05.勇者クエスト

【プリズム2期生 草凪アリア 質問回答配信】



『あと一分』

『待機人数ヤバすぎる』


 生放送における人気の度合いは、その同時間にページを開いている人数……同時接続者数を主に指標として使う。後々、保存されたアーカイブでも視聴は可能だが、生放送をリアルタイムで視聴することはライフスタイルによっては難易度が高い。海外ではとても起きていられない時間の場合もある。

 アリアの生放送待機画面にはまだ放送が始まっていないのに、すでに二億人を超える視聴者が始まりを今か今かと待っている。


 カウントダウンが始まり、そしてあっさりと終わる。

 いつもならオリジナルソング告知用の前動画が一周するまでは変化のない画面が即座に切り替わった。


 白い部屋。無音。


『事故った?』


 放送事故を心配するコメントがちらほらと見え始めた頃、画面の端から草凪アリアが現れた。

 いつもの軽鎧に赤いマント姿。短めの金髪も乱雑なままだ。どことなく粗野な美貌もまた陰る様子は今のところ、なかった。

 てくてくと歩いて入場してきたアリアは、横長の机を抱えている。記者会見等でよく見る机だ。

 白い部屋の中央にドスンと降ろすと、それから机の前に回って寄りかかった。


『椅子は???』

『そっちに座んのwww』


「待たせたな。先日、ライカのライブで発布したクエストについて、これから公開質問回答会を行うぜ」


 その台詞と同時にコメントが回し車のように勢いを増す。その中にカラーコメントは一つも混じっていない。


「今日、カラコメはこっちの設定で停止してある。質問したくっても今からじゃ遅いしな」


『遅い?』

『質問はコメントから拾うんじゃないのか』


「察しの良い従者だか観測者がいるなー。質問は事前にピックアップしてある。あたしとライカに礼儀正しくコンタクトを取ってきた人の中から、答えるべき、あるいは答えたいと思った質問について回答するよ」


 その言葉に賛否両論なコメント、リテラシーに欠けた言葉が山のように投げかけられる。

 コンマ一秒で電子の彼方に吹っ飛んでいくコメントの一つをアリアは目敏く拾う。


『プリズムが選定した質問をさらに抽出したってコトか』


「ええと、今、質問の窓口について、プリズムが関わっているのではないか、というコメントがあったけどさ。それは否定しておく。ライブの時にも言ったが、責任はあたしとライカにある。プリズムに来た問い合わせは、事務所としての回答がされていて、ライカの意思は混じっていない。つまり、プリズムに問い合わせても無駄だよ」


『ライカが出てこないのは事務所の意向じゃなくて?』


「的を得た質問コメントが結構来るな……。先に事務所のスタンスとライカの都合について話しておくか」


 アリアが指をパチンと鳴らすと、ホワイトボードが逆側からころころと押されてやってきた。ボードが大写しになり、脇に指示棒を持ったアリアが立つ。


「まずは我らがプリズムヴィジョンのスタンスだが、当然の話としてライカは次のプリズムライブを最後に退所すること前提に動く。本来の話がそういう話で、このクエストの成否如何でライカが残留するかもしれん、なんてあやふやな希望予測で予定を立てられないからだな」


 ホワイトボードに『プリズム:退所に向けて準備』と簡素にまとめられた文字が順番に現れる。


「とはいえ、プリズムとしてはライカの退所に反対する立場だ。社長の鷹詰貴郎……タカローも限界まで引き止めていたことは分かれ。何ヶ月とかじゃなくて何年もタカローがライカの退所を説得して、今に至るワケだからな。退所、引退を撤回する可能性があるのなら、多少は協力してくれる。この配信も事務所で場所とスタッフ借りてるぞ。実はこれ、あたしが透過ディスプレイに映ってるの分かるか? ものすごく高価なんだが、今回のためにプリズムが貸してくれてる」


 協力は有り、と追記され、そこについては納得と賛意のコメントが流れる。

 一部、「辞めたいのなら辞めさせてあげた方がいい」「プリズムはもっと積極的に反対すべき」とライカ寄りの意見や事務所への不満も見受けられた。


「それからライカの都合だな。端的に言って、ハチャメチャに忙しい。あと私情が入るからこういう場には今後出ないようにする、と言っていた。なんだかんだ流されやすいやつだからな、絆されるのが目に見えてイヤなんだろう」


『絆されて』

『絆して』


「そんで代役、ってかクエストの依頼主としてあたしが出てきてるわけだ。質問に対する回答については、あたしの意図は含まず十割ライカだから安心してくれ。もし、あたしからの意見があれば都度言うからよ」


 前説は終わり、とアリアが指示棒をポイと投げ捨てた。車輪のように旋風を巻き起こしてどこかへと飛んでいく。


『さよなら指示棒』

『来世で会おう』


「さて、と。最初にクエストの詳細を説明しようか。明確なクリアと、フェイルの条件について。それからクエストを行うに当たってのルール」


 ホワイトボードに一枚の古ぼけた風合いのプリントが貼り付けられる。

 『WANTED!!!』とALIVE onlyで指名手配されているのは遠久野ライカだった。顔写真の下に、報奨金ではなく文章が連なっている。


「クリア条件は言葉にすると簡単だ。遠久野ライカ、その『本当』――魂をリアルで捉えること。そして、それをライカが認めること」


『ライカは身バレしたい、ってコト?』

『そんなん自分で暴露すりゃ良くね?』


「ふっ……。そう簡単じゃないのさ。事情がある。ライカとオフで会ったことのあるあたしが、あいつを捉えられていない、その事実を思い出してほしいよな。生半可なココロで言ってるワケじゃねーんだ」


 短絡的な意見を鼻で笑い、アリアは言った。


「そしてクエストフェイルになるのは、ライカが引退ライブに定めたプリズム5thを終えるまでに、ライカを捉えられなかった場合。あいつはそのまま、この世界から姿を消すことになるだろうな」


 ホワイトボードにクリア・フェイル条件がそれぞれ追記される。

 アリアが歌うように指を振る。


「ここからは事前に来たいくつかの質問に答えよう。一つ目、『どこにいるかも分からないのに見つけられないのでは?』」


 ホワイトボードの指名手配が移動させられ、空いたスペースに質問と回答が記される。


「今日からライブまでの間、毎日どこで何をしていたか、ライカからSNSで発信がある。家にずっと居られてもしょうがないからな、期間中はなるべく出掛けてもらうから、それをヒントにしてくれ。リアルタイムの発信じゃないのは混乱を防ぐためだ。ライカの居た場所を荒らすなよ?」


 二つ目。


『外見も知らないのに中身を探すのは難易度が高すぎる』


「この質問も多かった。ま、確かにな。だから目印を作った」


 そう言ってアリアは手のひらを広げて見せた。

 彼女の小さな手に、一つのアクセサリが乗っている。単色だがその意匠は、勇者アリアの聖剣と遠久野ライカの三線雷が交差していると分かる。


「取り急ぎ3Dプリンタで出力したんだが、このデザインで髪留めを作る。ライカにはこれで前髪を留めてもらうようにする。髪留めが出来るまではこの出力したやつをキーホルダーにして付けといてもらうわ。非売品だからこの世に一つしかない。分かりやすいだろ?」


 キーリングに指を通し、くるくると回す。


『つーか、マジでガチなんか』

『さすがに身バレしちゃマズいんじゃね?』

『勇者が勝手に決めてんのもアレよな』


「安心しろよ、この程度のヒントでライカを捉えられるなら、とっくにあたしたちが捕まえてグルグル巻きにしてレッスン部屋に叩き込んでる。少なくともこの配信を見て、否定的な意見を挙げているやつは無理だろうな」


『は? 負けないが!?』

『反対意見だからって、コト!?』


 否定的なアリアの言い切りに対し、妙に強い言葉がコメントを埋め尽くす。


『興味なかったけど、そこまで言われると見つけてみたくなる』


「ああ、試してみてほしいが、ここで三つ目の質問と回答、それに付随して足切りの条件を伝える」


 三つ目の質問とは、


『仮に視聴者の全員が探しに来たらとんでもないことになるのでは?』


「さすがにそんなこたぁ無いと思うが、万が一、一億人が東京に集まるようなことになれば個人や一企業にどうこう出来る範囲を超える。日本全土の人口近い人数を東京は抱えられないコトはあたしでも理解できる範囲だわ。だから、このクエストには足切りを設けることにした」


 足切り条件、と独りでに文字がホワイトボードに現れていく。

 草凪アリアは呼吸を溜めて、それから言った。


「現時点で何の違和感も感じ取れていないやつ。お前らはクエストフェイルだ」


『は?????』

『一時間経たずに失格認定されたんだが???』

『意味分からん』


「意味は分かるだろ。今の宣言に引っ掛かるやつらは、クエストに時間を使うだけ無駄になるから止めとけ。あたしからはそう言っておく」


『はあ???』

『説明がほしい』


「説明もクソもないが……今のところ、コメントをしてるやつらの中にはいないんだろ? あたしの隣にいる遠久野ライカ――その魂を捉えられるやつはさ」


 顎をこしこしと掻いて、アリアは親指で横を指す。


『…………えっ?』

『俺たちには見えないものを見てる?』


 アリアが溜め息を吐く。それは呆れている、というよりも諦念が漏れているような重さがあった。


「何のためにわざわざ実写配信をしてるのか考えろよ。ホワイトボードを持ってきたのも、板書をしているのも、ライカだぞ」


 その台詞にコメント欄は騒然とし、言葉にならない驚愕が幾多の名で連ねられていく。


『そんなの分かってたし???』

『え? なんかのネタ?』


 強がりにしか見えないコメントや、存在を信じられない者しか現れない。


「ライカ」


 アリアが声を掛け、わずかな間の後、その横に人の姿がぼんやりと浮かび上がる。空間から滲み出て来たかのような出現。


『なんだ……? モヤモヤしたもんが』


 少しずつ露わになっていき……、そして現れた少女はサングラスで目を、マスクで顔の下半分を隠していた。頭にはベースボールキャップを装備し、どこからどう見ても恥じない不審者の姿をしている。

 アリアが隣に立つ少女を改めて示した。


「紹介しよう。彼女が遠久野ライカ――その魂だ」


『何にも分かんなくて草』

『スタイルの良さは分かるからセーフ』


 ライカはスキニージーンズにピッタリとした無地のシャツを着こなしており、モデル然としたスタイルが透けて見える。


『何で顔を隠してるの?』


 その問いにはアリアが答えた。


「顔を隠す……というよりは人工物で覆う目的の方がデカいわな。今、体感してもらった通りだが、素顔のライカを捉えるのは至難の業だ。こーやって素顔を隠すことで、あたしたちの世界にようやく入ってきてもらえる」


『さっきライカは出ないって言うたやんけ!!!』


「今後、っつったろ? それに言う前からライカはこの場にいたからな。そりゃお角違いってもんだ」


 言い訳にもならない台詞を飄々と言うアリアの表情は、感じている面白さを隠せずに口角が持ち上がっている。


「随分と楽しそう。そんなにこの茶番、面白い?」


 マスクが小刻みに震えて、不審な女性が発言したと理解する。

 その声は確かに、遠久野ライカのものだと誰もが思わざるを得ない。

 ライカの質問にアリアは歯を剥き出しにして答える。


「ハハハッ! そりゃ、ヤケに決まってんだろ! ただ、あたしが知る限りでは、お前がこの世界で最も特異な人間なんだぜ。それをこうやって全世界に知らしめる役目を担えた、こんな面白えこと、そうないぞ!?」

「私の気分は最悪だけどね。一億人が倍に増えたところで、あまり意味はなかったみたいだから」

「おいおい、あたしの従者共! こんなこと言われてんぞ? 一人ぐらい、素顔のライカを捉えたってやつはいねえのか!?」


 草凪アリアが視聴者をそう煽るが、ついぞコメント欄には“らしき”モノは出てこない。

 遠久野ライカがその身に秘めた才能、あるいは呪いと称すべきそれは二億人の観測者を凌駕した。

 サングラスやマスクを外して着けることを繰り返す。その度に実在があやふやになり、観測者たちは目を擦り、メガネを拭き、そして頭の正気を疑う。


 はたして彼女は本当にそこに存在しているのだろうか?


 CGのような映像効果によるドッキリなのでは? そうでなくては説明がつかないと思い込もうとする。


『どうなってんだよ!?』


「私は」


 ベースボールキャップだけを被ったライカが言葉を発する。

 彼女の姿は霞を纏った影としか感じられず、霞から逃れて宙に浮くキャップだけが唯一その存在を確かにしているように見えた。


「とにかく存在感の無い子供だった。親ですら、私を見失うことが多々あった。成長と共に、存在感はどんどんと失われていき、今となってはこの有様。デジタルを通しても、誰も私を認識出来ない。私は、そんなことを知りたかったワケじゃない」


 静かな独白にコメントは静まり返った。意味を成すコメントは息を潜め、音表記だけが更新されていく。


『よく今まで生きてこられたな』


「機械は認識してくれるから。それを見る人間には難しいようだけれど。それにさっきもやってみせたように、私の要素を削除すればするほど、他者から存在を認めてもらえる。人に会う時は変装をするレベルで化粧をしてる」


 その中に一つ紛れ込んできた文章を拾い上げた。アリアが相槌を打つ。


「それでも毎回同じ格好だとだんだん効果が無くなる、ってんだからすげぇよな。七変化とか呼ばれる理由はコレだよ。存在感アピールのために、色々な派手格好してんの。あたしの時もしろよ、大体サングラスだけじゃねえか」

「あなたと会うためだけに化粧するのは大変じゃない」


 二人の会話から察するに。

 この場に存在する生物で、最も遠久野ライカを捉えている人物は草凪アリアだと思われた。

 サングラスをかけたライカの輪郭を捉えるのは、日頃わずかな違和感も見逃さない歴戦の視聴者たちが束になっても難しいことであった。


 アリアはライカの肩を叩こうとして、そういえばデジタルだったと手をひらひらと振った。


「ま、今日はここらへんでお開きにするか。多かった質問にも答えたし、ライカが長年抱えてきた悩みも分かっただろ? ライカもだが……あたしもこいつの友人として、救い出してくれる誰かが現れることを望んでいる」


『勇者なんとかしろ!』


「わりぃな、絶望に囚われた姫を助けるにはレベルと時間が足んねえ。十年かけてもサングラスだからよ……。ここ数年は全く進捗もねえしな。あたしより、タカローよりも、この点についてはぶっちぎりでライカの方が強いんだ。あたしらじゃあ、不可能だと見切りを付けたから、ライカはこの世界から消えようとしてるんだよ」

「…………そういうワケでは」


 小さな声で否定しかけたライカに、アリアは腕を大きく振って咆えた。


「そうなんだろうがよッ! そうだよ、あたしにこれ以上は無理だって分かる。だけどな、いくら姿形が見えなくたってお前を大切な友人だと思ってることも分かれよ、ボケがよ!」

「ボケ……、って」

「この大ボケ野郎! この期に及んで嘘なんかつくな! お前がそうやって聞こえの良い言い訳を並べるつもりなら、あたしもまた無限に反対して引き留めまくるぞ!」


 ダン、ダン! と激しい足踏みの音をマイクが拾った。


「断腸だぞ!? 断腸の思いで諦めたんだからな!? お前も、もうプリズムに、あたしたちに希望を持ってないことをちゃんと言え!」

「それは……。……うん。これ以上は、もう、私も無理だと思ったから。だから、この世界から消えることにした」

「それでいい! くそっ!」

「どっちでも悪態をつかれるのは変わらないんだ」

「悪態ぐらいつかせろよ、親友なのに何の役にも立てねえし、人任せにして見送るしか出来ねえんだから」


『気持ちよく送り出してやるのでは???』

『手のひらクルックルで草』


「従者と観測者たちは気持ちよくしろ! あたしも努力はする!」


 アリアの勢いとライカの冷めたツッコミに、コメントが息を吹き返す。


「いや、いや。あたしがお前たちに言いたいのはこんなしょーもないコトじゃないんだよ」


 アリアはドンッと机を叩き、


「つまり――あたしは今、蜘蛛の糸を掴み取るような気持ちでお前らを頼っている。微かな可能性にすがるしか、他に取れる手段がないんだ」

「私はもう期待してないから、そこまでやらなくても別に……」

「お前ら、頼むからな! 時間がない。お願いだから、たった一人でいい!」


 ライカの言葉を無視して、アリアが懇願するようにして画面に大写しとなる。画面いっぱいにアリアの、いつも通り完璧なデジタルフェイスが映る。


「遠久野ライカを見つけてくれ!」



  ――配信は終了しました――

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