第18話 パンツ

 武器屋でカイルとアンヌの装備を整えた俺達は、冒険者協会へとやって来た。目的は勿論、冒険者として活動するためだ。そしてここでも、俺は悪徳領主としての才能を開花していた。


「相変わらずここは酒臭くてかなわん!用があるとはいえ、私がこんな場所に足を運ばなくてはならないとはなぁ!そう思わないか、ルナ!」

「その通りでございます」

「まったく!もう少し清潔に保てないモノなのか?まぁ、冒険者共にはお似合いの環境というやつか!」


 扉を豪快に開いた直後、開口一番に罵倒の言葉を口にしていく。以前ここに来た時も似たような発言をしていたが、より一層小馬鹿にするような言葉を選ぶことで、周囲の冒険者達を煽っていくのだ。


 その作戦が効いているのか、周りの冒険者達の鋭い視線が俺に集まってくる。強面な髭のお兄さん達に睨まれて、思わず小便ちびっちゃいそうだが、今は我慢しなければならない。


 俺は恐怖で震える足を動かし、受付に居る女性の所へと進んでいく。女性は俺の存在に気づくと、慌てて何度も頭を下げ始めた。


「アルス殿下!本日はどういったご用件でしょうか!?」

「ああ、悪いなぁきみぃ!実は冒険者をやってみたいと思ってねぇ?領主として現場を確認しておこうという訳さ!まぁ冒険者の仕事なんて、魔獣を倒すだけの簡単な仕事なんだろ?」


 そう言いながら近くに座っている冒険者に顔を向けほくそ笑む。冒険者の仕事を小馬鹿にしている領主。そのイメージを冒険者達に焼き付け、俺の悪評を広めさせるのだ。


 自分たちの仕事を馬鹿にされていると知った女性は一瞬顔をしかめて見せる。しかしすぐに笑顔を浮かべ、再び受付の作業を続けてくれた。


「承知いたしました!お連れの皆様もご登録なされますか?」


 女性はそう言いながらカイルとアンヌの方に顔を向ける。俺は彼女の問いかけにわざとらしく鼻で笑って見せたあと、この場に居る全員に聞こえるように声を上げた。


「ああこの奴隷達か!この者達は私の盾にさせようと思っているのだが、念のため登録しておいてくれたまえ!」

「え、奴隷?あ、あの……」


 予想外の返答に慌てふためく女性。子供達はさっき買ったばかりの綺麗な防具を身に着けている。そんな彼等が奴隷だと思う者達は居ない。それにまさか王子である俺が子供の奴隷を連れているとは思わなかったのだろう。


 誰もが呆気に取られている時、近くで飲んでいた男が立ち上がって叫び声をあげた。


「おいクソ野郎!!さっきから話聞いてりゃ、ガキを盾にするだと!?ふざけるのも大概にしやがれ!!」


 声を張り上げながら俺の元へズカズカと歩いてくる大男。身長は2m近くあり、ガチムチのヤクザみたいな容姿をしたその男を前に、俺はパンツを染みさせながらニヤリと口角を上げた。


「おいフランツ、止めろって!なんでお前がムキになってんだよ!相手はこの国の王子様だぞ!」

「止めるんじゃねぇ!王子だってんならなおさらだ!ガキの命をゴミみたいに扱うやつに、王子が務まる訳ねぇだろうが!」


 フランツと呼ばれた男は俺の前で仁王立ちすると、その大きな腕で俺の胸倉を掴んだ。レオン兄様並みの力強さに、俺のパンツは益々滲んでいく。しかしここで退いては意味がない。悪徳領主として、威厳を見せてやらねば。


「わ、喚くな蛮人が!私は購入した奴隷と共に狩りに行くだけだ!この通り、素晴らしい装備も与えているのだぞ?何か問題があるなら言ってみたまえ!!」

「……クソ野郎が!!ぶっ殺してやる!!」


 フランツは額に血管を浮き出させるほど怒りを露にすると、腰に携えていた剣を抜こうと俺の胸から手をはなした。


その瞬間、ルナがフランツの頭を掴み、床目掛けて叩きつけた。バキバキと気が叩き割れる音と同時に、血が飛び散っていく。


周囲から悲鳴が上がる中、ルナは冷えた声でゆっくりとフランツに問いかけた。


「誰を殺すのですか?私の耳に聞こえるように、もう一度、ハッキリおっしゃってください」

「があっつ……」


 ルナは答えなど聞く気は無いと言わんばかりに、フランツの顔を床に押し付けていく。その状況を見ていた冒険者達が、泣きながら頭を下げ始めた。


「フランツ!!お、おいあんた、やめてくれ!そいつを殺さないでくれ!」

「アルス殿下、どうかお許しを!フランツは子供達の身を案じただけなのです!悪気はないのです!お願いです殿下!」


 冒険者達が涙ながらに訴えかけてくる。彼女達の焦りが伝わってくる中、俺も似たような感情をルナへ向けていた。


(何やってんのこの子はー!!俺が刺されそうになったからってのは分かるけど、ここまでしちゃダメでしょ!フランツさん死にそうじゃねぇか!)


 当初の予定よりも大幅に過激な事をしてしまった事で、俺の額には大量の脂汗が滲んでいた。


「は、はなしてやれ、ルナ!そいつを殺してしまっては、ここへ来た意味がなくなってしまうだろ!?」

「……畏まりました」


 俺の命令を聞き、ルナはフランツの後頭部から手をはなす。怒号と悲鳴で騒がしくなる場を余所に、俺は再び受付の女性へ顔を向けて笑った。


「さて、騒がしいところ申し訳ないが、冒険者登録をしてくれるか?殺意を向けられたまま長居はしたくないからな」

「し、承知いたしました!それでは手続きを始めさせていただきます!」


 こうして俺は悪徳領主としての振舞いを達成しつつ、冒険者として活動することを許された。鼻を折られながらも、俺を睨みつけているフランツを見る限り、今回の作戦は大成功と言える。


 ルナには後で説教するとして、まずは初めての魔獣狩りに向かうとしよう。


 まぁその前に、パンツを変えなければな。

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