第2話 ベイクスペシャル

 巨大な装甲車が牽引する貨物車もそれは巨大なものであり、中に積み込まれているのは食料に飲料、生活必需品とそして――


《オレ謹製とはいえ無人機相手に無茶は通らないからな。その辺は……》

「その辺はよく弁えてる。でなきゃ今頃こうはしてない」

《はっ、だったな。なんにせよ何も見つからなかったらさっさと撤収しろよ。ダイダロス、B-SP。調整はバッチリだ。大事に使えよ》


 室内灯で照らされた広大な貨物車の内部。そこでヴァルキンは自らに移植した身体拡張用デバイスで以て離れた場所にいるベイクとやり取りをしていた。


 ベイクが言ったダイダロスとは、彼が遠隔で操作していたメンテナンスドロイドたちの向こうに鎮座している人型の機械の事である。


 それはこの星で起こった戦争の主役にして火種であり、今となってはその燃えかすでしかないが、重作業のための自衛を兼ねた道具としては現役であった。


 ヴァルキンは下着以外を脱いでその辺に放り捨てた後、壁にかけられた耐圧服を手に取る。


 耐圧服とはダイダロスが機動を行う際に生じる負荷を軽減するためのボディスーツであり、これの前身は強化兵士の戦闘服である。

 人工筋繊維とチタン合金フレームによって全体が組み立てられ、人が着装し耐圧ジェルを注入することで完成する。


 人工筋繊維は人体可動にしなやかに追従し、着装者の筋力を増強する。加えて衝撃を受けた瞬間に硬化することで装甲服としても機能するのだ。


 ヴァルキンが呼びかけると円盤に車輪と多関節アームが生えたメンテナンスドロイドの二機がやって来て、一機が彼の手から耐圧服をアームで受け取った。


 バックリと背中の開いた耐圧服に片足を突っ込み、両足、そして両腕と通してゆく。それから二機目が背後に回り込み開いていた背中を閉じると、耐圧服に塗布されているナノマシン同士が癒着。密閉される。


 臀部辺りから倒れていた、脊椎を保護するためのフレームを起こして背中に添わせ、接着。そして青白い耐圧ジェルで満たされたシリンジを六つ、背後のソケットに差し込み耐圧服に充填。


 最後にヴァルキンの体格に合わせて耐圧服が自動でサイズを調整したところで着装は終了。彼は腕や足、指などを動かして調子を確かめる。


「こいつにもあと何回、袖を通せるのかね……」


 移植した能力拡張デバイスに、アシスト機能を備える耐圧服。今日日は加齢などあまり問題にはならないが、ようは活力の問題である。


 生きる理由などとうに失い、惰性で過ごすだけの日々。引退のためと自らに言い、しかしなぜそんな言い訳をするのかもよく分からない。


《聞こえてる》

「黙っていたつもりはない」

《新しい女でも見つけな。見付からなかろうが、今よりはマシになるかもしれんぜ》


 フルフェイスのヘルメットを被りながら、ベイクの他人事のような言い草に鼻で笑うヴァルキン。


 耐圧服と一式のそのヘルメットは視覚に聴覚、呼吸といった頭部に備わった機能の全てを拡張する。スモークの掛かったバイザーはガラスのように見えて実は装甲であり、遮られた視界は全て外部カメラによって補われる。


「虎子を得るとしよう」


 ダイダロスへと足を向け、メンテナンスドロイドが用意したタラップから背中がせり出すようにして開放された操縦席に乗り込む。


 足をペダルに、手を操縦桿に掛けるためだけに用意された、必要最低限の空間に収まる。遊びはほとんど存在しない。ハッチが閉ざされれば外部の気配すら感知できなくなる。


 この閉鎖感に耐えられることがダイダロス乗りに必要な条件だ。


 貨物室の搬入口が天井ごと開放され、折り畳まれていた両脚を伸ばして鋼鉄の巨人が立ち上がる。

 全高約五メートル、重量約三五トンの鉄塊は、ペダルによって速度を調節し、思考とプログラムによって動きを制御する。


 現在ヴァルキンのダイダロス、B-SPは脚部を用いた二足歩行に状態が置かれており、速度は一定以上を超えることはない。


 地形を判別する優秀なプログラムによって足を踏み外すこと無く、機体はスムースに貨物室から搬出される。


 大地へと降り立ったダイダロスは視覚や聴覚を同期したヴァルキンに外界の情報を伝える。かつての戦争の名残か、それらの情報には僅かな歪みがあり、鮮明とは言えない。


 しかしセンサー機器の感度を上げるわけにもいかない理由があった。


《通信はここまでだな。非常事態に備えて待機してはおくが、杞憂で済むことを祈ってるよ》

「分かった。センサー感度も視界が確保できる最低限でいく」

《懸命だ。だが万が一発見されたらそのときは出し惜しみはするなよ》

「ああ。通信終了」


 哨戒兵器はダイダロスに搭載されたセンサーに鋭敏だからだ。もし哨戒範囲内でセンサーを開放などすれば瞬く間に哨戒兵器がやってきて戦闘となる。


 アークタワーの技術である哨戒兵器相手に、かつての技術を今残っている技術で可能な限り再現しただけのダイダロスでは分が悪い。


 ベイクとの回線を遮断したヴァルキンはダイダロスの移動形態を二足歩行から各部推進器による高速推進状態に推移させる。噴射口から噴き出した炎により機体は押し出され、地面を滑るように移動を開始した。

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