第3話

「では、事情を聞かせてくれるかな。」

「え、」

「ある程度の事は佐藤さんから聞いているが、私としては君の口から聞きたい。」

「僕の言葉で、ですか。」

「その通り。私は言霊の力を信じているからね。君が紡ぐ言ノ葉の強さを知りたいのだよ。」

言霊。

確かに言葉には力がある。人を癒すのも、傷つけるのも、言葉を用いれば容易に行える。ただ、それは人にのみだ。

僕が発した言葉が世界を変える事などありえない。

それでも、頭を下げる相手には礼を尽くすべきだ。

「わかりました。この子猫達を初めて見かけたのは、昨日の帰宅途中です。いつもと違う道を歩いてしまったのが事の始まりです。

昨日、夕日が眩しくて、いやに眩しくて。少しその光から逃れたくて、脇の通りに入ったんです。そうすると、何処からか弱々しい声が聴こえたんです。小さくて、高くて、耳障りな声が。僕は耳を塞いで、元の通りに戻りました。そのか細い声が、余りにも悲痛で。僕はその夜、イヤフォンをしながら眠りました。それでも、あの声は脳裏を掻きむしってきました。

そして今日、気にしない、気にしないと頭で反芻しながら駅に向かっている途中、その通りが目に入りました。頭では面倒な事に成ると分かっているのに、心は既に足を動かしていました。

初めて見た子猫の死体は、ゴミ捨て場に居たせいか酷い匂いがして。それでも、僕は向き合うべきだと思いました。子猫達を見捨てた大勢の中に、僕は含まれていて。命よりもどうでもいい欲望を優先したのは僕だから。だから、死体を捨てる義務があると思ったんです。きっと、僕が捨てなくても。そう思わなくも無いですが、「誰もしなかったら」。そう考えると、僕はその重さに耐えられない。」

己の醜さを吐き出した。醜い本性を吐き出した。気分が悪くなるほど吐き出した。醜い心が剝き出しになる。本当に、酷い気分だ。

「成程。君は、とても運が良かった。本当に。自らを誉めてあげるべきだ。」

住職の紡いだ言葉は、耳を疑うモノだった。

「えっと、何が、何処がでしょうか。」

「ん?君は不思議に思わなかったのかい?それでここに来たものかと。」

「どういうことですか。」

「では、ヒントを与えよう。

一つ。子猫に限らず、赤子とはとても弱い生き物だ。

一つ。猫はとても狡猾な生き物だ。そして、それは生まれつきだ。

一つ。君は何故夜が明けるまで声を聴いたのか。

一つ。死体とは、直ぐに臭う事は無い。死体が腐敗して初めて、酷い匂いがするものだ。

一つ。死体の腐敗は一晩では始まらない。

最後に一つ。何故子猫はゴミ捨て場に捨てられていたのか。」

之だけヒントを与えられれば、誰でも答えに辿り着く。つまり、

「僕が持ってきた子猫の死体は、死体として捨てられた。つまり、初めから死んでいて、ゴミとして捨てられていた。」

「そういう事。君は、誘われようとしたんだよ。猫の国に。」

「猫の国?」

「そう。神隠しの一つだね。勿論、どんなところかは知らない。誰も、知らない。ただ、体験談として、猫の声に惑わされ、気が付けばどこか遠くに連れていかれていた。という話を少し聞いた事がある。多くの人は惑わされ、本当に遠くへ行ってしまったのか、定かではないがね。一つ言える事は、君は人として正しいという事だ。」

「何処がですか。」

「自らを一番に考える事だよ。猫の国に惑わされた人の殆どは自分よりも他者を大切にする傾向にある。他者にやさしいという事は、人の世界では美徳かも知れない。が、それは生命に対する冒涜だ。生命が優先するのは、一に子孫、二に自分。それ以外は無い。その道筋に対する冒涜を、人は平気で起こす。だから、そういう人を誘う。猫は一説には神の使いという。君は、本当に運が良かった。」

「そうですか。」

何を言っているんだ此の和尚は。

「では、お願いします。僕は、学校へ向かわなければならないので。」

「ああ、行っておいで。今から向かえば間に合うだろう。」

「いや、間に合うはずが―――。」

校門の前、賑やかな生徒の話声。

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猫の国 カササギ @pepper-red69

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