第47話


「今回の功績として、皇帝陛下は朱亜に官位と褒美を授けたいそうだ。ぜひとも王宮に仕えてほしい、と」

「なんと! さすがは救世主様!」


 朱亜よりも明豪が反応している。朱亜には言葉の意味がわからず、皓宇に聞き返していた。


「かんい? なにそれ」

「朱亜に役職を付けて、毎月給金を授けるとおっしゃっているんだ。どの役職に就くかは未定だが、きっと国防の要所になるだろう。女性が官位を授かるのはこの国では初めての事。とても名誉なことだ」

「えぇ、面倒なことはしたくないよ。断っておいて」

「バカなことを言うな。それに、褒美だってあるんだぞ。何でも欲しいものを授けてくれると……」


 名誉なんていらないし、欲しいものもない。朱亜がどう断ろうか悩んでいると、皓宇はある提案をした。


「家でも貰ったらどうだ?」

「え?!」

「朱亜も、いつまでも鈴麗宮で暮すわけにはいかないだろう。変な噂も立っているし、この際、王宮に近いところで居を構えるのはどうだろう?」

「やだ! ウチ、今まで通り鈴麗宮で暮したいよ!」


 皓宇と一緒に、とは言えなかった。なんだか気恥ずかしくて、最後の一押しが上手くいかない。朱亜の真意は皓宇に伝わったのか、彼は一瞬驚き、悲しそうに顔を伏せ迷うようなそぶりを見せ、最終的には優しく微笑んだ。


「朱亜がそうしたいなら、そうすればいい」


 そう言って、皓宇は朱亜から視線を逸らした。その言い方、なんか引っかかる。隠し事があるのか、彼は朱亜の目を見ようとしない。


「そうだ、朱亜。私は明豪と話がある。先に帰っていてくれないか」

「えー……」

「頼む」


 朱亜は渋々と頷き、皓宇たちに背を向けて歩き出す。朱亜の姿が完全に見えなくなってから明豪は口を開いた。


「殿下、私に話とは?」

「話というより、頼み事だな。買い物に付き合ってくれないか?」


 皓宇は頭巾を被る。


「ここに来る前も少し城下町を見てみたのだが、なかなか良いものが見つからなくて」

「何をお探しで?」

「かんざしだよ」


 明豪はハッとひらめく。


「もしや、それは朱亜様への贈り物では?」


 皓宇は恥ずかしそうに頬を掻きながら頷いた。明豪は足踏みして喜びたいのを堪えて、けれど顔はにんまりと笑っていた。なんとなく怪しんでいた二人の関係、その答えがやっと見えてきた気がする。


「お前は花街にいたと聞いている。きっと、女性が喜ぶものを売っている店も多く知っているだろう?」

「もちろんでございます。けれど、朱亜様も一緒でなくていいのですか?」


 朱亜の趣味とは異なるかんざしを選んだら、関係が悪くなるのではないか。明豪のいらぬ世話に皓宇は押し黙る。おや、と明豪はわずかに首を傾げる。何か秘密がありそうだ、それを聞き出すために、まずは彼に協力することにした。


「女性への贈り物ならお任せください。私に任せておけば、すぐにお二人が気に入る一品が手に入りますよ」


 そうそう、明豪はこの一連の騒動を経て、異例の大出世をしていた。生まれてくる御子が皇子であると言い当て、さらに邪王を討った朱亜たちに協力し、道中でその命も救った。それらが皇帝に高く評価され、彼も近々今よりも高い位に就くらしい。皇帝のみならず、後宮でも篤く信頼されているのは変わらぬまま。子供を失い悲しみに暮れている妃たちを慰め、その心を支えているようだ。多忙なのにも関わらず、毎日のように朱亜を訪ねていた。明豪曰く、


「私は、私の信仰の対象に会いに来ているのです」


 とのこと。朱亜はあまり気にしていない様子で来るたびに適当に相手にしている。


 ***


 彼らの姿が遠ざかり見えなくなった時、朱亜は大きなため息をつきながら足を止める。なんだか、最近皓宇から遠ざかっているような気がする。


 この時代に再びやってくる前、暗黒の邪王城で皓宇と約束した事を思い出す。決して一人にはしない、一緒にいるという約束。それを果たそうにも、何だか最近の彼は一人になりたがっている……いや、朱亜と共にいるのを避けているような気がする。今日だって厄介払いされてしまったし、事件が解決してからもしょっちゅう王宮へ行っているし。それに、鈴麗宮を出ていくよう促すなんて!


「どうしたらウチの気持ち、伝わるのかな……」


 朱亜の寂しそうな呟きは、木々のざわめきがかき消していってしまった。


 ***


 あっという間に、朱亜が官位を授かる式典当日が来てしまった。邪王絡みのことは公には秘密にしているため、盛大な式典ではない。けれど、朱亜は朝から準備で忙しかった。


「あぁ! もう、動かないでって言ったじゃない! 化粧が変になっちゃう」

「魅音様、朱亜様の着物はどれに致しますか?」

「うーん……これだと地味すぎじゃない? もっと華やかな感じでもいいと思うんだけどね」


 いや、忙しいのは魅音と静だけ。朱亜は着せ替え人形のようになっていた。花街にいた時よりも化粧にじっくりと時間をかける魅音。飽きてしまった朱亜があくびをするたびに、まるで雷を落とすかのように怒ってくる。


「そうだ、静さん。今日、皓宇って見ましたか?」

「殿下のことは今はいいから。次は髪もやらなきゃいけないんだから余計なことは考えないで!」


 静も忙しそうに出て行ってしまう。今日はまだ一度も皓宇に会っていない。落ち込んだ朱亜が下を向くと、魅音はまた怒り出した。そんな時、魅音の怒りに油を注ぎそうな人物がやってくる。


「朱亜様、ご機嫌いかがでしょうか?」

「あぁ! こんな忙しい時にこないでよ、明豪!」


 魅音に何を言われようとも、明豪は気にせずズカズカと部屋に踏み込んでくる。その手には小さな包みがあった。


「皓宇皇子殿下から預かりものでございます」

「皓宇から?」


 朱亜はそれを受け取る。包みを触ると、中に細長いものが入っていることが分かる。朱亜はハッとして包みを急いで剥がした。


「かんざし……」

「あら、とてもキレイね。今日はそれを付けていきましょうか」

「ねえ、待って! どうして明豪が持っているの? 預かったって言っていたけれど、皓宇は!?」


 朱亜は立ち上がった。明豪に詰めようと、彼は申し訳なさそうに首をすくめる。


「殿下には黙っているように言われましたが……やはり、救世主様に対して秘密をつくるなんてこと、私にはできません……」

「いいから! 皓宇はどこにいったの?」

「殿下は夜中のうちに旅立ちました。邪王の印章を天龍峰に埋めに行く、と。どうやら雨龍様と約束をなさったそうで……」


 控えていた静も頷く。どうやら本当のようだった。あまりに突然の別れに朱亜は困惑してしまう。ウチのことが嫌になって捨てられてしまったのかと、不安になっていく。


「朱亜様にお渡しするよう、預かっておりました。これは朱亜様との約束だから、と」


 朱亜は手元のかんざしを見た。そして、彼と交わした約束を思い出す。俯き、顔を上げてまっすぐに前を見据えた。いや、皓宇がそんなことを考えるはずない! もっと別の理由があるに違いない!


「……ごめん!」

「え、ちょっと、朱亜!? 何してるのよ!」


 朱亜は近くにあった小刀を手に取り、腰まで伸びた髪を掴んだ。そして、髪の束をばっさりと切っていく。ふぁっと舞う朱亜の短くなった髪。魅音と静はあっけに取られるが、驚く二人をよそに勢いよくどんどん髪を切っていく朱亜。それを明豪は穏やかな目で見つめていた。やはり、彼女には優雅な姿よりも勇ましい姿の方が似合っているような気がする。


 髪の長さを肩のあたりで揃え、朱亜は肩を払う。このひらひらした上衣も下裳も動きづらい。


「ねえ、劉秀! 服貸して、いや、頂戴!」 

「おい! 朱亜!」


 劉秀が止めるが気にも留めず、朱亜は服を何着か拝借。スッと準備していた部屋に引き下がると、そのうちの一着に着替え始める。男のなりだけど、こっちの方が何倍も動きやすい。そうだ! と朱亜はあることを思い出し、棚に仕舞っていた上着を取り出した。皓宇が体を隠すためにといってくれた上着を羽織って、朱亜は髪を一つ結びにまとめる。まとめた根元にかんざしをさし、鏡を見た。


「よし!」


 似合ってる! 簡単に荷物をまとめ、劉秀から剣も借りて外に出た。


「しゅ、朱亜様、何を?」


 鈴麗宮の外には王宮からの迎えが来ていた。馬車を引く二頭の馬。朱亜がそれぞれ、首や腰のあたりをポンポンと叩いていると、困惑した静が声をかけてくる。


「静さん、長い間お世話になりました。ウチ、行ってくるね」

「行くってどこへ?! 式典はもう始まりますよ!」

「決まってるじゃん!」


 そのうち一頭の手綱を切って、朱亜は颯爽と乗った。王宮から朱亜たちを迎えに来ていた御者も困惑している。


「皓宇のところ!」

「朱亜様!」


 朱亜は馬に声をかけ、そのまま駆け出して行ってしまった。静や御者が朱亜を呼び止めようとするけれど、その姿はみるみる小さくなっていく。明豪は去っていく朱亜に向かって大きく手を振った。

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