第19話 キスってどんな感じ?

 貸し切り温泉を出た俺達はフロントに向かう。カギを返さないといけないし、代金を払う必要があるからな。


…古賀千夏さんは変わらず受付にいるな。これで問題なく返せる。


「あの…、カギを返しに来ました」


「…確かに受け取ったわ。どう? 温泉楽しめた?」

古賀さんは俺達全員の顔を観る。


「楽しめた!」

笑顔で答える紗香ちゃん。


「良かったじゃん。またいつでも来て良いからね」


「うん、そうする!」


静ちゃん次第で、混浴が再び実現しそうだな。



 「千夏さん。アメニティ用品の発注終わったよ」

ある男性がバックヤードからフロントに来てそう言った。


身長は古賀さんよりやや高いぐらいで、真面目そうで誠実な印象だ。スクエアで細いフレームのメガネがよく似合う。


左胸に『古賀こが れい』という名札を付けている。この2人、どういう関係なんだ?


「ありがと、玲♡」

千夏さんは彼に一瞬キスをした。


「お客さんが目の前で観てるよ…」


「んな事わかってるって。ホント玲は真面目よね~」


人前だろうとイチャイチャするカップル? のようだ。


「ねぇねぇ。2人はどういう関係なの?」

興味津々な様子の紗香ちゃん。


「アタシ達夫婦なのよ。大学卒業してすぐ結婚したの」


「皆さん初めまして。今村…じゃなかった“古賀 玲”です」


今の自己紹介を聴く限り、名字が変わったのは玲さんのほうか。つまり婿入りしたんだな。


「出会ったきっかけは何~?」


紗香ちゃんは質問を続ける。


「アタシ達高校のクラスメートだったんだけど、アタシと母さんが玲に目星をつけて、ここのバイトに勧誘したのよ」


母さんというのは、おそらく店名になってる“千春”さんだと思う。娘の千夏さんが店名になってるんだから、そう考えるのが自然だよな。


「アタシ達の目に狂いはなかったわ。玲はしっかりしてるし、一部のお客さんに人気でね。この銭湯にめっちゃ貢献してくれたのよ」


その“めっちゃ”が気になるな。一体何をしたんだ?


…紗香ちゃんの表情を見れば、俺と同じ気持ちなのは一目瞭然だ。彼女が口を開いた時…。


「千夏ちゃん。ちょっと良い?」

フロントの休憩スペースにいるおばちゃん達が手招きする。


「はいはい、今行くわよ」

千夏さんは俺達の元から離れる。


「さっきの“めっちゃ”は気にしないでね。千夏さんが大袈裟に言ってるだけだから」

玲さんが弁明する。


本当にそうなのかは2人の話を聴かないとわからないが、千夏さんは席を外しているから聴くことができない。訊くとしたら別の機会で良いか。


その後、俺達は玲さんに貸し切り温泉代を払い、銭湯『千夏と千春』を後にした。



 銭湯を出てすぐ、紗香ちゃんが俺の服の袖を引っ張った。


「ねぇ、キスってどんな感じなの?」


さっき千夏さんと玲さんがしてたからな。気になったんだろう。


「どんな感じか…。説明するのは難しいけど良い感じだよ」

初めて光とキスした時を思い出す。


「ふ~ん…」


紗香ちゃんの意味深な態度が気になったが、俺達は帰路に就く。

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