷で引きつらせた巨漢の男が立っていた。ベイクである。
彼がボクサーブリーフ一枚で寝ていたヴァルキンに毛布を与えた張本人のようだ。猫のノクターンが見つめている魚に餌を与えた後、ベイクは用意していたマグカップを手にとって座りなおすヴァルキンのもとへと歩み寄る。
「……解析は?」
差し出されたマグカップを受け取ったヴァルキンはそう問い掛けつつ、カップの中身を満たす栄養剤入りの人工ミルクを飲む。栄養剤の不愉快な風味がただでさえ味気ないミルクを明確に不味いものにしていた。
ベイクもまた同じものを飲みながら小さく頭を振り、左手を持ち上げる。
「お手上げだ。アクセス権限も無けりゃそもそもポートからして抹消されてるからアクセスしようがない。情報に関しちゃ完全なブラックボックスになってるな」
しかもと彼が付け加えると、それまで予想通りとでも言いたげに水槽を見ていたヴァルキンの視線がベイクに向く。
「メモリーも巻き添えだ。アークタワーに関してはほぼ一切、情報を得られそうにない」
報告にヴァルキンは一言「そうか」とだけ返し、またミルクを一口。口腔から喉、そして腹へと熱が流れてゆく感覚を確かめる。ベイクはちらとヴァルキンの様子を見つつ、続けた。
「……で、どうすんだ? 今んとこ役立たずは決定的だが、売っちまうか? それともバラして構造だけでも調べ上げるか?」
どちらにしても有意義。何よりヴァルキンにとってあのアンドロイドは良くない。それがベイクの考えであった。彼はヴァルキンからの返事を待つ。
「いや、もう少し様子を見よう」
そらきた――あまりにも予想通りの返答にベイクの口から思わずそんな呆れの言葉が飛び出す。
「あの面か? 他人の空似だろ。第一、ありゃあ機械だ。ダッチワイフとしても使える高性能な殺戮破壊兵器。テメェの女と似た面だからって情なんか移すな。アイツは死んだんだよ」
それまで話題に出すことは避けていたものの、事ここに至ってはヴァルキンのためにも仕方がない。その思いでベイクは彼に辛辣な言葉を返した。
ヴァルキンはうつむきがちになった頭に左手をやるとくしゃりと髪を掻く。それから小さくうめき声を奏でた後、頭を掻いていた手で首を撫で、ベイクから視線を逸らしつつ言った。
「……その通りだ。が、何かの役に立つかもしれん。とにかく起動して話を聞いてみよう。売るかバラすか、判断はその後だ」
それは大きなため息を吐いて、ベイクは「救えねえな」と呟く。その言に対してヴァルキンは逸らした顔にばつの悪そうな表情を浮かべるのであった。
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