第3話 ステラ・ルクス
反応のあった地点へとより近付く中、乱れ気味の外部映像を頼りに警戒を強めるヴァルキン。だがふと彼の脳裏に過去が蘇った。
「――油断したらダメだよ?」
はっと我に返り、走らせていたダイダロスの足を止めて空を見上げる。
視界を埋め尽くす壁のような巨大な建造物、アークタワー。そこから飛来する物体が目に留まった。
映像は荒いが、鳥のようなしなやかな翼を持った球体状の機体。
球体部分に備わった巨大な瞳の意匠には威圧感がある。アークタワーの哨戒兵器だ。
どうやら巡回ルートは外れているようで、哨戒兵器はヴァルキンのダイダロスがある方角へは向かわなかったが、ここで動きを見せれば即座に感知されるだろう。
危うかったとヴァルキンはヘルメットの下で吐息を零した。不意に起こった過去への追想が招いた危機を、その追想が救った。
身勝手なものだと彼は辟易する。
しかしなぜ今になってこんな事が起こるのか、それも彼にとって疑問となった。これまで仕事中に、このような形で集中を切らした事などなかったからだ。
「……歳、かな」
そう割り切って、再び緊張の糸をヴァルキンは張り直し、ダイダロスは疾走を再開した。
あらかじめ入力された地域画像に印された目的地はもうすぐのはず。現在位置とのすり合わせが不可能な現状では、視覚からの情報が頼りだ。
哨戒兵器にも気を配らなければならないし、ヴァルキンへの負担は大きい。加えてなにか手に入る確率も決して高くない。
仮にアークタワーの技術を回収できれば相当な利益となるが、そうでなければ割に合う仕事ではない。やりたがる人間はいないだろう。
少なくとも、人並みに利口であったり、明日に期待を抱くものであるならば。
だがヴァルキンはやる。彼は決して馬鹿でも愚かでもない。
「墜ちていればこの辺りだが……」
反応が戦闘によるものならば、その戦闘で何かが撃墜されたならばという予測で割り出した地点付近。ダイダロスを二足歩行の状態へと切り替え、一帯を入念に調べ上げてゆく。
起伏の激しい地形は戦争の名残りであり、かつてはこの辺りにダイダロスやアークタワー由来の技術が放棄されていた。
いずれもアークタワーやヴァルキンのようなスカベンジャーたちが回収してしまい、今はただ不規則な地形だけが残っている。
影になっている場所や朽ちた機械類、かつての建造物の跡。あらゆる場所を漁る。
センサー感度を上げることができればずっと楽になる作業だが出来ないのでは仕方がなく、ヴァルキンは黙々とダイダロスと共に目当ての“何か”を探した。
「――時間切れか」
しばらく後、哨戒兵器との遭遇も時間の問題になってきたところでヴァルキンは区切りをつけることにした。
何も今日だけの探索で終わらせる必要はない。一度車まで戻り、今一度探しに戻ってくればいい。そう思い機体を転身させようとする。
そうしたときだった。スカベンジャーでさえ持ち帰らないような、朽ち果てたかつてダイダロスであっただろうものの残骸が微かに動いた。動いたようにヴァルキンには思えた。
動力も無い破壊し尽くされた鉄くずが動き出すなどありえない。仮に動いたとしても、それはきっと形が崩れたに過ぎない。ヴァルキンは頭ではそう考えるのだが、不思議と目を逸らせずにいた。そこに何かあるような、そんな気がしてならなかった。
どうせ何もないだろうと考えつつ、人と同じ形と機能を備えたダイダロスの手で、人型から崩壊している残骸を掻き分ける。そしていくつもの弾痕を残し、溶けて大きく抉れた装甲板を地面から引き剥がした。すると――
「人……?」
装甲板の下には人が倒れていた。何故こんなところに。ヴァルキンは思ったが、その人物の姿を拡大などしてよく観察したことで驚愕を覚えた。
故に彼はコックピットのハッチを開き、慌ただしく外へと飛び出す。その際はダイダロスが自動的に両脚を折り畳み、パイロットを補助する。
近くなった地面へと飛び降りたヴァルキンは発見した人物へと駆け寄ってゆく。そしてその側で立ち止まり、見下ろし目を見張る。
土埃に塗れてはいるが、それでも透き通り輝くような白い肌と特異な銀髪、肉感的な体。そこにいるのは紛れもない人間で、女性。
そして両目を閉ざしたその顔は――
「ステラ……」
ヴァルキンの脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。
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