第6話 アンドロイド

「対象をエデン、プロジェクト・アンチゲヘナ所属、システム・アンチゲヘナ、アンゲロスと認識。敵性として対処します。当機が対応に当たりますので、当領域からの速やかな退避をお願いします」


 そうヴァルキンへと告げた女性は彼の前へと降下、左前腕部に広げた光の障壁で以て砲弾を事も無げに掻き消して行く。膨大な熱量の流動が盾そのものであり、砲弾が消失しているのだ。


 常軌を逸した出力。そしてそれを制御する技術。

 間違いなくアークタワー由来の存在である。ヴァルキンは女性の“性能”を前にして確信を得た。そして彼女こそが目的の“モノ”であるとも


「見ているか?」

《にわかにゃ信じ難いがな。どう見てもアレは――》

「人間……人間にしか見えない。思えなかった」


 復調したダイダロスへと駆け込むヴァルキン。システムこそ停止したが機体自体の損傷は深刻ではない。流石はベイクが築き上げた機体であると感心しながら彼は操縦席へと収まりダイダロスと自らを接続した。


 ベイクとの会話はつまり、女性がアンドロイドであるという内容である。これまでアークタワーから手に入れた技術にも、無論地上の世界にも彼女ほど精巧なアンドロイドは存在していない。

 未知なるアークタワーの技術にして、それはまだ“生きて”おり、敵対すらしていない。


 金になる。それどころか地上を現在支配している最強の複合企業“陸奥”にすら取り入れるほどの存在である。


《解析できりゃ“陸奥”ともケンカできるか……?》

「取らぬ狸の皮算用するなよ」

《取れるかどうかはオレたち次第だ。逃げろとアレは言ったが、上手いこと様子見て連れてこい。哨戒兵器さえなんとかぶっ潰せりゃ、話くらい出来るかもしれねえ》

「体を張るのは俺だけなわけだが……」

《バカ言え。オレのB-SPもだ》

「……だったな」


 二人が今後について議論している間にも、アンドロイドとアンゲロスに動きがあった。アンドロイドが光の残滓を軌跡と残した高速の移動でアンゲロスへと肉薄したのだ。


 迂闊だとヴァルキンは思った。何せアンゲロスはダイダロスと取っ組み合いをして放り投げるほどの力を持っているのだ。捕らえられでもすれば質量で圧倒的に劣るアンドロイドなど簡単にひしゃげてしまう。


 加勢に出るべくヴァルキンの意思でダイダロスが機関砲を構える。――が、目の前の光景に終ぞ引き金は引かれなかった。


 遠距離攻撃が有効とならない間合いに入られたアンゲロスは、すぐに攻撃を堅牢な装甲と膨大な出力に任せた肉弾に切り替える。振り下ろされた拳鎚は叩き付けられた地面をガラスのように砕いたが、そこにアンドロイドは居らず。では何処かというと彼女はアンゲロスの拳の傍らに居た。


 攻撃を回避されたアンゲロスだが、感情と言った不安定な要素を持たないそれは腕を振り乱しアンドロイドを追撃。しかし小型かつ小回りに優れるアンドロイドには一切として命中せぬまま、周囲の地形ばかりがズタズタにされてゆく。


 高度な予測とそれを実現させられる機動力。目の当たりにしたヴァルキンは息を呑む。たが極至近距離で激しく動き回るアンドロイドのおかげで、ほぼその場から動いていないアンゲロスに対しての射線が確保出来なくなってもいた。


 回り込んで背後から奇襲するべきか。そう判断して動き出そうとヴァルキンがしたときである。アンゲロスが放った直線を描く殴打を紙一重で躱したアンドロイド。直後、彼女は過ぎ去ったアンゲロスの右腕を両腕に抱え込み、そしてアンゲロスを背負投して頭から地面に叩き落とした。


「イカれた馬力だ」

《イカしたの間違いだろ。今なら打って出られる》

「いや――」


 一部始終を傍観する二人の異なった反応。だがヴァルキンがベイクの提案に待ったをかけたのは、なにもアンゲロスの復活が早かったからではない。


 アンドロイドが右手をアンゲロスの頭部に押し当て、さきほど障壁を展開していた前腕部の装置が形状を変化させた。するとみる間にアンゲロスの頭部が白熱を始め、刹那、溢れ出した光の奔流がソレへと流れ込んでゆく。


 頭部を焼き切った光は機体内部に溢れ、装甲が赤熱すると同時に膨張してゆく。そして最後には、ヴァルキンが咄嗟に防御姿勢を取ってしまうほどの爆発が生じた。熱と衝撃が駆け抜ける。


「なんて威力だ……」

《瞬間火力を持つ光化学兵器なんざ机上の空論って話だろ。“陸奥”すら匙を投げたんだぞ》

「本物ってわけか」


 爆発の余韻が残る。ヴァルキンが見詰める煙と砂塵が晴れ、炎上した大地の上を僅かに浮揚しているアンドロイドの姿が見えてくる。全身を流動する光の粒子で出来た球形の膜で覆った、神秘的にすら思える姿が。

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