第5話 システム・ヘイロー

 警告を受けたヴァルキンが確認のために背後の映像を視覚に要求すると、耐圧服のシステムがそれに応えてカメラの映像をヴァルキンに伝える。状況を確認したヴァルキンは咄嗟に両足に制動をかけ、身を屈めた。


 直後、彼の頭上を過ぎ去った巨大な影の正体はダイダロスだった。

 眼前に墜落したそれを見て危機感を募らせるヴァルキン。逃げなければと走り出そうとして、彼の周囲の地面が音を立てて吹き飛ぶ。


「くそ……」


 振り返るとアンゲロスが右腕を突きつけていた。手首下に備わった機関砲を使用したのだ。


 外したのはアンゲロスとの戦闘直後だったからだろう。

 繰り返される砲撃。砕け散る大地の破片が降り頻る。照準システムを再調整しているのか、それでもヴァルキンはその場を動かない。下手に動けば流れ弾に襲われる可能性があったからだ。


 抱えた女性を庇うようにしながらその場に屈み込み小さくなる。

 着弾地点は狭まりつつあった。


「……ステラ」


 呟かれたその声は穏やかであった。凄惨な死が迫った者の声とは思えないほどの。


 ついに砲弾がヴァルキンに命中する。対人用の砲弾は耐圧服の装甲化により弾くことが出来るが、衝撃は残る。再びの苦痛に呻くヴァルキン。だがそのバイザーの奥の顔には何処か安らぎがあった。


 ベイクが何か叫んでいる。ダイダロスが動こうとしている。目も耳も、ヴァルキンだけが何処か別の所に在った。また一つ、二つと襲う苦痛すら届かないところに。


《動け、ヴァルキン。動けよ、B-SP! あいつはお前なんざ来たって喜ばねえぞ、おい。オレの声を聞けよ、バカ野郎がっ!》


 衝撃によってダイダロスのシステムはフリーズを起こしていた。それでもなんとかしようと、せめてアンゲロスの気だけでも引こうとベイクはシステム復旧に尽力していた。そしてヴァルキンにも。


 しかしベイクの懸命な呼び掛けすら彼には届かない。いまヴァルキンの意識は此処にはない。呼び戻せるものもいなかった。


 かつて夢見た幸せを、ともに歩もうと想えた存在を、今こそ取り戻せる。ヴァルキンの中で予てから潜んでいたものが遂に顔を覗かせたのだ。


 抱きかかえた存在。そこにある寝顔を見下ろし呟いた名がそれを物語る。その名が彼を惹き付ける。

 もうじき逢える――その思いとともにヴァルキンの体で、彼の中で以前からずっと張り詰めていたものが弛もうとしていた。


 ――その時だった、女性の寝顔で固く閉ざされていたまぶたが突如開かれ、瞳が彼を見た。


 冴えた月のような蒼い瞳。

 ステラとは異なった、彼女が持つはずのない瞳。


 それに見詰められた刹那、喧騒と苦痛の世界へとヴァルキンの意識は帰ってきた。砲撃の轟音が響き渡る中にあって、その“声”はしっかとヴァルキンの耳へと届いた。


「致死性の攻撃を感知。休眠解除――警告します、本機の機能はこれより戦闘可能状態へと推移。システム・ヘイロー、起動……」


 眼前に生じた光の環。

 目覚めた女性はその円環を戴き、ヴァルキンの腕から彼女の華奢な身体を浮かび上がらせた。

 女性が身に纏う特異な装飾もまた円環と同様の光を放ち、背中の光で出来た蓮の蕾が開花し広がって翼の様になる。


 それはまるでかつて人々が天からの使者と崇めたもののようで、無粋な砲弾の中に悠然と揺蕩うその姿を見上げたヴァルキンは独り言ちた。


「天使……」

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