第11話 守り抜く

「ケレン、行くぞ!」


 使い物にならない左手はそのままに、彼はケレンの腕を引っ張った。まず外を見回してから、隙を見て別の家へ飛び移る。足元には死んだ安保隊やペストたちの体があった。

 空を飛ぼうとして撃ち落されるペストを、バロンは見た。どうやらペストたちはあまり反撃できてないようだ。それはここにいるペストが戦闘慣れしていないせいだろうか。


「ケレン、君は逃げろ。オレが囮になるから飛び立つんだ……」


「え、でも……」


「オレのことはいい、隙があるときにすぐに飛ぶんだ」


「裏切り者だ!! 追え!」


 隊士たちの間ですでに情報が回ったのか、みな一斉にバロンたちを目掛けて襲ってきた。


「ちっ」


 走りながら撃つのは難しい。そこでまずは、壁のある隣の家へ飛び込んだ。窓から身を乗り出して、数発撃つ。一人当って倒れた。バロンは訓練兵だったころから優秀だったので、そう簡単にはやられない。

 かつての仲間を殺したのは罪悪感があったが、今一番大事なことはケレンを助けること。イデリーナが絶対に守り抜くと言ったケレンを、自分が代わりに死守するのだ。


 一方、ケレンは能力を使おうとして、自分の手を擦ったり噛んだりした。だが体の震えはおさまらず、なにもできない。優秀な姉とは違い、もともとあまり能力が強くないケレンは自分を呪った。結局、言われた通りに準備すること以外なにもできなかった。


 攻防戦は少しおさまった。弾を入れ替えているのであろうか。その間にバロンはケレンのほうを振り向き、周りに聞こえないようささやいた。


「今しかない、ケレン。羽はあるだろう。はやく飛ぶんだ!」


「バロンも行こうよ!」


 ケレンは叫んだ。このとき、初めて彼はバロンの名を呼んだ。


「俺と! 飛ぼう、一緒に! ほら、手を取って」


 バロンはきょとんとした顔でケレンを見つめた。そのあと、微かに口角を上げ、ケレンの手を取った。


 だが、ケレンが飛び立つ前にぐいっと彼を左のほうにつき飛ばした。



 パァン!



 乾いた音が鳴り響いた。バロンの胸が赤く染まり、彼は倒れた。スナイパーの仕業だった。ケレンをかばったのだ。裏切り者をやっと殺せたことで、周囲から歓声があがった。



 ケレンの心はそのとき死んだ。



 そのあと何が起こったかは詳しくわからない。

 安全保障隊の隊長が状況を知らされて来たときには、誰もいなく、以前「人だったもの」が落ちているだけだった。あんなにたくさんあった家々や綺麗に整備されていた畑。全てが破壊されていた。残っているのは、ばらばらになった木材の残骸のみだった。


 送られた安保隊は全員死亡していた。ペストたちも誰も生き残っていなかった。彼らの血で壁は真っ赤に染まってしまった。

 だが、灰茶色の髪と緑色の目を持ったケレンという名の少年の遺体は誰も見つけることができなかった。







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