第8話 大学祭③ 全然Hじゃない…

 模擬店と展覧会が中心で、時々参加型のゲームで盛り上がっている大学祭。千春さんは専ら展覧会に夢中だ。彼女は風景画から萌え系の女子キャラに至るまで、さまざまなイラストを鑑賞している。


幅広いジャンルを吸収しようとする姿勢は見習いたいな。


もちろん、銭湯の宣伝も忘れていない。千春さんの歳を感じさせない美しさや裏表がないお茶目な性格は、男女問わず惹きつけるようだ。


彼女が渡す紙の割引クーポンの受け取り率は、脅威の100%になる。ポケットティッシュ配りでさえ、この数字は不可能だよな…。



 「千春さんはイラストが好きなんですね」

彼女が次のところに向かう途中に訊いてみた。


「ええ♪ みんなの上手なイラストを観ると元気をもらえるの♪ 私は全然描けないから羨ましいわ」


「俺もまったく描けませんよ」

世の中には、努力しても抗えないことってあるよな。絵はその1つだ。


「…ねぇ照君。あれって『同人誌販売』というのかしら?」


千春さんが見ている先に、折りたたみ長机に隣同士で座っている男子2人がいる。机の上には多くの冊子が見えるな。


「多分そうだと思います」


「早速行ってみるわね♪」

千春さんは足早に向かって行く。


俺達も付いて行かないと。彼女とはぐれたら元も子もない。



 「こんにちは♪ このサンプル品、読んでも良いかしら?」

千春さんは笑顔で挨拶してから尋ねた。


「どうぞ…」

座っている男子2人の内、黒メガネをかけた男子が答える。


「ありがとう♪」

彼女は早速読み始める。


俺達も横から観察だ。…この同人誌は“漫画”のようだ。コマ割りとかトーンとか専門的なことはサッパリだが、絵は間違いなく上手で読みやすい。


「…あれ?」

千春さんが隣にいる俺達にだけ聴こえる声で発した。


どうしたんだろう? わざわざ小声で言った以上、ここでは訊けないな。


「読ませてくれてありがとう♪ 面白くて読みやすい漫画だったわ♪」


「ありがとうございます…」

今度は茶色メガネの男子が言った。


「私、銭湯を経営してるの♪ 良かったら来てね♪」

千春さんは男子2人に紙の割引クーポンを渡した。


「これからも頑張ってね♪ 応援してるから♪」

小さく手を振った後、彼女はその場を去った。


これでさっきの事を訊けるな。



 「千春さん。さっきの漫画で気になった事があるんですか?」

さっきの男子2人からだいぶ離れたから、聴かれることはないはずだ。


「あの同人誌、全然Hじゃなかったのはどうして?」


「えっ?」

そんな事?


「千夏ちゃんが言ってたのよ。『同人誌は、作者のエロのこだわりが詰まった熱いもの!』って」


あの人は何を言ってるんだ? 相変わらず、エロの情熱が半端ない。


「さっきの子達のHのこだわりを知ろうと思ったのに、全然わからなかったわ…」


千夏さんが言ったこと全てが間違ってる訳じゃない。同人誌に“こだわり”はあると思うからだ。そうじゃなきゃ、描くモチベーションが湧かないだろう。


「先程の2人は、Hにこだわってなかったんですよ。どこにこだわっていたかは『人となり』を知らないと難しいですね…」


本当はこだわりたいけど、大学祭向けに控えめにしただけかもな。


「確かにそうね…。もし照君と光ちゃんが同人誌を描くなら、何にこだわるの?」


「そりゃもちろん、ですよ。これは譲れません」

俺のようなシスコンの心を射止めるような描写ができたら良いな。


「私はお兄ちゃんと過ごす甘い時間を描いてみたいです」


「良いわね~♪ 2人なら良い作品が描けると思うわ♪」


時間がある時に、小説でも書いてみようかな? 絵を描く必要がないから、ハードルは下がる…はず。



 気付けば、あの下ネタイベントの開催時間が迫っている。


「千春さん、そろそろあのイベントの時間が近いですよ」


「もうそんな時間なのね。楽しい時間はあっという間だわ♪」


「楽しんでもらえて何よりです」


「会場まで案内よろしくね、照君♪」


「任せて下さい!」


こうして、俺達は千春さんを開催場所のサークル棟付近まで案内するのだった。

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