第27話 人生終了

 誇らしげに胸をそらすルナ。この大規模な工事に対する資金援助は、彼女の余計な気遣いだと分かった。言いたいことは山ほどあるが、俺の発言にも原因が無いとは言えないから、それについては納得せざるを得ない。


 しかし、冒険者達の反応に関しては、まだ理由が判明していなかった。


 協会の職員連中が俺に対して感謝をするのは分かる。劣悪な職場環境を変えてくれたのが俺だと分かっていたから、皆がメレーナのような態度を取ったのだ。


 だが冒険者達にとっては、この施設はそこまで重要性を持つものではないはず。ただ依頼の受注をこなし、仕事が終われば酒を飲む場所。その価値しかないはず。それなのに、受付前にいた冒険者達は俺を羨望の眼差しで見つめて来ていたのだ。


 心当たりがないわけではない。約二週間前に、フランツ達に話した内容。それを彼らが広めていたとしたら、アルス王子が帝国の間者を退けたという武勇伝として捉えられかねない。


 嫌な予感がする中、俺はオルトに問いかけた。


「オルト。そう言えば、ミゲルという冒険者がこの街で活動していると聞いたのだが。なかなか腕が立つ冒険者らしいな。良ければ今度紹介してくれ」


 あえて間接的な質問で、オルトの反応を観察する。ミゲルがこの街から姿を消したことは、すでにもう確認済みだ。だがその原因が俺であることは、フランツ達しか知らないはず。


 オルトがそれを知らない可能性を考慮しての質問だったが、それは全く意味をなさなかった。


「殿下もお人が悪いですなぁ!その冒険者を消した張本人である殿下に、紹介なんて出来やしませんよ!その奴隷の子供達も普段の振る舞いも、帝国を惑わすためにあえてやっていたと、フランツ達が話しておりましたよ!」

「はははは……そう、か。まぁ、うん……もう好きにしてくれ」


 ここに来た時嫌な予感はしていたが、これまでの行いが全て水の泡になってしまうとは。俺に対して怒りの矛先を向けていたフランツ達も、真逆の対応をしてくるという事か。


 なんだか、急にやる気がなくなってきた。つい昨日までは、うきうきの気分で今日の来訪を心待ちにしていたのに。冒険者達から向けられる、侮蔑や憎悪を含んだ視線をもう二度と味わうことが出来ないなんて。


 どうせ俺が何をしても、全部裏目に出てしまうんだ。悪事を働いても、このど天然メイドが素晴らしい気づかいをしてくれて、逆の結果になってしまう。


 もういっそのこと、何もしないで過ごすことにしよう。


「悪い……気分が悪くなってきたから、今日は帰らせてもらう」


 俺が真っ青な顔になってふらつきながら立ち上がると、オルトが慌ててメレーナを呼びつけた。


「大丈夫ですか、殿下!おいメレーナ!すぐに薬師協会に連絡を!ハイポーションの在庫ならまだあるはずだ!」

「いや、大丈夫……工事の明細はまた後日聞かせてくれ」


 そんなオルト達の手を振り切り、俺は部屋を出ていく。ふらつく足取りで廊下を進んでいくと、後ろからカイルとアンヌが心配そうに声をかけてきた。


「殿下……大丈夫ですか?」

「もしかして、俺達のせいで何か大変なことになっているとか……冒険者の皆さんも俺達を見ても、変に声を荒げなくなってきましたし」


 二人も周りの変化に気づいているのだろう。俺が企てていた計画が破綻したという事が。もしかしたらその原因が自分たちにあるのかもしれないと、そう思っているのかもしれない。


 そんなことは全くないのだが、今の俺はそれを否定する気分になれなかった。


「ああ……まぁ大丈夫だよ。これから暫くは自由に過ごすつもりでいるから、二人も自由にすごしてくれていいからな」

「え?わ、わかりました……」


 ギクシャクした雰囲気に包まれる中、俺達は受付へと戻ってきた。冒険者達の視線は、相変わらず以前のモノとは全く違っている。常人であれば心地の良い筈の空間が、俺にとっては息苦しい空間へと生まれ変わっていた。思わずため息をこぼしたその瞬間、改装されたばかりの扉が勢いよく開かれる。


 そこに現れたのは、真っ白な鎧に身を包んだ、金髪の見目麗しい女性だった。おおよそこの場には似つかわしいと思えないその女性は、周囲をキョロキョロと見まわし始める。そして俺を見つけると、ニヤリと笑みを浮かべた。


 その女性は一直線に俺の方へ近づいてくる。穏やかだった空気が、一変して緊迫した雰囲気に包まれていく。その女性は俺の前で歩みを止めると、思い切り抱きしめてきた。


「久しぶりだな、アルス!お前が領主代理になったと聞いて、激励に来てやったぞ!」

「シェスカ姉様!お久しぶりです!お元気そうですね!」


 俺が満面の笑みで返事をすると、シェスカ姉様は優しく頭をなでてくれた。


 彼女の名前はシェスカ・ドステニア。俺の父であるユリウス・ドステニアの弟、オーロフ・ドステニアの愛娘だ。つまり俺の従姉に当たる存在である。


 彼女はこの世界では珍しく、二十二歳の独身貴族だ。交際相手が居ないという点で、生前の俺と似ている為、俺は勝手に彼女に親近感を抱いている。


 だからこの意気消沈したタイミングで彼女に会えたことは、俺にとって最大の幸福だったと言える。


「はははは!お前も意外と元気そうだな!その年で領主代理なんてまだ早いと思っていたが、案外上手くやれているみたいだな!」

「えへへへへ、そうですかね!ルナやルイス達に助けて貰っているんです!」


 彼女に褒められて少し頬を染める。やはりシェスカ姉様に褒めて貰うのは、嬉しい。


 しかし、この時俺は忘れていたのだ。


 彼女が最も毛嫌いしている存在。『奴隷を所有した貴族』になってしまっていたことに。俺の頭から手を離したシェスカ姉様はすぐに、二人の存在に気づいた。


「アルス……お前。奴隷を買ったのか!!」


 俺の胸倉を掴み激昂するシェスカ姉様。その瞬間、俺の背後にいたルナと姉様の護衛が間に割って入った。穏やかな空気が、再び緊迫した雰囲気に移り変わる。


「シェスカ様、これには理由がございまして──」

「貴様には聞いていない!アルス、私の目を見て答えろ!お前はこの二人の奴隷を買ったのか!」


 ルナの制止を振り払い、俺を睨みつけるシェスカ姉様。見たこともない姉様の表情に、俺は声を詰まらせる。結局、言葉を出すことが出来ず、頷くことしかできなかった。俺が頷いた瞬間、シェスカ姉様の右手が俺の頬にぶつかる。


「……馬鹿者が!」


 涙を流したシェスカ姉様が、外へ出ていく。


 ルナが間に割った入ったおかげで、物理的な痛みは殆ど感じなかったが、俺はその場に倒れこんだ。


 あのシェスカ姉様に嫌われた。


 悪徳領主として一花咲かせるどころか、俺の人生は今日この日を持って終わったのである。

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