第4話 哨戒兵器アンゲロス

 仰向けに倒れている女性の傍らに屈み込み、上体をおもむろに持ち上げたヴァルキン。女性は見た目以上に重く、耐圧服の表皮に備わった感覚器官は彼女の体から体温を感じ取らない。


「死んでいるようには……」


 ヘルメットに備わったセンサーは女性から心拍や体温といった生体反応を感知せず、耐圧服側の不具合ではないことを裏付ける。


 だと言うのにその姿は瑞々しく、異様な重量も相まってヴァルキンは強い違和感を覚える。


「これじゃ、まるで……」


 ヴァルキンは懐いた違和感の正体を探り当てるべく記憶とのすり合わせを行い、違和感とぴたり符合するものを見付けかけたときであった。


 轟と大きな音が風と共にヴァルキンを襲う。顔を上げると頭上で巨大な瞳が彼を見下ろしていた。哨戒兵器だ。


 見付かったと分かるとヴァルキンはすぐに女性を抱え上げてダイダロスへと駆け出そうとする。しかし、そこへ哨戒兵器の翼に備え付けられた機関砲が唸りを上げる。


 砲弾が着弾した地面が爆ぜ、ヴァルキンを追う。逃げられないことを悟ったヴァルキンは咄嗟に女性を庇い、迫った銃弾を自らの背で受け止めた。耐圧服の防護機構が働き硬質化、命中した砲弾を弾き返す。だがその衝撃までは完全に消し去ることは出来ず、凄まじい激痛がヴァルキンを襲う。


「ぐぅ……ベイク、ベイク!」


 呼吸すら億劫になるほどの苦痛の中、それでもヴァルキンは回線を開き待機しているベイクへと呼び掛けた。応答はすぐにあり、ヴァルキンはベイクに状況を伝える。


《絶体絶命か。笑えねえな》

「ああ……っ」

《走れ、全速力だぞ》


 追撃が来るまでの間にヴァルキンは女性を抱え指示通り駆け出した。耐圧服の身体補助の効果によりその速力は常人を遙かに凌ぐ。だが哨戒兵器を振り切ることはそれでは不可能だ。


 逃走を始めたヴァルキンを追うべく哨戒兵器が巨大な瞳を動かし、羽ばたいた。しかし直後、その機体にダイダロスが肉弾を仕掛けた。

 推進力を全開にしての突撃。哨戒兵器はダイダロス諸共地面へと墜落し、砂埃を巻き上げその中に消えて行く。


《長くはもたねえぞ》


 ベイクが言った。彼が無人のダイダロスを遠隔通信で起動し、操って体当たりを仕掛けたのである。彼の言った通り、ダイダロスの巨体が砂埃の中から押し出され横たわった。次いで哨戒兵器が現れる。


 するとそこで哨戒兵器に変化が起きる。瞳の意匠と球体上の本体でさながら眼球が如き姿をしていた機体が分解を始めたのだ。装甲はばらばらになり、内部の機構が露わとなる。一度は分解された装甲が再び繋ぎ合わされた時、翼の生えた眼球は幾重にも折れ曲がった歪な四肢を持つ人型へと姿を変えたのである。

 哨戒兵器アンゲロスの真の姿だ。


《しゃらくせえ!》


 機体を起こすダイダロス。ベイクは悪態を吐きながら推進器に点火しつつ、機体の両脚太腿側面に装備していた機関砲二丁を手に取る。そしてその砲口をアンゲロスへと突き付け、そしてダイダロスの指が引き金を引いた。


 直後機関砲は咆哮を上げ、大量の砲弾がアンゲロスへと目掛けて吐き出された。対ダイダロス用の砲弾は装甲を貫き内部からさく裂させるための機構をしている。その為に弾頭は強固で鋭利なのだが、アンゲロスが自らを庇うように持ち上げた両腕にそれは容易く阻まれてしまう。アンゲロスの装甲は現代のダイダロスよりも強固なのだ。 


 舌打ちを鳴らしたベイクは砲撃を継続しながらダイダロスを動かし、アンゲロスの側面へと回り込まんとした。アンゲロスに弱点があるとすれば装甲の合間、内部機構が覗く僅かな隙間だけである。


 ベイクはあらゆる角度から攻撃し続けることで一発でも偶然にその弱点に命中させ、そして活路を見出さんとしていた。


 そうすることでアンゲロスを自らに釘付けにする目的もあった。しかし――


《おい……》


 アンゲロスの蓮の花托に似た頭部が視線を向けるのは、自らの周囲を動き回るダイダロスではなく、逃走を続けるヴァルキン。そして動き出したアンゲロスが向かったのも彼の方だった。


 脅威度で言えばヴァルキンなどよりもダイダロスの方がはるかに大きいはずだ。それでもアンゲロスはダイダロスを無視してヴァルキンを狙う。


《気を付けろ、ヴァルキン。狙いはお前だ》


 不可解な自体に困惑しつつ、やむを得ないと判断したベイクは再装填が必要になった機関砲を脚に戻し、アンゲロスへと突撃した。

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