第26話 メイドのお気遣い

 黒装束の男が、偽の資料を持ち去ってから数日が経過した。俺とソフィアの共同作戦が上手くいったのか、別の間者が俺を襲いに来ることは無く、孤児院の所も無事平穏を保っている。


 安全が確保できたという事で、俺は数日振りに街へ繰り出していた。今日は冒険者協会に行って、オルトに礼を言ったあと孤児院に顔を出す予定だ。


 オルトには孤児院の護衛に、無理を言ってベテランの冒険者を派遣して貰った。帝国の間者に狙われていることは伏せ、俺の個人的な理由でお願いしたため、冒険者達からかなり反感を買っていることだろう。


 『悪徳領主』とはいえ、少しはねぎらいの言葉をかけてやらないと、急に裏切られてしまう可能性もあるからな。


 そうこうしているうちに、四人を乗せた馬車が冒険者協会の前に着いた。カイルとアンヌが先に降り、続いてルナと俺が降り立つ。そこで目にしたものに、俺は思わず口を開いて固まった。


 約二週間ぶりに訪れた冒険者協会。俺の記憶にあるソレは、所々破損し、隙間風が通りそうなほど老朽化していたはず。だが今俺の前に建つ建物は、大規模な改装工事が始まっていた。


「おーい!そっちは後回しでいいから、とりあえず外壁の鋪装を終わらせちまうぞ!」

「了解っす!おっし、おめぇら、さっさと終わらせちまうぞ!」


 数十人の大工達が、忙しなく歩き回っている。カイルとアンヌは物珍しそうな視線で彼らを見つめているが、俺は何が起きているのか理解することが出来なかった。


「おい、ルナ。今回の件の報酬、そこまで多くなかったはずだよな?」

「??そうですね。報酬額は平均的な依頼額に、多少色を付けただけですので」


 俺の質問に、不思議そうな表情で答えるルナ。その返答で、益々俺の頭は混乱していく。


 冒険者協会に渡した報酬額では、ここまでの大工事は絶対に無理だ。かと言って、オルトの奴が私財をはたいてまで改装工事をするようには思えない。じゃあどうやって資金を工面したのだ?


「まぁいい。労いついでに、本人から直接話を聞けばいいだけか」


 ひとまず納得した俺は、冒険者協会の中へと入っていく。先日のように二人の奴隷を引き連れ、扉を勢いよく解放する。驚くべきことに、内装の工事は殆ど完了していた。


 今まで酒臭かった室内が、ハーブの香りのようなモノが漂ってきてとても心地が良い。もしかしてこの世界にも、『巧』が居るのだろうか?


 そんな馬鹿の事を考えながら我が物顔で受付へと進んで行く。その間、俺は更に違和感を覚えた。冒険者達の俺を見る視線が、どうにもおかしいのだ。


 以前は憎悪や怒りを含んでいたはずの彼らの視線が、羨望・尊敬が混じったものに変わっている気がする。勘違いかとも思ったが、受付の女性の対応がその勘違いを否定した。


「アルス殿下ではありませんか!!おはようございます!本日はどういったご用件でしょうか?」

「あ、ああ。今日はオルトに会いに来たのだ。奴の部屋に案内するがいい」

「畏まりました!では私が案内させて頂きます!足元にお気を付けください!」


 そう言って彼女は満面の笑みで俺の前を歩き始めた。協会の職員連中も、俺とすれ違うたびに笑顔で頭を下げてくれる。予想外の対応に、内心不安で一杯だった。彼らの態度が180度変わった理由が、俺には分からない。


 結局不安を拭いきれぬまま、俺はオルトの部屋にやってきてしまった。


「オルト支部長!アルス殿下がお見えになられました!」

「殿下が!?直ぐにお出迎えしろ!私も直ぐに行く!」

「既にこちらにお連れしております!」

「へぁ!?!?」


 オルトの変な声が聞こえたかと思うと、一秒も経たずに扉が開かれた。汗だくのオルトは俺の顔を見るや否や、何度も頭を下げて感謝の言葉を述べ始める。


「アルス殿下!この度は協会への支援、誠にありがとうございます!ささ!どうぞお入りください!メレーナ!殿下に最高級の茶葉と洋菓子を用意しなさい!」

「畏まりました!」


 受付の女性──メレーナさんが元来た道を戻って行く。自分の待遇に違和感を覚えつつも、更に気になる発言がオルトの口から出たことで、俺の頭は沸騰寸前にまで達していた。


 早まる鼓動を抑えながら、部屋の中に用意された椅子に座り、深く息を吸う。その間も、オルトはニコニコと笑いながら俺の前に座っている。


 俺はどうしてもオルトの発言が気になり、本来の目的を後回しにしてオルトに聞いてみることにした。なんとなく、とんでもない事が起きている気がしてならなかったのだ。


「オルト……協会への支援って何の話だ?俺は件の報酬以外では、銅貨一枚たりともお前達に渡した記憶が無いんだが」


 俺がそう言うと、オルトは何故かクスリと笑ってみせる。冗談を言ってるつもりは1㎜も無いのだが、奴には伝わっていないらしい。俺が再度真剣に伝えようとすると、今度はオルトが驚愕の事実を話し始めた。


「何を仰りますか!二週間ほど前、殿下の使いの方がいらして、『協会の修繕をするように』と、大金が入った袋を置いて行かれましたよ!」

「……は?え、いや、まて。俺はそんな使い送った事ないぞ!別の誰かと勘違いしてるんじゃないか!?」

「そんなはずありません!以前、トト村付近の魔獣狩りを依頼なさった時と同じ方がお見えになられましたよ?確か、名前はオレットと仰っておりました!」


 あのバカ。まさか村の件の時も、俺の使いだと言っていたとは。あれほどバレないようにと伝えていた筈なのに。それはまだ良いとして、今回の援助については俺は彼女に指示をしていない。となると、オレットに指示をした別の人間が居ることになる。


 俺は後ろに立っているメイドの顔に目を向ける。そんなことするのはルナしかいない。彼女と見つめあう中で、その予想が確信めいたものに変わっていく。


「ルナ……全部一から説明してくれるか?」


 お前がやったのか?なんて無粋なことは聞かない。だって、ルナしかいないんだから。俺の問いかけに彼女は深く頷くと、淡々とした口調で話し始めた。


「畏まりました。以前アルス様がこちらに訪問した際、『酒臭い。もう少し清潔に出来ないか。なぁルナ?』と指示を頂きましたので、勝手ながら資金援助させて頂きました。オレットが名前を明かしてしまった件に関しては申し訳ございません」


 そう言ってルナは頭を下げて見せる。謝って欲しい所で謝らないのはもう気にしない。何度言っても無駄なのだ。問題は、なぜ『指示』だと思ってしまったのかという事。


「ちょっと待て。お前は、俺のその言葉が『指示』だと思ったのか?そんな風に聞き取れるような発言じゃなかっただろう?」

「???いえ。アルス様は素直じゃない方ですので、照れ隠しでのご指示かと思いました」


 ルナはその一言で、返事を終わらせる。俺はもうため息をつくことも出来なかった。俺にとってかけがえの無い存在が、俺にとって最大の天敵だったなんて。


 俺ががっくりと肩を落とす目の前で、少し誇らしげに胸を空逸らして見せるルナ。彼女の無表情が、少し崩れるその瞬間が、たまらなく愛おしく感じる。


 だが今この瞬間だけは、ほんの少し苛立ちを感じてしまう自分が居た。


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