第20話 俺のメイド

 それからサクッと「探知」の魔法でビッグボアを発見した俺は、先程と同様の魔法を発動させ、その巨体を真二つに切断した。森の中に入ってから三十分もしないうちに、あっけなく終わってしまった魔獣討伐。


だが俺の本当の戦いはここから始まるのだ。


「いいか二人共!顔は重点的に汚しとけよ!腕とか足、見えやすいところも忘れずにな!」

「分かりました!アンヌ、背中の方お願いしても良いか?」

「分かったわ!後で私の方もお願いね?」


 俺の指示に元気よく返事をするアンヌとカイル。二人は地面に用意された泥を体中に付着させていく。俺はその間に、二入が身に着けていた防具を地面に並べていた。


「ここに並べてと……よーし準備完了!」


 防具を並べ終えると、その隣に置かれていたビックボアの死体に手を向ける。


「『空球エアボール』!」


 魔法を発動させると、シャボン玉のような球体が俺の手の平から放たれた。その球を魔力で操作し、ビッグボアの死体へ近づけていく。すると、ビックボアの血が球体の中に吸い寄せられるように移動し始めた。


 球の中に十分な血が溜まったのを確認したあと、それを防具の上に移動させる。そこで魔法を解除すると、並べていた防具目掛けて血がドバっと零れ落ちた。


「おー上手いこといくもんだな!中々いい味出てるじゃないか!」


 血で染まった防具は、カイルとアンヌが死に物狂いでビッグボアと戦った証。街に居る冒険者達が見たら、そう思わずにはいられないだろう。だがこれではまだ足りない。


「後はこの牙を使って、良い感じに傷をつけていけば完成だな!ふふふ……俺も悪徳領主が様になってきたんじゃないか?」


 俺は誇らしげに笑みを浮かべながら、ビッグボアの死体から剥ぎ取った牙を防具に向けて振り下ろしていく。一発一発丁寧に、まるで職人が剣を打つ時のような眼差しで、傷跡を確認していく。


 なぜ俺がこんな作業をしているのか。それは俺がビッグボアを倒せたのは、カイルとアンヌを盾役にして攻撃をしのいでいたからという、偽の証拠を作るためだ。


 冒険者協会であれだけの発言をしてきたというのに、いざ帰って来たら無傷でビッグボアを倒してきてしまった。そんな話、誰も望みやしない。


『子供の奴隷を使ってビッグボアを倒したことを、誇らしげに話す馬鹿な領主』。他の冒険者達からそう思われるためにも、この作業は欠かせない。


その為にも集中して作業をしていると、背後からカイルとアンヌが声をかけてきた。


「アルス様!言われた通りにやってみたんですけど、こんな感じでどうでしょうか?」

「おー凄いな、上出来じゃないか!これなら二人が戦ったように見えるぞ!」


 お互い協力して頑張ったのだろう。二人の姿は、ビッグボアに弾き飛ばされ、地面を転げ回った盾役にしか見えない。


「仕上げにこの防具を着たら完璧だな!後はここら辺で時間を潰して街に帰るとしよう!」

「え?あ……わ、分かりました」


 俺が血で汚れた防具を渡すと、なぜか歯切れの悪い返事をするカイル。アンヌも悲しそうな目をしている。


「どうした?もしかして、血生臭かったか!それは少しの間だけ我慢してくれ!」

「いえ、そうではなくて……アルス様に買って頂いた防具が、半日経たずにこんな状態になるとは思ってなかったので」

「あーなるほどな!まぁ別に使えないわけじゃないし、洗ったら使えるだろ?なんなら買いなおしてやっても良いぞ!」


 そう言いつつも、かなり傷つけてしまっているのは確かだ。だが別にそこまで高かったわけではないし、買いなおせば問題ないだろう。むしろ武器屋に行って悪評を広める機会が増えたと思えばプラスだ。


それなのにカイルとアンヌの表情は曇ったまま。俺が不思議に思っていると、今まで一人お茶の準備をしていたルナが傍にやって来て耳元で囁いた。


「アルス様、少し宜しいでしょうか?」

「お、おう、わかった。二人共防具を着て待っていてくれ。」


 ルナに連れられて二人から少し離れた位置に移動する。こんな森の中で何の話かと期待を膨らませていると、ルナは真剣な眼差しでジッと俺を見つめてきた。そして静かに息をはいたあと、二人に聞こえないように話し始めた。


「失礼を承知で言わせて頂きますが……あの子達の気持ちを良くお考えになってください」

「いや、気持ちを考えろって言われてもだなー。新しく買ってやるんだから良くないか?」

「はぁ……そういう所は本当に成長しませんね」


 ルナは呆れたように溜息をつきながら、やれやれと手を上げて見せる。それでもなお、彼女の発言の真意を理解できないでいる俺に対し、ルナは諭すように話し始めた。


「あの子達は、貧しい村の出身です。つまり、アルス様が買い与えてくださった防具など、何十年と働かなければ買えないんです」

「それはわかってるさ!でも買ったのは俺だぞ?二人の懐が痛んだわけじゃないし、悲しむ必要ないだろ!」

「それが間違いだというのです。二人にとって、あんな高価なプレゼントを貰ったのは初めてのことでしょう。それも、王子であるアルス様に与えて頂いた物。二人にとっては宝物のように思えたかもしれません」


 ルナはそう口にしながら二人の方に視線を送る。俺も自然とルナを追うようにカイルとアンヌの方に目を向けると、顔を曇らせながらも、防具を着ている二人の姿が見えた。


 鈍感な俺でも分かる。自分の行為がどれだけ愚かだったのか。もしも前世の時に、彼女と過ごした経験が有れば、こういう感情にも気づけたかもしれない。


 いやそれは無い物ねだりというやつか。


「分かった。これからは気を付けることにする」

「本当ですか?本当に分かりましたか?立派な国王になるためには、そう言った感情にも敏感にならないとなりませんからね?」


 分かったと言ったのに、ルナは何度も確認してくる。しかも、国王にはなる気は無いと何度も言っているのに、まだルナは俺が国王を狙っていると信じて疑っていないようだ。


 流石の俺も苛ついてきた。ちょっと嫌味っぽく返してやろう。


「はぁ……。お前も少しは学習しろよ?立派なメイドになるためには、主人の考えを察せれるようにならないとダメだからな?」


 先のルナの発言に被せるような言葉を伝えてやる。だがしかし、彼女は目を丸くして首をかしげて見せた。


「???私はもうアルス様の事なら何でも分かっているつもりですが?」


 その言葉に俺は全てを諦め、大きなため息をはいた。そして静かにカイルとアンヌの元へと戻り、二人にもう一度謝罪したのであった。

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