第28話 悪徳領主への道

 屋敷に帰った俺は、子供のようにボロボロと泣き散らした。絶対に上手く行くと思っていた計画が完全に破綻しただけでなく、尊敬するシェスカ姉様にまで嫌われてしまったのだ。


「アルス様……どうか元気を出してください。アルス様の話を聞けば、シェスカ様もきっと分かってくださるはずです」


 ベッドにうつぶせになっている俺をルナが慰めようと優しく声をかけてくれる。そんな彼女に対し、俺は枕を放り投げた。


「うるさいんだよ!だいたい、お前が余計なことしなければ全部上手く行ったんだ!全部、全部ルナが悪いんだからな!」

「……申し訳ございません」


 ルナはいつもの無表情で、静かに頭を下げる。普段と変わらない態度に、俺はもう一度声を荒げそうになるも、彼女の手が震えているのを見てそれを止めた。


 俺が今彼女の行動を責めたところで、結果は変わらない。元はと言えば、俺がルナとよく話しておかなかった事にも責任がある。それに、シェスカ姉様に嫌われたのはルナのせいではない。


 冷静に考えればすぐに分かるはずだった。でも、そうなれない自分も居るのだ。


「もう放っといてくれ!俺には構わないでくれよ!!」


 ルナの顔を見ることなく告げると、暫くして扉が閉まる音だけが聞こえた。一人部屋に残った俺は、ベッドに寝転がり天井を眺めながら小さく息をはく。


 シェスカ姉様に嫌われたとはいえ、俺の人生が今日この瞬間終わるわけではない。長ければあと七十年はアルス・ドステニアとして生きて行かなければならないのだ。


 そしてその人生を自堕落に生きて行く夢は、かなり厳しいものになってしまった。今回の件は、間違いなく父上やレオン兄様達に伝わる事だろう。二人の方から接触してくるのも時間の問題だ。


「もういっそのこと領主代理放棄して、ルナと一緒に王都へ帰るか」


 その選択を取れば、公務を放棄した人間として噂は広まり、当初の目的は達成できる。だがしかし、それでは逃げた気がして何だか嫌だ。一度決めたプランを遂行できず、おめおめと逃げだすのは、俺の小さなプライドでも許せない。


 逃げるにも、逃げ方というモノがあるんだ。


「冷静に考えろ……俺の目的は、ルナと自堕落な生活を送る事。シェスカ姉様に頭を撫でて貰うことじゃないだろ」


 落ち着いて考えれば、この状況はチャンスでしかなかった。


 冒険者協会の人達には、『帝国の間者を炙り出すために、子供の奴隷を使って策を講じた領主』だと思われている。そこにシェスカ姉様がやって来て、俺の顔面に一撃を食らわせた。


 その場面を見た奴等は考えるだろう。噂は間違いだったのではないか?本当は、自分の趣味の為に子供の奴隷を買った、下劣な人間だったんでは?と。


 思考を巡らせ始めると、だんだん頭の中がクリアになっていく。俺はベッドから飛び起きると、机の上に置かれていたベルを激しく鳴らした。すぐにルナがやって来くるも、彼女は少し不安そうにしている。


 数分前に激しく責められたのだからこうなってしまうのも当然だ。しかし、これからの計画において、ルナは重要な存在になってゆく。だからこそ、俺は誠実な態度で彼女に頭を下げた。


「すまなかった!俺が自分勝手なせいでこんな目に遭ってるのに、ルナを責めてしまった……本当に申し訳ない!」


 心からの謝罪をルナに告げる。これで許して貰えるとは思っていない。俺はルナを傷つけたのだから。彼女が許すというまで、何度でも頭を下げよう。そう思っていると、どこからか誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。

 

 まさかと思い、俺は顔を上げて彼女の方を見る。そこには、両目から涙を流しながら、必死に声を出さないよう口を押えているルナの姿があった。


「ルナ!?ど、どうしたんだ!何か嫌な事でもあったか!?もしかして、俺が投げた枕が当たったところが痛むのか!?」


 俺は慌ててルナのもとへと駆け寄り、彼女の体を確認していく。枕が当たったところが腫れている様子は無いし、他に異常をきたしている個所も見当たらない。


 涙の原因が分からず狼狽えていると、ルナが涙声でぼそりと呟いた。


「……してください」

「え?なんだ!?何かして欲しいことあるのか!?」


 俺が彼女に問うと、ルナは両手を横に広げて、もう一度お願いを口にした。


「ぎゅって、してください」


 初めは冗談かと思ったが、ルナの真剣な眼差しがその考えを否定する。普段無表情を崩さない彼女が、俺の前でこんなにも感情を剥き出しにしたのは初めてだ。


 俺は深く息を吸い、ルナの体を優しく抱きしめる。


「こ、これでいいか?」


 自分から女性を抱きしめるなんて初めての経験だ。これで問題ないのか、ルナを不快にさせていないか不安で仕方がない。だがルナの両手が俺の背中に回ったことで、その不安は直ぐになくなった。


 お互い相手を苦しませないようなちからで、優しく抱きしめる。


「もう、放っといてくれだなんて言わないでください……」

「ごめんな。もう絶対に言わないから……これからも俺の傍に居てくれ」


 俺はルナにそう告げながら、抱きしめる力を少しだけ強くしてみる。俺がどれだけルナの事を大切にしているか。それが彼女に伝わって欲しいと、そう思ったから。


 その力に反応するように、ルナの力も強くなる。なんとなく、自分の心が丸裸になっている気がして、少し恥ずかしくなってきた。だがルナは俺を離そうとせず、暫くの間こうして抱きしめ合っていたのだった。

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