第10話 襲撃

 安保隊は仲間を見捨てることは、彼らが裏切らないかぎりない。だが、険しい山の中で、彼の居場所を特定するのは至難の業であった。登山家をわざわざ送ることもできない。もしかしたら、バロンの行方は永遠にわからなかったかもしれない。技術が発展しなければ。


 ペストが人類の敵だとみなされるようになってから、科学技術は大いに進歩した。小型のドローンが開発され、隊員たちが簡単に遠隔操作できるようになった。彼らはドローンを山に送り、捜索をしてもらった。


 バロンのエアーバイクは見つからなかった。それもそのはず、ハンスたちがとうの昔に処分しておいたからだった。だが、バロンがそこにいたという証拠は、別の方法で証明された。銃弾が残っていた。バロンがまいたものだ。雨が降る日もあったが、奇跡的にほんの少し、その場に流されることなくあったのだ。


 しかし、それはあまりにも少なく、安保隊たちは諦めるところだった。アイガーの岩壁に引っかかったものを見つけなければ。

 安保隊員たちは疑問に思った。なぜ山の頂上でもなく、岩壁に弾丸があったのか。そこで岩壁にドローンを配置し、監視をした。驚くべきものが見つかった。

 なんとアイガーの岩の一部が動き、中からペストが出てきた。アイガーの中に奴らの隠れ家があったのだ! なぜ今まで思いつかなかったのか。

 安保隊は兵を送ることにした。ちょうど、燃料が多く入れられる、長距離移動用の新しいエアーバイクが導入されたところだった。それを使えば、アイガーまでひとっ飛びで到着できる。




 安全保障隊の奇襲は、小さな爆発音から始まった。風の能力を持つ者しか聞き取れないほど、小さなものだった。しかし、そのあとのうるさいハエのような音のエンジンは集落中の者が聞いた。


「なんだ、あれは?」


 畑で働いていたバロンは嫌な予感がして、上を向いた。知っている音だった。昔よく聞いた音……


 ブゥゥンと唸るエンジンとともに、大量のエアーバイクに乗った安保隊の隊士たちが飛び出してきた。村人たちは一瞬凍ったように止まったが、次の瞬間にはパニック状態になって走り始めた。

 安保隊たちは一番近くにあった家を襲う。フォーゲル家のものだ。


「イデリーナ!」


 バロンは走った。駄目だ駄目だ駄目だ。絶対に駄目だ! イデリーナやフォーゲルさんたちだけは! しかし、その希望は打ち砕かれた。家に入ったとき目にしたのは撃たれて動かなくなったウリとイデリーナがいた。イデリーナはケレンを覆うようにして倒れており、彼をかばおうとして撃たれたことが推測できた。

 ケレンは微動だにせずに、目をいっぱいに広げて血まみれになった姉を見ていた。立っていた安保隊は銃を持ち、今度はケレンを狙った。


「やめろ!」


 バロンはケレンの腕を引っ張って後ろへ投げた。弾は逸れたが、バロンの腕に当たった。


「うわああああああああっ!!」


 激痛が走った。まるで燃えるような熱い釘をさされたようだった。


「おやおやおやおや」


 安保隊はバロンを見て少し驚いたようだった。


「これはこれは、行方不明者のバロン・ファーラーくんじゃないか。君がまいてくれた銃弾のおかげで、この場所がわかったというのに。だがどうやらここに軟禁されているうちに、すっかり頭がおかしくなってしまったようだな。この『害虫ペスト』を守るとはどういうことだ?」


「……」


 バロンは答えなかった。彼の精神はボロボロだった。自分がまいた銃弾のことは、すっかり忘れていた。そのせいで……つまり自分のせいでイデリーナたちが殺されたのだ。


 ケレンは完全に何が起きたかわからなくなっているようで、ただ小刻みに震えている。


「答えられないか? じゃあこいつはどうだ? お前の仲間か?」


 安保隊員は後ろにある誰かの死体からだの髪の毛を掴んで、バロンの目の前に放り投げた。ハンスだった。虚ろになったその目はもう緑色ではない。


 恋人も友達も殺された。それはバロンを絶望に叩き落したが、冷静さは奪えなかった。彼はよくも悪くも「死」に慣れすぎていた。


「まさか……違うさ……」


「ならば殺せるだろう? このペストを」


 安保隊員は意地悪そうな笑みを浮かべた。


「ああ、もちろん殺してやるとも……」


 バロンはぶつぶつと呟いた。そばに落ちていた木の柱を手に取る。彼は隊士の隣のほうに並び、ケレンを見つめた。ケレンは彼がとうとう本性を現し、自分を殺しにきたのだと思い息を呑んだ。

 だが、バロンが睨みつけたのは安保隊のほうだ。


「……お前をな!」


 バロンは思いっきり横からその棒で、安保隊員を殴り倒した。対応できなかった彼は気絶する。バロンはすぐに銃を奪った。






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