第46話
邪王を倒し、100年後の世界から戻ってきた朱亜。長い時間をかけて伸びた髪は、朱亜にとってはとても邪魔だったけれど魅音や静、そして皓宇に切るのを止められて、長いままになっている。毎朝魅音がお団子を結ってくれているけれど、それを飾る宝飾品が一つもない。100年後の世界の朱亜が身に着けていたかんざしは小鈴たちに託したからともかく、この世界にいたはずの朱亜が持っていたかんざしも彼女が消えてしまったときに一緒になくなってしまった。飾りっ気のない髪型を見て、魅音が「少しくらいおしゃれに気を使ったら?」と文句をつけてかんざしを買うために城下町に向かったけれど……いまいちピンとこない。
「朱亜はどういうものが好きなの?」
「うーん……」
「それもわかんないんだもんね……せっかくキレイな髪をしているんだから、もっと着飾っちゃえばいいのに」
魅音の言葉に朱亜が唇を尖らせた。
「何よ」
「いや……魅音はそうやってすぐに『キレイ』とか言ってくれるけど、一番言ってほしい人には言われたことないなって思っただけ」
「驚いた。アンタもそういう欲があるのね。でも、いい加減に選ばないと、アンタこの後殿下と出かけるんでしょ?」
朱亜が首をひねって考えていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「朱亜様~!」
明豪だ。大きく手を振って走りながら近づいてくる。
「お迎えに上がりました!」
「お迎えですって? 朱亜はこれから殿下と」
「ですから、殿下に命じられてお迎えに上がったのです。朝私の元にお見えになり、今日、朱亜様は魅音様と城下町に行ったので時間が近づいてきたら迎えに行ってほしい、と」
魅音は無性に腹が立ってきた。事件が解決した後から、皓宇はなんだか朱亜に対してよそよそしい。やっと二人きりで出かけるらしいと聞いて、とびっきりにおしゃれをさせて皓宇をびっくりさせてやろうと思っていたのに、こんなお邪魔虫を呼びつけるなんて。朱亜は何も気にしていないのか、魅音に別れを告げようとしている。
「じゃあ行ってくるね。魅音は今日も遅いんだっけ?」
「えぇ。貴族様のお屋敷へ、ご令嬢に舞の稽古をつけてその後お話もあるから。劉秀も遅くなるわ」
「わかった。じゃあね」
魅音はのんきに歩く朱亜と明豪の背中に手を振った。
***
皓宇と待ち合わせをしたのは、都の外れにある廟だった。誰も寄り付かない古ぼけた廟。ここに、人知れず雨龍が葬られている。ひっそりと葬られた雨龍が哀れになり、二人は墓参りをすることにしたのだ。朱亜たちが到着した時、まだ皓宇の姿はなかった。
「明豪は忙しくないの? 美花様、相当参っているみたいだけど」
「貴妃様も大事ですが、私の一番は救世主・朱亜様ですから」
「もう救った後だから、救世主でもなんでもないと思うんだけどね」
用事は墓参りだけではない。朱亜は持ってきた巾着を少しだけ開く。その中には粉々になり力を失った天龍の剣と首飾りが入っている。皓宇にそれらを廟の近くに埋めないか、と誘われたのだ。役割を終えたそれらに安らかな休みを与えるため。そして、何も持たず誰に見送られることもなく天龍が治める天に行ってしまった雨龍へ、少しでも餞になるように。
「皓宇!」
黒い頭巾を被った皓宇が向こうからやってきた。朱亜が大きく手を振ると、皓宇は小さく振り返してくれる。
「すまない、少し遅れてしまった」
「ううん、別にいいよ」
皓宇が頭巾を脱ぎ、三人はまず廟に向かう。ここはあまり表立って語られることのない、評判の悪い皇族が埋葬される廟だと皓宇が話す。だからこんなにも寂しい場所なのか、と朱亜は思った。苔がむして蔦が這い、雑草が生い茂って人の気配もない。
「逆に考えれば、静かでいいのかもしれないな」
「……うん」
鬱々した暗い話ばかりの後宮と違い、ここなら一日中風の音や虫の声を聞くことができる。穏やかな場所なんだ、と朱亜は考えを変える。三人は雨龍に祈りをささげていから廟を出る。
「昨日のうちからクワを用意しておりました!」
準備が良い明豪の手には、クワが3本。朱亜たちはそれを手に取り、廟の近くに穴を掘っていく。深さが朱亜の手から肘までくらいになったとき、三人は手を止めた。朱亜は巾着を取り出し、穴に中身を入れていく。
「ありがとう、ウチらを守ってくれて」
朱亜の言葉に反応したのか、それらはわずかに光ったように見えた。再び土で覆い隠し、体についた土を払いながら立ち上がる。
「けれど、不思議なんだよね……」
「何がだ?」
「ウチの死体のことだよ!」
皓宇は思い出したくないのか、わずかにその顔が青ざめた。しかしすぐに顎のあたりに手を添えた。
「確かに、なぜ朱亜が100年後から再び戻ってきたとき、この時代にいた朱亜の体が消えてしまったのか……」
「剣や首飾りが壊れたのも不思議じゃない?」
「天龍様のお力が働いたのでは?」
「あともう一つ。ウチの時代にいた邪王は皓宇だったけれど、この時代の皓宇は邪王になることはないよね? ウチが印章を壊したから。なら……未来の世界ってどうなるの?」
あれこれ考えていると頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。朱亜が唸っていると、明豪は手を叩いた。
「朱亜様は時を旅したのではなく、並行世界を行き来したのかもしれませんね」
「ヘイコウセカイ?」
皓宇も知らない言葉らしい。朱亜と二人、顔を見合わせる。朱亜は明豪に説明するように求めた。
「えぇと……朱亜様は、世界その1の100年後の時代から、今の時代に時を渡った。その後、亡くなったけれど邪王の呪いで蘇り、世界その1の邪王を討つことができた」
「うん」
「その後、首飾りのお力でこの時代に戻ってきたと思っていたけれど、そこは世界その1ではなく世界その2、この世界そっくりだけど少し違う世界に来たのかもしれません。この世界には剣と首飾りがあるから、役目を果たした後に朱亜様が持ってきた世界その1のそれらは天龍様が破壊なさった」
「うん?」
朱亜は皓宇の顔を見る。彼は明豪の話が理解できたのか、わずかに頷いていた。
「並行に並んだ、決して交わることのないはずの世界に朱亜が飛び込んできて、私を助けてくれたんだな」
「しかも、世界その1を救った後にこの世界も救ってくださった。さすがは救世主様です」
「皓宇、よくわかるね。ウチには難しいことはさっぱりだよ。でも、これで100年後の世界は平和なままなのは間違いないんだよね?」
「未来の皇帝が戦を起こさなければ、ですがね」
朱亜は空を見上げる。暗雲が立ち込める邪王城がないなら、それでいい。明豪が名付けた世界その2でこれから生まれる仲間たちの日々が平和でありますように、と青空に祈った。
「でも……」
頭を下げて、地面を見つめる朱亜。すべてが終わってから、その胸にはわずかな後悔が残っていた。
「ウチ、春依や雨龍が間違いを犯す前の時代に来ることができたらよかったのに……」
顔を上げて、皓宇を見つめた。そのまなざしだけで、彼女が何を考えているのか皓宇には手に取るように理解できた。
「いや、いいんだ……」
「でも、もし春依が印章を見つけるよりも先に壊すことができたら……皓宇の奥さんは……」
「朱亜が気負うことではない。きっとあの時私たちが出会うことが、天龍様が考えた【最善の策】だったに違いない」
皓宇は優しく朱亜を慰めてくれる。その優しさが朱亜の胸に染みて、込み上げてきた。朱亜は涙を見せないように再び上を向いた。
「そうだ、朱亜。皇帝陛下から伝言を預かっている」
皓宇はピッと背筋を伸ばした。朱亜は「伝言?」と首を傾げる。何だろう?
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