第6話

 名目上は『ライダーズ・スクールの卒業祝賀会』だが、まぁ、いわばドラフト会議である。

 ビキニは金魚柄の浴衣(まぶしすぎる!)姿。トロピカル美女を自認する女将・ゴオルドさんは、パイナップル柄のアロハシャツを羽織り、石鹸が香る。


 湯上りの二人が顔を見せた途端、竜宮銀座商店街の若旦那たちが乱入するというゲリラ参戦を目論んだが、女将のひと睨みで、これは直ちに退場させられた。

 健全なスパ竜宮のサービスに『ビキニ鎧ちゃんの、お背中♡流しまショー』など、もっての他!

 女将あっぱれ! 若旦那衆は頑張っておのれを磨き、一緒にお風呂に入ってくれる彼女を見付けてくれたまえ。



 ――深海の大地に周りの縮尺から、まるで隔絶された様に閉ざされる広大な異空間、竜宮。

 荒天に見舞われる事も無い、穏やかな遠浅の海に囲まれた静かな孤島だ。


 ミスター・エムケイが所属する団体の目指している『テラフォーミング』とは、こういった物なのかも知れない。

 大陸棚の終端に有ると思われる竜宮は、地球上なら、貴重な海底資源を採取する恰好の前線基地として重宝されるだろう。

 明治・大正・昭和初期の炭鉱の町のように、活気が溢れる期待すらある。

 が、いかんせん、この世界はそこまで科学技術は進んでいない。

 海水から塩ぐらいは採っていると思うが……おや?『にがり』を材料とする『とうふ』が、このテーブルには並んでいるな。


 開発の爆発的な好景気は望めないが、必要最低限の暮らしなら、竜宮内部だけで自給自足が可能なのだろう。

 それでも、いくら完成された『ビオトープ』とは言え、外部との交流は島民にとって魅力だ。


 ――大陸との間に騎竜を使っての物流が、有る事にはある。ペリカン型やカンガルー型の騎竜が輸送用に、竜宮港には多く停泊しているからだ。


 主な交易産業は農業・漁業・水産加工業。

 そして、大きな外貨収入になっているのが『スパ竜宮』に代表される観光業である。


 確かにドーム状に流れ落ちる水の壁が光り輝き、四方、天井まで覆われた様子は間違いなく『絶景』だ。

 しかし観光地としては『退屈な場所』と、云ってしまってもよいだろう。

 まして、この地を訪れるには決死の覚悟で危険生物が群れる海洋を渡り、さらに深海底まで潜水しなければならない。

 客足は少なく、島の人口は減って行く一方。

 観光力の強化は、島民にとって切実な願いである。



 まず、いち早くビキニの才能を見出し、時代遅れとも言えた温泉宿のディナーショーに、若く活気あふれる演目を加えた手腕を掲げる女将が、主導権を握った。


「――送迎バスの護衛、兼バスガイドと云うのはどうかな? 海上ではソラに跨りダツなんかの襲来に備えて警護し、ゲートに入った後はムーちゃんのお腹の中で、お客さんを歌と踊りで歓待するんだ!」


「あっ、ソレ好いね! 潜水中はお客さん達、暗闇で音が聞こえないから不安らしいよ」

 自身、送迎バスのドライバーを務めるキャプテン・ほのなえちゃんが、早速賛同した。

「ビキニちゃんは、歌も上手だし」

「え!? は、恥ずかし……」

 どうやらビキニはキャプテンに、歌声を披露した事が有るらしい。仲良くカラオケにでも行ったのだろうか。

「二人でいられる時間も増えるから、ボクは凄く嬉しいよ」

「そ、それは私もウレシイですけど……」

 頬を染め、照れるビキニである。


「もちろん夜はステージだ! 新しいプログラムも考えないと……キャプテン? やっぱりビキニ鎧を着て壇上に上がるのは……」

「お断りします」キャプテン却下。

「だめか……」

 女将は『ビキニ姉妹』の結成を、あきらめ切れては無かったようだ。



 ――女将の一人勝ちになりそうな雰囲気に対して、竜宮およびゲート周辺海域の治安を守る竜騎士隊へ彼女を招き入れたいヒノ・ハルトさんは、運命論的な『屁理屈』をくり出した。


 いわく「俺がバレンタインチョコを贈られなかったら、ビキニ君が竜宮へ来ることは無かった」で、ある。みごとな屁理屈だ。同情する。


「ソラに、ライダーズ・スクールを勧めたのだって俺なんだぜ?」

 キャプテンがすかさず反応。

「――そう言えば師匠? チョコのお礼とか、地脈の巫女のマ猫さんにあげたの?」

「うっ!!」

 藪をつついてしまったようだ。


「ああ、その辺は商店街からも、まだ報告が上がって来て無かったね~」

 狭い島内。噂は一気に広まっていたらしい。

「ホワイトデーには、なにか贈ったのかい? ハルトさんよ~」

 ニヤニヤ笑う女将。こう云うの好きそうだ。

「りゅ、竜宮のフルーツと……お、お礼の手紙を……」

「奥さんは知ってるの!?」

「ウソついても、すぐにバレるよ?」

「え! あ……そ、そうかな……」


 キャプテンと女将の完全アウェーっぽい追及に、しどろもどろのイケメン竜騎士様である。


「あ、あの!」


 ――ここでビキニが手をあげた。


「少し、聞いて貰えますか?」



 彼女は「ぽ・ぽ・ぽ」と飛んで、事の成り行きを聞いていた俺(まんちゅう)をチラリと見上げる。


「――私は、マスターの所へ行く、冒険の途中なんです」


「――ビキニちゃん……」

 キャプテンが少し顔を曇らせた。


「だから『天の水鏡』の星へ行ける方法が見つかれば、すぐに旅を再開します」


「そ……そう、なの?」

 女将の驚きは当然かもしれない。


「――でも、安心して下さい、女将さん」


 そしてビキニが、信じられない事を言い出した。


「マスターを、スパ竜宮へ招待したいのです!」


『えええっ!!』


 俺の驚きが四畳半の声に出たが、インカムを付けていないビキニには届いていないだろう。


「――私はマスターの星と、この星をつなぐ龍騎士になりますっ!!」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 決意の俳句。


『いとし人 染めて浴衣の 裾みだれ』 ビキニ。

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