第8話

「る~?」

「ふぎゃっ!?」


 急に視界が変ったら、目の前にソラが覗き込んでいて肝が冷えた。なにしろ龍だ。顔を寄せられると、小さく開けた口にキバも並んでいるし。

 ターコイズのつぶらな瞳を、疑問形にぱちぱちと見つめている。


【! マスター、何か有りましたっ!?】


 スマホから、池のほとりで心配するビキニの声が響いた。


「ああ……だ、大丈夫だ」

「る♡ くくく……」

 ソラが失笑している、気がする。


【どうです、水の中は……なにか聞こえません?】


 四畳半の音量を大きくして、遠く耳をそばだててみたが、特に怪しい音は拾えない。

 ぼうっと全体的に光っている水中を、優雅に大小の竜魚たちが行き来して、天井にはカピバラ・えっくすが、器用に立ち泳ぎしている短い足が見えた。


「――いや、特に何も聞こえないな」


 視界をアチコチ移動させて、周囲を探る。


(岩をくり抜いて水を貯めていると思ったが、底が見えないな。明るくて気付かなかったが、かなり深さが有りそうだ)


「なぁソラ。おまえ何か気が付いた?」

「くる?」


 目の前でくねりと身体を擦り寄せるソラに声を掛けた。

「るるる……?」


 そう言えばコイツに話しかけたのは、今日が初めてかも知れない。

 アバター・まんちゅうとなって行動する時、俺はいつもビキニやソラと離れ一人で情報収集をする。そう、隠密忍者に成りきるため。


【――ソラが近くにいますか? がドコにいるか、聞けませんかね?】


 ビキニの声だけ届いて、姿が見えない状況も新鮮だな。少々、心細い。


(彼女はいつも、こんな気持ちで冒険していたのかな……)


 あまり感じて来なかった、お互いの情報量の違いに、いまさら愕然として申し訳ない。



 ――ソラに言葉がちゃんと通じるか、はなはだ疑問だが、ひとまず尋ねてみよう。


「ソラ? 水脈の『ュヰ』さんって、何処にいるのか知ってる?」

「る!」


 ――ぱく。


 ソラがいきなり俺が持つ、ひらりと自慢の尾びれを咥えた!


「おいっ、なに噛んでるんだよ! おまえ、キバ生えてたろ!?」

「む!」


 そのままグイと、水底へ引きずり込む。


「こらっ!」

「はむ……む!」

【マスター!? ちょっ、どうしました!?】

 ビキニの焦りはソラに聞こえない。

 しっぽを咥えられたまま、ぐんぐんと後ろ向きに沈んでゆく。

「ソラっ、引っぱるなって! ちぎれるっ!」

「むっ!」

【マスターっ!?】


 水面でのん気に泳ぐカピバラの足が、別れを告げるように「バイバイ」と、水を掻いていた。


 〇 〇 〇


 ――ここは、光りの空間だ。


 いつの間にか、ビキニの叫びも聞こえなくなっている。


 眩しい静寂。


(竜宮の壁に、似ているな……)


 広さも判らない空間まで引きずり込まれた後、俺は「ぺいっ」とソラに投げ出された。

 よかった、シッポはちぎれていない。


「――ようこそ……マスター」


 突然、声が響いた辺りで、ゆらりと光が歪み、やがて人の形に影がまとまる。


「改めまして……<カ・ク・ュヰ>と申します」


 ダークグレイのスーツを着た、キャリア女性っぽいスレンダー美女が、まるで焦点を絞るように姿を現わせた。


(この人が水脈の、ュヰさん……)


 ビキニとソラが初めて竜宮の壁へ接触した際、俺のスマホへ、突然メールを寄こした人だ。

 今操っているアバター『まんちゅう』も、そのとき同時に手に入れた。


 想像していたよりも、ずっと人間ぽい。

 すこし……いや、かなり安心するな。


 WEB画伯たちが好んで題材にする水の妖精『ウンディーネ』は、おおむね水色のやわらかなイメージが強く、色々なトコロの露出度も高いが、彼女はシャープで黒っぽい。

 ショートの黒髪をシャギーに軽くして、さっぱりと中性的な印象だ。まゆ毛もキリリと、自然な太め。


「あ、ど、どうも……」

「呼びかけに応じてもらえて、助かります」

「る!」

 ソラがヒュルリと飛び付き、美人の目の前でくねくね舞う。こいつ、きっとオスだ。


「おお、天脈の子よ。よくマスターを、お連れしてくれた」

「くるる!」

「うむ、よい子なり。ありがとう」

 褒められて、くねくね嬉しそうなソラ。


「――ところで私の姿は、いかがですか? マスター」

「へ? いかが、とは?」

「好みに合いますでしょうか?」

「はひっ!?」


(なに? 誘われてるの?)


 それはもちろん、やぶさかではない。

 ……が、こまる。

 なにしろ俺は、有名な物理学者も認める『ヘタレ』だ。


「頑張って『はじ・おせ』のと、やらを真似てみました」

「えっ、あなたキャラクターなんですか!?」


(水脈ってのは、プレイヤーなのか?)


「姿が有った方が、話しやすいでしょうから……どうです? ちゃんと『できるオンナ』に見えますか?」

「そ、そうですね……とても魅力的です……」


(なんか……ひょっとして、ヘンテコさん?)


 さっき安心したばかりなのに、またまた不安が訪れる。


「ありがとうございます! うふふっ」


 褒められて嬉しいらしい。可愛い笑顔だ。


「面白いですね、キャラ・メイクと云うのは。自分の容姿を自由に変化させるなんてこと、まず思いつかないですよ」

「そ、そうですか?」


 またちょっと安心する。


「はいっ。けっこう真剣に造り込んじゃいましたよ」


「あはは……」


 乾いた笑いの裏側で……俺はふと、疑問を感じた。


「――あれ? でも、ユヰさんたちは……地球に似せて、星の形を変えて行ったのでは?」


 中華屋で餃子を食べながら、ミスター・エムケイが話してくれた事を思い出す。


 〇 〇 〇


【――1970年4月、アポロ計画中に発見された宇宙の穴『ミラー・ボール』……その向こう側に存在するという、謎の天体『KAC』……】


【――もともと違っていた環境を、あの星では『意図的』に、地球に似せて変えて行ったらしい……どうやら、そんな歴史が有るようなのです……】


【……我々は、あの『脈』と呼ばれる存在が、おおきく関わっている、と考えています……】


 〇 〇 〇


 ――ビキニ達が暮らすこの星が『KAC』で有るなら、ュヰさんのような『脈』たちが、地球に似せて環境を変えて行った張本人なのだろう。

 それはまさに『キャラ・メイク』と言えると思うが。


「え? 鏡に映った憧れの姿に、自分を似せようとするのは当たり前の事でしょう?」


 何か、不思議な価値観を語り始めた。

 やっぱり人間とは違う次元の、ヘンテコ存在なのだろうか? やっぱり、不安。


「もともと、姉妹だった訳ですし……」


「し……姉妹……?」


「私たちは『神の理不尽』と、呼んでますけどね……調べましたよ? 私。うふふ……」


「はい?」


「あなた方『ちきゅう』では『ジャイアント・インパクト』と呼ばれている大事故で、離ればなれに、なったのです。はい」


「は?」


「たしか『みらー・ぼうる』と、呼んでますよね? 天の水鏡を……」


「えぇ、と? あの……宇宙の穴、ですか?」


「あれ、母なる<カ・ク>が通って来た、傷跡です」


「は?」


 やばい。話しがデカすぎる。


だったのですよ? 我々は……やっぱり、似せたいじゃないですか?」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 今日の俳句。


『文系を なめるな! もはや ところてん』 マスター。


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