第29話 砂城の崩壊

 翌日。朝食の際、俺とルナのどこかぎこちないやり取りを見て、他のメイド達がキャーキャー騒いでいた。何故かルイスからも「おめでとうございます」との言葉を貰うしまつ。全員が何かを勘違いしているみたいだが、ルナが嬉しそうにしていたので、あえて否定することはしなかった。


 そしてその日の午後、俺は屋敷の応接室でシェスカ姉様と対峙していた。俺の後ろにはカイルとアンヌ以外にも、トト村で購入した子供の奴隷達が並んで立っている。


「話があると言われて来てみれば……お前がこんな馬鹿な事をしているとはな」


 奴隷達の姿を見て怒りをあらわにするシェスカ姉様。俺は開き直った態度で、シェスカ姉様に話し始める。


「馬鹿な事だなんて、姉様も分かってませんねぇ。この子達は、自ら望んで俺に買われたんですよ。なぁカイル、そうだよな?」

「はい……」


 俺の問いかけに、カイルは作り笑いを浮かべて返事をした。その後直ぐに、カイルは顔を歪めてみせる。勿論、これは事前に決めておいた段取りだ。演技派のカイルなら上手くやってくれると思っていたが、ここまで上手に表情を変えるとは驚きだった。


シェスカ姉様はカイルの演技に気付かず、俺を睨みつけながら机を力強く叩いて見せる。


「あれが、望んで買われた奴隷の姿だと言うのか?ふざけるのもいい加減にしろ!あの子達が悲しんでいるのがまだ分からんのか!」

「言いがかりは止めてくださいよ。子供達は皆、この屋敷で楽しく暮らしていますよ?なぁゾーイ。昨日も俺と一緒に皆で楽しく遊んだよなぁ?」


 俺はゾーイをこちらに呼びつけて、頭をなでながらそう問いかける。その問いかけに、彼は満面の笑みを浮かべながら答えてくれた。


「はい!昨日はアルス様と一緒に、いーっぱい遊びました!凄く楽しかったです!」

「ははは!それならまた一緒に遊んでやろう。今度はアンヌも一緒にな!」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」


 アンヌもまたゾーイと同じような顔で嬉しそうに笑って見せる。二人の言葉と表情は、カイルとは違い、嘘偽りのないものだった。


二人にはカイルのように、演技をしろと言った指示はしていない。八歳の子にシェスカ姉様を騙すような演技をするは無理があるだろうし、アンヌは大根役者だ。


 だから俺は、ゾーイが嘘をつかなくても良いように昨日の午後を使って、本当に遊んでやった。鬼ごっこやかくれんぼ、戦いごっこまでしてやった。その結果が、今の返事を生み出したのだ。それを知っているアンヌは、普通に遊べると思って喜んだ。


二人の無垢な笑顔に、シェスカ姉様は信じられないといった様子で俺を見つめて来た。


「……馬鹿な。こんな子供達と、お前は一体どんな遊びをしたというんだ」

「ただの遊びですよ。勿論、沢山気持ちよくしてあげましたがね」


 姉様の頭の中で『遊び』という単語がどのように変化を遂げているかは分からない。だが間違いなく、正し意味では理解していないだろう。


 その判断が間違っていないと思わせるべく、俺は下卑た笑みを浮かべて姉様を見つめた。俺の表情を見て姉様は全て悟ったのか、深く息を吐いてゆっくりとその場で立ち上がる。


 あれほどまでに輝いていた姉様の瞳が、暗く沈んだ闇の色へと染まっていった。もうあの頃の姉様に会えることは無い。覚悟を決めていたとはいえ、やはり心に来るものはあった。


 だがこれで俺の評価はガタ落ちすること間違いない。シェスカ姉様がこの事実を広げれば、俺が帝国の間者を炙り出したなんて噂も消えてなくなるはずだ。


「少し……待っていろ」


 そう言うと姉様は護衛を引き連れて部屋の外へ出て行ってしまった。緊張の糸が切れたのか、体が急激に重くなる。俺は盛大に息を吐いて、背もたれにもたれかかった。


「ああぁぁ、しんどかった!カイルもありがとうな!お前のお陰で、シェスカ姉様も完全に騙せたぞ!」

「ありがとうございます。でも……本当に宜しかったのですか?」


 カイルは心配そうに俺の顔を見つめる。俺はその問いに答えることなく、静かに微笑んだ。


カイルには昨日俺の全てを打ち明けた。実は俺には自堕落な生活を送る目的がある事。その目的のために、悪徳領主を目指していること。


 その話をした時、カイルはかなり引いていた。まぁ目的がかなり変だし、自分の所の領主が、悪徳領主を目指していると宣言する奴だったら誰でも引くし、怒るだろう。


 だが領民を傷つけるような行動はしない。一年後にはこの領地にある膿と共に消え去る。そう説得したら、カイルは渋々協力すると言ってくれた。


 だがその話を知らない他の奴隷達は、無垢な笑顔で会話をし始める。


「ゾーイは良いなぁ!俺もアルス様と一緒に遊びたかったのに!」

「オレットさんは、勉強のが大事とか言って、全然遊んでくれないもんなー!仕事は簡単だから良いけど……」

「アルス様、今度は私達とも遊んでくださいよ!ゾーイばっかりズルいです!」


 ブツブツと文句を言うミゲルとエリナ。オレットは意外と真面目なようで、俺が指示したことをしっかり守っているらしい。こんな事なら、遊ぶ時間も与える様に指示しておくんだった。


「わかった、わかった。オレットには遊びの時間も作る様に言っておくから。その代わり、勉強も仕事もしっかりやるんだぞ!」

「わーい!!ありがとうございます、アルス様!」


 嬉しそうにはしゃぐ子供達を見て、在りもしない過去を妄想する。


俺にも彼らと同じように、同年代の子供達と遊ぶ時間があったら、一体どうなっていただろう。こんな馬鹿な考えなど浮かばず、立派な王子になるよう行動していたかもしれない。

 

 だがもしそうだとしたら、俺の隣にルナは居ないだろう。居たとしても、今のような関係になれるとは到底思えない。互いが互いを尊敬し、尊重し合うそんな関係。この十二年があったからこそ、俺達はそこに辿り着けたんだ。


 ルナの方をチラリと見ると、彼女は僅かに口元を緩めて見せる。それだけで体の芯が熱くなり、俺は頬を紅く染めながら目を逸らした。やはり、シェスカ姉様に嫌われようとも、ルナとの生活を離す気にはなれない。それを再確認できただけでも本当に良かった。


 その時、応接室の扉が勢いよく開かれた。そこには先ほど出ていったシェスカ姉様の姿がある。だが一緒に出ていったはずの護衛の姿が無かった。


「遅くなって済まなかったな。どうしても……お前に見せなければならないものがあったのだ」

「見せなければならないモノ?いったい何ですかそれは」


 姉様の言葉に少し不安になる。もしかして、俺を裁くような何かだろうか?まさか、ソフィアの研究がバレていて、彼女をここに連れてきているとか?


 不安が脳裏をよぎり、手に汗がにじみ始める。その直後、姉様は部屋の外に居る何かに声をかけた。じゃりじゃりと、鉄がすれる音が聞こえてくる。その何かは、姉様に引きずられてこの部屋の中へと入ってきた。


 それらの物体を見て、余りの衝撃に言葉を失う俺達。俺はそれらが視界に入らないように、咄嗟にゾーイの顔を覆った。


「姉様……それはいったい」

「これか?これは私の奴隷達だ!さぁお前達、しっかり挨拶をせんか!」


 姉様は手に持った鞭で、奴隷達の尻を思い切りぶっ叩く。バチーンともの凄い音がしたかと思うと、奴隷達は一斉に鳴き声をあげだした。


「ぶひぃ!ぶひぃ!ぶひぃ!」

「わはははは!そうだそうだ!しっかり鳴いて、挨拶しないとなぁ!」


 光悦とした表情で奴隷達を見つめるシェスカ姉様。奴隷達の顔をよく見ると、二人共先程出ていった護衛達だった。俺達全員ドン引きしているのにもかかわらず、姉様達はプレイに没頭している。


「あの、シェスカ姉様。どういうことか、説明して頂けませんか?」

「ん?ああそうだったな!実は私にもお前と同じような性癖があってな?屈強な男共をこうして跪かせて、鳴かせるのがたまらなく好きなのだ!」


 そう語るシェスカ姉様の顔は、ソフィアと全く同じだった。姉様は話しながら何度も何度も、奴隷達の身体を鞭で叩いていく。その度に醜い声を上げる奴隷達。だがなぜか、奴隷達の顔はどこか嬉しそうだった。


「いやぁ、まさかお前も私と同じだったとはなぁ!この性癖のせいで、他の貴族と結婚も出来ず、誰にもバレないように過ごしてきたのだ!だがこれからはお前とこうして話せると思うと、気が楽になったぞ!」

「え……いや……俺はその──」

「どうした?何か問題でもあったか!」


 シェスカ姉様に問われ、俺は言葉を喉で詰まらせる。「実は全部嘘です」だなんて、もう二度と言えない。姉様は俺を同類と思って秘密を打ち明けた。その俺が、普通の性癖の持ち主だと知れば、恥ずかしさのあまり自死しかねない。


 俺の計画は、砂城のように瞬く間に崩れて消えていく。だが今目の前で起きていることに比べれば、そんな些細な問題どうでもよかった。


 敬愛するシェスカ姉様は、ドS女王だったのだ。

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