第13話


 血のりのついた寝間着を着替えさせてもらって、それからすぐに旦那様の寝室に向かうことになった。

 ランタンで照らしながら歩く廊下は、薄気味悪い。

 でも、リザが一緒だから今は平気。


 そんな窓の外も真っ暗なのは、夜になっていたからだと思っていた。

 けれど、うっすらと日の光が差し込んで来るのを見て、明け方だったことを知った。

 ――夜中にずっと、お料理を作ってくれる人達も皆起きていてくれたのね。

 私はなんて人騒がせな嫁なんだろう。

 この上さらに、旦那様の寝込みを襲いにいくような……。

 襲う訳じゃなくて、お礼をすぐに伝えたいだけなんだけど。


「私は報告が済んだら、すぐに退室いたしますね」

「えっ?」

 もうあと数歩で旦那様のお部屋だというのに、急にそんなことを言われても。

「だって、お二人の時間があまり取れないと、だからお食事をご一緒したいとお願いなさるんでしょう?」

「リザは、こういう時はいつも素っ気ないのよね」

 全部一緒に言ってくれたら、私はコクコクと頷くだけで済ませられるのに。


「私が居る方がお邪魔じゃないですか。そうやって愛を育んでくださいな」

「もう。そういうの、余計に緊張しちゃうじゃない」

「フフ、もう目の前ですよ」

 そう言うとリザは、私の心の準備が整う間もなく扉をノックした。

「リザです。アニエス様もご一緒しております」

「ど、どうして少し待ってくれなかったの? 何て言えばいいの?」

 私は小声で、必死に抗議した。


「お礼を言って、お食事を一緒にとお誘いするのでは?」

 リザはしれっとした顔で、私が逃げないように手を繋いできた。

「ちょっとぉぉ!」

 そんなやり取りをしていると、「入れ」という声が通った。

「失礼したします」

 扉を開けて、ぐいっと私の手を引くリザ。

「報告いたします。アニエス様は、しっかりと召し上がりましたよ」

(待ってぇぇぇ! 私はなんか、緊張してるのに!)

「そうか、報告ご苦労」

「アニエス様からもお話があるそうですので、私はこれで――」


(リザってばぁぁぁ!)

 繋いでいた手をパっと離されて、あっという間に去られてしまった。

 割と小さなお部屋で、正面の窓を横に受ける形で大きなベッド。

 手前にテーブルとソファが一脚ずつ置かれている。

 寝る為だけの、少し殺風景なお部屋。

「さて、話とは何だ?」

 ベッドの端に腰かけた姿は、普段よりも柔和に見える。

 精霊も聖霊も、フワフワと旦那様の周りを飛んでいるからやっぱり、神で間違いない。


「えぇっとぉ……」

 旦那様は寝間着姿なのに、仮面と手袋をつけていた。

 人に対して、呪われた醜悪な姿をとことん見せないように配慮しているのが分かる。

「その……。ほとんど眠らずに、魔力を使った看病をしてくださったと聞いて。お礼を申し上げたくて」

「気にするな。妻を看病するのは当然の事だろう」

「それでも。部下や医者に任せて、自分は何もしない人もいます。でも、旦那様はそのお力を全力で、私に注いでくださいました。本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げたところで、貴族の礼を教わっていたのにと気付いた。

 でも、咄嗟に出てしまったから、今回は見逃してもらおう……。


「良い。俺が俺のやりたいようにしただけだ。それよりも、もう大丈夫そうで良かった。まだ痛む所はないか?」

 旦那様の後ろから、朝日が差し込んでいる。

 逆光と仮面でお顔は見えないけれど、とても優しい声で話してくれている。

「いえ、もう痛む所は……。あっ、手足の先がまだ、少しだけしびれていますけど。それも徐々に消えていっています」

「そうか。ならばもう、裂けた組織は全て癒えたと見ていいだろう。よく耐えたな」

「さ、裂けた?」

「ああ。魔力の暴走で、内部から神経も血管も臓器も筋肉も、全てが引き裂かれていた」

 うぁぁ……聞いたらまた痛くなってきそうな感触がある。


「そんなに激しいものだったなんて……でも確かに私、さすがに死んじゃったのかと思いました」

「ハハ。まあ、危険な状況ではあったな」

「それを癒してしまえるなんて。旦那様は凄いんですね」

「いや、それはな……。俺は魔力をコントロールする手伝いをしただけなんだ。癒しの力はお前のものだ。アニエス。俺はお前の力を使って、お前を治したんだ。俺にそんな力は無いからな」

「んっ……でも、とにかく……助けて頂いたのは確かです。ありがとうございます」


「そうか。まぁ……お前もよく休め。とは言っても、それだけの魔力が安定しているなら、もう普通にしても大丈夫だろうがな。俺はもう少し寝るとしよう」

「あ……。そ、その」

「なんだ?」

「次からはお食事、ご一緒に頂きませんか? 私、旦那様と一緒に食べたいんです。それから、その……たまには添い寝も……。なんて」

「何? 俺が居ては気持ち悪いだろう。寂しいならリザと一緒に食って寝てもらえ」

「それも嬉しいのですが……」

 自分の気持ちを確かめたいとか、言えるわけがないじゃない。


「……まあ、好きにするといい。耐えられなければ遠慮せずに出ていけよ?」

「添い寝に至っては、暗くしてしまえば分かりませんし」

「お前……結構変わっているな」

「あの、カーテン……閉めますね。さすがにちょっと、ずっと直視するのはアレなので」

「貴様……正直過ぎるだろ」

 そして私は、光が入らないようにしてベッドへと潜り込んだ。

 側にいて抱きしめてみたいし、抱きしめてみてほしい。

 そんな気持ちで。

 それから、この人の全てを受け止めてあげたいという気持ち。


「俺の隣で寝るのが、そんなに楽しいか」

「だって、男性にここまで気を許せているなんて、私には初めてですから」

 女神として二百年過ごしても、感じたことのないこの気持ち。

 これが恋だと言うなら、なんてもどかしいのかしら。

 この人をもっと知りたいし、側で温もりを感じていたい。

 きっと、結婚という形が決まっていなければ……その場の勢いだろうと、こんな態度は取れなかったと思う。

 もしも拒否されたら、そこで終わりだもの。


「……フッ。はしゃいでいないで、お前も休めよ?」

「もう。はしゃいでいるわけじゃありませんけど」

 その返事を聞かずして、旦那様は静かな寝息をたててしまった。

「だんなさま~?」

 小さな声で呼んでみた。

 ――本当に眠ったのかな?

 ……触れたら、起きてしまうかしら。


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