5.

 理乃の土日は、いつもシンと過ごすことになっている。

 シンが理乃のうちのチャイムを鳴らす。そうして始まる、週末。

 まったりと部屋で過ごすこともあれば、出かける日もある。今日は映画に行き、食事をしようということで、お出かけ日だった。

 シンは手を繋ぎたがるので、外ではいつも手を繋いでいた。こうしていると、何の問題もないカップルに見えるのだろうと、理乃はショウウインドウに映る自分たちを見ながら思う。大丈夫。今日の恰好もちゃんとかわいい。

「理乃ちゃん、おれ、行きたいところがある」

 映画の後、シンに手を引かれていくと、そこはジュエリーショップだった。

「理乃ちゃん、おれ、理乃ちゃんと結婚したい。……指輪、見て?」

「シンくん……」

 シンの手が、汗をかいていた。理乃はその手をぎゅっと強く握った。

 シンも手を強く握り返して、理乃の目をじっと見て、言った。

「理乃ちゃん、結婚してください」

 理乃の目から涙が溢れた。

 シンの、真っ直ぐな目。

 深部が傷ついたことのない、その目。

 裏切りを知らない、欠落を知らない、その目。

「シンくん」

「り、理乃ちゃん? なんで泣くの?」

 どうして涙が出るのかなんて、理乃にも分からなかった。

 昼間の往来で、ジュエリーショップの前で、理乃はシンに抱き締められながら、涙を止めることが出来なかった。

「ねえ、理乃ちゃん。返事が聞きたい。結婚して?」

「……うん。結婚、する」

「ほんと?」

「うん」

「ほんとにほんと?」

「うん」

「……よかった! 理乃ちゃん、大好き」

 シンが抱き締める腕に力を込め、理乃はシンのにおいに包まれながら、涙が止まっていくのを感じていた。


「あたしね、結婚することにした」

 理乃は川添の部屋で、彼の手料理を食べたあと、そう報告をした。

「え? 本気?」

「うん」

「……僕と、こんなこと、しているのに?」

 川添はそう言って、理乃にキスをして、そして押し倒した。

「うん。――でも、もうしない」

「ほんとに?」

「本当に」

 川添は理乃の顔をじっと見て、それから首筋に唇をつけ舐めながら、理乃の下着を乱暴に脱がした。

「やめて。今日はいや」

 川添は理乃の両手を抑えつけ、無理やり理乃の中を探り、そして押し入ろうとする。

「ねえ、本当にやめて。入れないで」

 理乃の言葉を聞き、川添の顔は奇妙に歪んで泣き出しそうに見えた。

「川添くん?」

 でも川添はそのまま理乃の奥深いところまでいき、そしていつもとは違って自分の欲望だけのために激しく動いた。そうして、今度は向きを変え後ろから理乃に向かった。


 終わったあと、川添は理乃の背中に覆いかぶさるようにした。「……ごめん」

「川添くん、泣いているの? ……どうしたの?」

「……アイツが――」

「彼女?」

「……アイツが、僕と別れたいって。もう恋人がいるからって。……僕は真剣に生きていないから、つまらなくて、もう嫌なんだって」

 理乃は躰の向きを変え、川添の頭をぎゅっと抱き締めた。

 あたしたちは共犯者だ――さみしい大人の、と理乃は思った。「友だち」ではなくて、「共犯者」。

 さみしくて。

 欲しいものがどうしても手に入らない。

 その想いをどこにも持って行けなくて。

 理乃は川添の髪をやさしく撫でた。

 それから、頬に耳に首筋に、唇を這わせた。

 ねえ。

 二人で、ぬるい海の中で微睡まどろもう?

 ゆらゆらと溶け合って、体液が混ざり合って。

 冷たくて凍てつく海の中では心まで氷りついてしまう。お互いの体温で、ぬるい海水をつくろう。

 理乃は川添の涙を舐めた。

 それから下を舐める。

 いつかまた、真っ直ぐな恋が出来るかもしれない。

 繫がることが、歓びに溢れるような。

 でも、そうじゃないときもある。

 今は――今だけは、心が死んでしまわないように、二人でぬるい海の中でゆらゆらとしよう。





     了                             

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ぬるい海をたゆたうのは 西しまこ @nishi-shima

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