第19話 魔獣狩り

 冒険者協会で魔獣討伐の依頼を受けた俺は、まず屋敷に戻ってパンツを変えた。その後、カイルとアンヌを引き連れて、街から少し離れた森へとやって来ている。


 ここにはホーンラビットやビッグボアといった、食糧になる魔獣が生息しているらしく、初めての狩りにはうってつけの場所なのだ。


「それじゃあ予定通り、二人は俺の後ろを歩いててくれ!他の冒険者が来たら、直ぐに俺の盾役を演じるように!」

「分かりました!」


 二人が頷いたのを確認して、俺は森の中へと入っていく。


 冒険者達の前では二人を盾役にすると宣言していたが、俺にはそんな気さらさらない。俺の計画のために二人を傷つけるわけにはいかないからな。その為に最後尾にはルナを配置している。


 二人に伝えたように、他の冒険者と接見した場合はその限りではないが、それでも二人が傷つかないよう立ち回るつもりでいる。


 周囲を警戒しながら進んでいくと、前方から何かが動く気配を感じた。俺は後ろを歩く二人に掌をかざしその場で足を止めさせる。


 一呼吸したあと、右手を前方へ向け魔法を発動させた。


「『探知サーチ』」


 魔法発動と共に魔力の波が周囲に広がっていく。この波は発動者にしか視認できないようになっており、その波が魔力を有する物体に当たると波が反発するという魔法だ。反発する波の大きさは、物体の魔力量や大きさによって変動する。今回の場合、反発した波は小さなものだった。


「多分ホーンラビットだな。俺が倒すから二人はそこでジッとしててくれ」

「え?あの──」


 二人が何回を言おうとしているが、その前に俺は中腰になって剣を構えてみせる。いくら小さな魔獣とはいえ、どんな攻撃をしてくるか分からない。全力で狩らねば、二人に危険が及ぶかもしれない。


「『身体能力上昇フィジカルアップ』『攻撃上昇アタックアップ』『斬撃付与スラッシュエンチャント』……よし」


 ありったけの魔法をかけ、右足に力を籠める。そのまま勢いよく地面を蹴り、波が反発した場所目掛けて飛び出した。


 そこにいたのは白い毛皮に一本の小さな角を生やした兎。その兎に思い切り剣を振り下ろす。兎の首が切断され、胴体がぱたりと横に倒れた。


「ふぅ……よしこれで大丈夫だ!二人共、もう動いて良いぞ!」


 剣に付着した血を吹き飛ばしながら、カイルとアンヌの方に顔を向ける。すると二人は申し訳なさそうな顔をして、話し始めた。


「あの、アルス様……ホーンラビットは危険な魔獣じゃないので、そこまでしていただかなくても大丈夫です!」

「そうだったのか!?俺はてっきり、魔獣と呼ばれる奴等は全部危ないんだと思ってたぞ!」

「ホーンラビットは俺達も罠にかけて捕獲出来るくらい弱いんです。でも最近は……ウェアウルフが森の中に居たからそれも出来なくて……」


 そう口にしたアンヌの目に涙が溜まっていく。トト村を襲った魔獣の事を思い出してしまったのだろう。俺は慌ててアンヌの傍に駆け寄り、しどろもどろになりながら慰めの言葉をかける。


「ああ、そうだったのか!でもまぁあれだ!トト村を襲った魔獣は、冒険者達が倒してくれるはずだ!何も心配しなくていいぞ!」

「ぐすっ……はい!ありがとうございます、アルス様!」


 アンヌは涙をぬぐい俺に向かって頭を下げた。


 しかし面倒なことになってしまった。ホーンラビットがただの兎殺解されているとなると、第二の作戦が実行できなくなってしまう。かといって、より強い魔獣を探すとなると、二人を危険に晒すことになる。


 念のため二人に確認しておいた方がよさそうだ。


「因みに、二人じゃ倒せないような魔獣はどんなやつだ?知ってたら教えてくれ」

「えっと、村の大人からはウルフやボアの魔獣と遭ったら逃げろって言われてました。あとは森の奥には魔物が住んでるから絶対に行かないようにって……」

「だから俺達はホーンラビットくらいしか倒したことありません」


 カイルとアンヌは顔を見合わせながらそう口にする。二人の発言を参考にすると、この森の中で子供が戦うと危険な魔獣はビッグボアということになる。どんな魔獣かは知らないが、名前からして猪みたいな魔獣ってとこだろう。


「それじゃあボアの魔獣を狩りに行くことにするか。危ないから二人はルナと一緒にここら辺で待機しててくれ」


 そう言って一人で森の中へ歩き出そうとする。しかし背後からそれを制止するかのようにルナの声が聞こえてきた。


「申し訳ございませんが、アルス様を一人で行かせることは出来ません。私達と共に行くか、日を改めるかの何方かにしてください」

「いや、大丈夫だって!俺が強いの知ってるだろ!?レオン兄様とだって互角にやり合えるんだぞ!?魔獣だって余裕で倒せるさ!」

「……」


 俺の説得も空しく、ルナは無言でジッと俺を見つめてくるばかり。カイルとアンヌの二人も、何故かついていく気満々と言った様子で、ルナの隣に移動していく。


 どうしたものかともう一度ルナの顔を見ると、僅かに唇を噛み締めているのが見えた。口下手な彼女の必死な抵抗。それが見えただけで、俺の城壁はあっさりと崩れてしまう。


「はぁ……わかったよ!一緒に行けばいいんだろ!そのかわり、ルナと二人は離れた位置に居てくれよ?危ない目に遭わせたくないからな!」

「承知いたしました。二人の事は私にお任せください」


 俺が折れたことで、ホッと口を緩めて見せるルナ。彼女が悲しむような行動は出来る限りしたくない。まぁルナも居ることだし、今回はそこまで危険にはならないだろう。折れるべきところは折れておかないと、後で面倒になるのはごめんだからな。


 一人で納得したあと、俺は森の先へとどんどん進んでいく。なるべく三人から距離を取ろうと歩幅を大きくした矢先、背後から明るい声が聞こえてきた。


「ルナ様の言った通り、アルス様って凄くお優しいんですね!変な演技の命令してきた時は少し驚きましたけど……」

「アルス様は素直じゃないのです。貴方達も長く一緒に居れば分かるようになりますよ」

「わぁ!流石ルナ様!なんだか素敵ですねぇ!」


 アンヌとルナのきゃぴきゃぴした会話を見耳にした俺は、ため息を零さずにはいられなかった。

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