第7話

 島の中央部は徐々に勾配がきつくなって、そこそこ立派な山地を形作っている。

 もくもくと煙を上げる活火山では無いが、スパ竜宮の源泉は山の地熱から湧き出ていると見て間違いない。


 温泉以外にも、この山はアチコチ豊富な湧き水が有り、沢になって川へ集まり島を放射状に広がりながら海へと落ちる。

 これが、緑の農地と島民の生活には欠かせない水源だ。


 閉ざされた空間の竜宮では、まとまった降水が、まず期待できない。

 ドームのかたちに光る壁は、入り口ゲートの渦潮うずしお上空に射す太陽光の強さに応じて、その明るさを変化させる。昼夜や季節の違いが、この空間にも反映するのだ。

 しかし外界が悪天候だからと云って隔離された内側は、ぐっと景色が薄暗くなるものの、荒れる風雨にさらされる訳では無い。

 高い山を持つ島や、水平線まで見える海まで内包する広大な竜宮だ。天候の変化も有るにはある。でもそれは、気温の高い条件で雲が集まり、下がった時にサッと一雨落ちる程度だ。


 にも、かかわらず水の確保が容易なのは、山頂から島全体を覆い潤おす毛細血管のような水路のおかげだろう。


 ――これぞ、まさに生命の水と言っていい。


 この澄みきった天然水が、いったい何処から湧いて出てくるのか。


 竜宮はやはり『水脈のへそ』である。



 ――俺たちは生命の水の源である山頂を目指し、ソラの背中で飛行している。

 案内するのは『カピバラ・えっくす』を颯爽と駆る竜騎士『ヒノ・ハルト』さんだ。

 カモメのような華奢な翼に合わせて、毛むくじゃらのおしりがプリップリと揺れ、跨る金属鎧もキラッキラと反射していた。


 山の頂には『竜宮公安府』と呼ばれる施設が有るらしい。

 竜騎士様は普段その場所に詰めて、竜宮周辺および、海上ゲート近海の治安を守っているのだとか。

 春先に竜宮を訪れたとき、ダツの大群に囲まれたムーちゃんの定期運行バスを救いに現れたのも、この公安府からスクランブル発進したモノだった。



 『ドラフト会議』の話し合いは、竜騎士隊が緊急出動をする際に出されるかもしれない応援要請に、ビキニが応える事で決着した。

 卒業試験でソラが叩き出した海面までの到着時間が、あまりに驚異的な『レコード・タイム』だったので、先行偵察員として「是非に!」と、竜騎士様から切望された形だ。

 今日は出動の判断をするための、海域安全を監視するとやらを見学させてくれるという。


「――けっこう神秘的な場所だから、ビキニ君の冒険心も満足すると思うよ」

 竜騎士様が振り返り、山の頂上をツンツンと指差して笑った。

「そうなのですか? 俳句を詠まないとダメでしょうか?」

「ハイク……? ってのは、よく判らないが、まぁ、気に入ってくれると嬉しい」

「はい」

 山裾の豊かな森林上空に、ナデシコ色の髪を耳へ軽くかき上げる。ソラに跨る騎乗姿も、すでに堂に入ったものだ。


「――マスター聞きました? どうやら不思議な場所みたいですね。『絶景』かも知れません」

 鉢金形のインカムを通してビキニの声が、四畳半のスマホに届いた。

「そうだね。周辺を監視する所って言ってたけど……」

 俺は漠然と『レーダードーム基地』のような施設を想像している。

「――それより、ビキニさ?」

 先日から気になっていた発言の、意図を尋ねてみた。

「なんです?」

「俺を『竜宮に招待する』って、いったい、どうするつもり?」

「? 迎えに行きますよ。マスター」


 ビキニは事も無げに、するりと言う。


「私、ソラに乗って何度も脈の中を移動している内に、思い出したんですよ」

「へっ?」


(今までの冒険に、何かヒントが有ったかな?)


「――昔、こんな道を通ったな……って」

「むかし……」

「わたし、マスターの住む星に子供の頃、いたかもしれないです」

「なんだって!?」


(消された、と思っていた『カ・ク・ャ』の記憶か?)


「もしかしたら『月』の景色も、見たことが有るかもしれませんね」


「び、ビキニ?」


「だとしたら、成長して龍騎士になった今では、行ったり来たりなんて簡単なことでしょう?」


 ソラに跨る身体をよじって、彼女は振り返り藤色の瞳を細めた。


「待っててくださいね? マスター!」


 撫子の髪が笑顔に揺れる。




 ――飛行する竜が楽に発着できる平らな広場を正面にして、花崗岩の大きな神殿が、山頂下の岩の山肌に張り付いていた。

 門構えの奥にボッカリ開いた、洞窟の入り口をまつっているのだろう。

 でっぷり太ったカピバラ・えっくすが、逞しい鎧騎士様を乗せ、楽に飛んで入れる巨大さだ。

 ソラとビキニも、難無く「るるる」と後に続く。


(――天井に水が流れて、光ってら……)


 大きく削られた天然石の洞窟は驚くほど明るく、竜宮を囲む光る壁と同じような水流が、重力を無視して天井を流れ奥まで続いていた。

 入り口から始まった天井の川は、最奥で直径20メートル程のドーム状の空間に広がり、今度は壁全体を伝って流れ落ちる。

 滝のような激しい落下ではない。全周の壁をチョロチョロ伝わるような、やさしい流れだ。

 落ち切った後は地面にそのまま、すうっと岩の隙間へ沁み込んでいる。

 山の頂きのすぐ下に有るこの場所から地中へ潜り、それがアチコチ湧き出す水源になっているのかも知れない。


 ドームの大広間の中央には、テーブル状の大きな岩が突き出ていた。

 円形で幅が5~6メートルは有る黒い岩肌。高さは1メートルも無いだろう。土俵のような大きさだ。

 天面が、すぱんと平らに切り落とされ、壁と同じく輝いている。


 いや、光っているのは水のようだ。

 直径5メートル近い丸い池が、くり抜かれた岩の中、輝く水を静かにたたえている。


 数名の金属鎧が等間隔に椅子に腰かけ、腕組みをしながら、水面を真剣な表情で見詰めていた。

 どうやらこの池が、近海レーダーの端末らしい。



 先導してきた竜騎士様が池の正面に、ゆったりカピバラ・えっくすを着地させた。

 ビキニとソラも丁寧に従う。


 ビキニを降ろすとすぐにソラは、いつもの20センチほどのサイズに縮んだ。

「る!」

 好奇心イッパイの顔で、噴水池のような岩へ近づくビキニに気付き、「ねぇねぇ、そんなものよりコッチ見てよ」と、慌ててくねくね後を追った。


「うわぁ……なんですか、これ?」


 池を覗き込んだビキニが、歩み寄った竜騎士様を見上げた。


「これが『ュヰの水鏡』だ」

「みずかがみ……『天の水鏡』の様なものですか?」

「同じものだと言われているが、まだよく分かっていない」


「――ぷきっ」


 いつの間にか、コチラも普通のカピバラ・サイズに縮んだカピバラ・えっくすが、足元で鳴いた。何かを訴えかけている。


「ぷきゅっ!」

「お、入るのか?」


 そう言うと腕を伸ばして、もっさりカピバラを抱き上げた竜騎士様が、とぷんと池の中へ沈めてあげる。


「ぷき~っ……もぐもぐ……」


 静かに輝く水面から顔を出し、鼻づらをもにもに動かしながら、黒い瞳を糸のように細めてくつろぐカピバラ。


(――いや、温泉かッ!?)


「ソラも入ると好いぞ。疲れが取れる」

「る?」

「え! この中って入っても、大丈夫なんですか?」

「騎竜たちのメンテナンスに最適なんだ」


 よく見ると池の中に、大小の竜魚と思われる魚影が、ついついと何匹も泳いでいた。


「る?」

 ためらいも無く、とぷん、と飛び込むソラ。

「あっ、ソラ!?」


 驚くビキニの髪が動いて、もぞりと中からノーマル・らんちゅうが姿を現した。


「ぽ・ぽ・ぽ」……とぷん。

「ち、ちょっと、らんちゅうまでっ!」


 ソラに続いて飛び込むらんちゅうに、慌てて腕を池へ伸ばしたビキニが、水面を触れた瞬間、軽く悲鳴を上げた。


「ふわっ!?」


「どうした、ビキニ君?」

 不思議そうな竜騎士様。


「い……いえ……なんでも、ないです……」



 濡れた右手を胸に抱えてビキニが振り返り、質問状態を作る。

「ま……マスター」

「何か気が付いた?」

「はい……この池、チョットおかしいです」

「おかしい?」


(ピリッと、したとか?)


「――名前を……呼ばれました」

「へ?」

「脈の声が、聞こえたようです。マスターと話がしたいって言ってました」


 水中へ潜るらんちゅうを追いかけ、ほんの一瞬浸かった腕を通して、水脈と会話を交わしたのだろうか?


「――ちょっと、マウントしてみようか」

「大丈夫ですか?」

「問題ないと思うよ」


 俺は水脈の池を泳ぐノーマルらんちゅうにマウントして、アバターまんちゅうに変身した。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 今日の俳句。


神水しんすいの えにうたがわし すみわたる』 ビキニ。

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