06.社内でも大騒ぎしている

 その日、株式会社プリズムヴィジョンに籍を置く全関係者が東京にある社屋に集められた。どうしても移動することが難しい者もオンライン会議場で待機している。

 収集がかかったのはプリズム所属の配信者も同様であり、専用に作られたオンラインルームに多くのメンバーが集まっていた。この部屋にいない人は会社の方に行くと言っている。唯一、渦中の遠久野ライカだけがここにはいないようであった。


 このように大規模な集会は滅多に開かれないゆえに、誰もがどこか浮ついた気持ちを隠せずにいた。まだ会社が発足した頃は人員が少なかったから全社朝礼もよくやっていたが、上場した今となっては社長と顔を合わせたことのない人間もいる。

 会社の図体が大きくになるに連れて、案件の数が爆増し、全社をまとめて動かすのが難しくなった。非効率の極みだ。よって権限を与えた個人の裁量に任せる部分が増えていき、大人数の会議は数を少なくしていったのだが……今回に限ってはトップも言葉を共有したいと考え、ダウンもまたそれを聞きたいと思った。


 両者の見解が一致し、早急な調整が行われた。

 議題は当然――遠久野ライカ探索クエストについて、である。


 予定時刻になり、会議室の檀上に鷹詰貴郎が来る。記者会見を行うこともある部屋であり、それなりの広さが確保されているが、今日はすし詰めの如く従業員が入室している。

 鷹詰貴郎は手に持ったマイクのスイッチを入れると、眠たげな少しかすれた声で話し始めた。


「えー……、プリズムヴィジョンの皆さん、お疲れ様。社長のタカローです。忙しいところを集まってくれてありがとう。今日は、今後のプリズム5thライブまでの方針について、皆さんにお話したいと思います」


 現在のプリズムヴィジョンにおける収益の柱は配信者事業とそれに付随する案件だ。しかし、それだけで成り立っているワケではなく、他にもアプリ開発など多角的な経営をしている。


「今回の通達は配信部門だけでなく、その他の部門でも周知してもらって、情報漏洩などコンプライアンスに気を払ってほしい。つまりはいつも通り、働いていただければ大丈夫です。ということを前提に聞いてください」


 仕事柄、特に個人情報の取り扱いなどは注意を払っている箇所だ。

 場を和ませる台詞に少しばかりの笑いが広がる。

 タカローの背後にあるスクリーンが光を灯す。昨夜配信された草凪アリアの映像が描き出された。


「さて、昨夜、弊社配信者の草凪アリアが配信を行ったけれど、これにまつわる会議である、と伝えておきます。見ていない方は通達が終わったら確認しておいてください」

「あたしがもっかい説明してもいいが?」


 社長の台詞に割り込んだ声は草凪アリア、その人であった。ただし、最前列で立ち上がった女性は金髪でこそあったが、洋風の草凪アリアとは似ても似つかない日本人の顔をしていた。美人であることに変わりはないが。


「動画を見れば分かることを言うために来たわけじゃないだろう。……先日行われた遠久野ライカ十周年ライブ、ならびに昨夜の配信で草凪アリアから正式に『勇者クエスト』の企画が発信された。視聴者参加型の企画で、内容は『遠久野ライカの魂を見つける』こと。演者本人を探し当てる企画内容になっています」


 一部からどよめきが湧くけれども、大多数は落ち着いている。やはり、ほとんどの参加者が昨日の配信を目にしていた。


「遠久野ライカを知らない社員はいないと思うけど、一応伝えておくと、彼女は弊社所属の配信者で、三か月後の5thライブを最後に引退を表明している。アリアの企画は、ライカが引退するまでの三か月ずっと続くお祭りだと考えてもらうのが、一番分かりやすい」


 スクリーンの映像が遠久野ライカのバストアップ写真に変わり、そしてスケジュール日程が横に追記される。


「本来であれば、演者のプライベートを暴くようなことは許されないし、僕らも許さない。しかし、今回に限っては――遠久野ライカに限っては受け入れることにしました。ライカの引退が間近であること、何よりも彼女自身が望んでいることだから。僕はライカの絶望を知っていて、そう簡単にクリア出来る内容ではないと理解していることも大きい」


 事情、と濁されてきた遠久野ライカの呪いについて。


 七変化などと称されざるを得ない事情。

 昨夜ついに明かされた、ライカの秘密。

 それは、異常なまでの存在感の無さ。


 機械こそ彼女を認識するが、デジタルを通しても人間は素の彼女に気付けない。

 歳を重ねるにつれて世界から孤立していくライカは、自分を捨てることでようやく世界に気付いてもらえる。

 もう一人の自分『遠久野ライカ』の皮を被らなければ誰にも声が届かない。


 現実でも誰かの皮を被って、別の人間にならなければ誰もが素通りしてしまう。

 最初こそ、気付いてもらえたことに喜びを感じていたが、それに慣れた頃、ライカは猜疑の芽を生み、そして育て始めてしまった。


『みんなが望んでいるのは遠久野ライカであって、私ではないのかもしれない』


 不幸なことに、遠久野ライカには代わりがいる。

 遠久野ライカが海外でも躍進する切っ掛けとなった、タカローが開発した個人特化の翻訳AIだ。各言語をインプットして、各国の配信に同時翻訳対応している。日本語の学習はすでに十分すぎるほどしていた。

 誰かが代わりに配信しAIを走らせた時、遠久野ライカが配信していないと分かる人間がどれほどいるだろうか。


 タカローにはその悲しみを理解出来ないが、ライカが苦しんでいることは分かる。

 社長として庇護下にある人間の苦悩を見過ごすほど薄情ではないつもりであったし、何よりもライカはタカローにとって古くから付き合ってきた長年の友だ。ライカがタカローをどう感じているかは不明だが、タカロー自身はそう思っていた。

 少なくとも、見て見ぬフリをする程度には。


「というワケで、プリズムヴィジョンとしては草凪アリアの勇者クエストに対して積極的に関わることはせず、基本的には遠久野ライカの引退に向けて動いていきます。クエストに配慮してライカだけ特別扱いをする必要は無い、と認識してください。勇者クエストの扱いについても、別段、禁止するつもりはありません。会社として取り組むことはないが、配信者の諸君が配信の題材として使うことに異論は無いし、関連する要望があるなら……例えばスタジオを使いたいと言うならいつもの形で使ってくれて構わない」


 配信者から企画提案や要望があれば、通常はマネージャーに伝えられて、そこから方々へと話が飛んでいく。権利や予算、スケジュールの問題が無ければ許可が下りるのだが……。社長がプリズムヴィジョンの方針に反する配信であろうと止めはしないと明言した。

 事前にアリアが配信で言っていたことではあるが、改めて会社のトップが発言したとあってか、息を呑む音がいくつか鳴った。


「既定事項として遠久野ライカは引退する。勇者クエストの成否に関わらず、その可能性は高い。僕としてはクエストに失敗する未来の方があり得ると考えているし、ライカが活動を継続する方に振って結局辞めることになった時のリスクが大きいので。皆さんの生活を預かる身として分の薄い賭けに投資は出来ない」


 だけれども、と逆説で話を繋ぐ。


「遠久野ライカと草凪アリアを、僕は盟友だと思っている。盟友を失うのは僕にも分かる痛みだ……二度目は味わいたくない、というのが本音でね。可能ならばライカを見つけた誰かに引き留めてもらいたいところだ。僕とライカはすでに言葉を十二分に交わし、そして今に至る……残念ながらもはや僕に彼女を説得する力は無い」


 力なく首を振って、タカローは言った。


「ただ、これは僕がまだライカと一緒にやりたい、という私利私欲から来る処置であって、ライカ以外の配信者が危険を感じたり、会社の存続に関わる事態になれば容赦なく関与していきます。あくまで進退に関わらないこその立場であることを忘れずにいてください。またライカにはライカの考えと希望と人生があって、それは何者も侵害してはならないことも心に刻んでおいてください」


 そこで話を締めると、タカローは脇へと下がって椅子に腰を降ろした。

 その行動が、この会議にはまだ続きがあることを示している。

 動向を見守っていた群衆の中から、再び立ち上がる影があった。


 草凪アリア。


 改めての登場となったが、先のタカローの言説を信じるならば彼女がこの場にいる理由はココからの話にあるのだろう。

 退廃的にくすんだ金髪を揺らし、草凪アリアがマイクのスイッチを入れる。


「あー……。ご存知の方はこんにちは、知らない方は初めまして。あたしがプリズム所属の勇者系Vtuber草凪アリアの魂です。早速、あたしがこの場をお借りした本題なのですが……」


 いつになくかしこまった口調で話すアリアはマイクから口を離すと、足と手を揃え、綺麗な動作で頭を下げた。

 ピタリと止めた頭は下を向き、その姿勢から微動だにしない深すぎるお辞儀。


「あたしの勝手な判断でみなさんにご迷惑をおかけすることになり、誠に申し訳ありません」


 しん、と静まり返った部屋の中に、謝罪の声が通る。マイクを使用していないのに、隅の隅まで響く強い声であった。

 十数秒の間、頭を下げ続けたアリアを見て、息が詰まるような感覚を誰もが覚え始めた頃になって、ようやく頭を戻す。


「今回の件について、鷹詰社長はああ言ってくださいましたが、完全に事後承諾であり、あたしの独断専行による事案でございます。皆さんに何の相談も無く、話を進め、広げてしまった件について、謝罪いたします」


 そう言うと、アリアは再び頭を下げた。

 ここが記者会見の場であれば、シャッターチャンスとばかりにフラッシュが滝の如く降ってきただろう。

 幸いにもここに外部の記者はいない。代わりに飛んできたのは、会議アプリを通してひび割れた音声だった。


『……私はアリア先輩に感謝しています。それに謝らなければならないのは、私もです』


 映像を出せますか、という問いに対し、秘書が迅速に対応する。それにここに集まった人員の多数が技術者の端くれでもある。早々に準備を整えると、スクリーンに少女の姿が映し出された。

 チョコレートのようなグラデーションカラー。


『プリズム8期生の瑪瑙ラテです。この度、遠久野ライカ先輩のライブにて台本に無い行動をして、結果としてこのような大きな事態の発端となってしまったこと、誠に申し訳ありませんでした!』


 ラテもまた勢いよく頭を下げる。直後、ポポンポン、とポップな音を立てて、スクリーンが四分割された。


『あっ、あれっ、みんな!?』


 戸惑うラテをよそに、スクリーンに映った残りの8期生もまた頭を下げる。謝罪合戦だ。


『ライブでは瑪瑙ラテさんが発言しておりましたが、我々三人の分まで代弁してくれただけで、台本に無い行動をしたという点ではラテさんと変わりありません。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません』

『『申し訳ございませんでした!』』


 御前かずはの謝罪に合わせ、矢車くるくと朝霧サイレもはっきりと謝罪の言葉を発する。


 十年近くプリズムヴィジョンで働いている草凪アリアと違い、デビューしたばかりの四人はまだ新入社員と言っても過言ではない。実際には学生身分の者もいる。

 社会人だらけの会議場で前に立って謝罪をするラテは、気丈にも声を張っていたけれども、そこにはやはり怯えに震えている姿が見て取れた。


 三人とて未だ慣れたとは言い難い会社全員の衆目を集めた中で謝罪をするなど、考えるだに恐ろしい。瑪瑙ラテとも、まだ出会って半年経つか経たないか。確かな絆を築いたワケではなく、会社に定められた『8期生』という言葉上の繋がりでしかない。

 しかし、率先して意思を示し、そして泥を被ろうとする仲間を良しとする三人ではなかったというだけ。善性の発露。


「あー、営業部から発言しても?」

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