第5話

 癒やしと活力を求めている客席を「ぽっぽ」と飛んでみれば、よく解かるんだ。

 女将・ゴオルドさんとビキニの舞いは、お客を魅了し続けて、なお止むことがない。

 息の合った二人が笑顔で持て成すステージは、すっかり宿の看板になっている。


 海の外からの観光客と交易商人が主に利用する温泉宿だが、最近では竜宮の住人も入浴を堪能しがてら、食事と演奏を楽しむことが増えたらしい。

 港からスパ竜宮までの坂に連なるメインストリート『竜宮銀座』の利用者たちも、ちかごろ商店街の割引チケットを使い、度々顔を見せるようになった。

 比較的高齢者が目立つ古い港町・竜宮で、若いビキニは町のアイドルになりつつある。


 ――女将はさらに、同年代のキャプテン・ほのなえちゃんをそそのかし、ビキニとユニットを組ませようと画策したようだが、本人に全力で拒否されたという。


(おもしろいのに、もったいない)


 そんな事を考えながら、奥の小上がり座敷でステージを眺めるキャプテンと、龍騎士ヒノ・ハルトさんの元へ「ぽっぽ」と飛んで行った。

 ここで出番が終わるビキニを待ち、ふたりで卒業祝いの食事会を開いてくれるのだという。

 友達思いの二人には悪いが、せっかく手に入れた体長3センチの生体ドローンだ。

 俺の隠密行動の、実験台となってもらうぞ。くっくっく。と、角の柱へ身を潜める。



「――ビキニ君も、ずいぶん馴染んだなぁ」

 からん、と静かに水割りを鳴らす竜騎士様。くそう、やっぱりかっこいい。

「すっかり宿のメインキャストですね。紹介したボクも鼻が高~い」

 キャプテンは竜騎士様の皿からスルメを奪い、白い歯を見せ噛みカミしている。親子か!

「ソラくんもペレス団長と双璧で、この宿のマスコット・キャラになってますよ?」

「人気あるみたいだな。愛嬌あるしな」


 ――ちなみに俺こと『まんちゅう』に、お声はかからない。そのほうが自由に情報収集ができるから都合が、いいんだ……べつに。


「――彼女とユニットを作る話しを断ったって? 街の活性化に一役買えたのに……」

(お?)

「いやですよ! だって女将ったら、ビキニちゃんと同じ『よろい姿』でステージに並べって言うんですよ?」

「あぁ……そうなんだ……」

(あぁ……そうなんだ……)

「それは……辞退したいよ、なぁ……」


 同じ布面積ならボリュームの有るビキニの方が不利な筈だが、キャプテンの方が色々恥ずかしい気がするのは何故だろう? ひもビキニの謎である。


「そんなにアッサリ納得されちゃうと、ぎゃくに気分悪いんですけど」

 キャプテンが、視線も動かさずスルメを奪う。手慣れた手つきだ。常習犯だな。

「いまのビキニちゃんの人気があれば、へんな事しなくてもダイジョブでしょ?」

「そうだなぁ……騎士隊にスカウトしたい、って言ったら女将、怒るかなぁ?」

「当ったり前! 商店街の若旦那たちも、黙っちゃいませんよ? きっと」

「後援会? が、出来そうな勢いなんだって?」


(え!? 後援会? その辺の話しを、もっと詳しく)


 商店街のオジサンおばちゃんならともかく……そうか、若旦那衆なんてのも、いたな。

 ビキニに悪い虫が付かない様、未然にまもる。隠密忍者の大切な仕事だ。


 すっと柱から影のように、キャプテンの背後へ忍び寄る……。

「ぽ・ぽ・ぽ」

「あれぇ? まんちゅう?」


(! き、気付かれた!?)


 キャプテンの対面から竜騎士様も覗き込む。

「ビキニ君の竜魚か……へぇ、よく見ると顔だな……」

「ぽ」(ほっとけ美男子!)

「――もうすぐステージが終わるよ? ご主人の所へ戻らなくていいの?」

 すうっと伸びる小さな手に気付き、スルメを奪い返した竜騎士様が首をかしげる。

「――舞台が終わったら、この座敷へ来るんだろ?」

「女将と、お風呂に入ってから着替えてくるって」懲りずに手をのばす。


(ビキニは女将と風呂かぁ……じゃあ、このままココに居るべきだな……)


 ミスター・エムケイが所属する、謎の組織の情報端末と化した我が家のPCに、異世界入浴シーンを表示してやる義理は俺には無い。意地でも見せてやるもんか!


「女将も来るかな?」

「たぶん師匠に引っこ抜かれないように、警戒してますよ?」

「お、おおぅ……」


 今やスパ竜宮の人気ダンサーとなり、かつ先日、教習所として十数年ぶりの『龍騎士』の称号を得たビキニの取り合い。

 慢性的に人材が不足している、孤島『竜宮』では必然こうなるのだろう。


 ――俺は危惧していた。


(冒険を、続けられなくなる)


 人面魚になっても喋る事が出来ない俺の気持ちを、キャプテンは気付いたのだろうか。


「――師匠? 残念だけど……ビキニちゃんは、みんなの期待に応えないかもね……」


「うん? なんでだ、キャプテン」


「……彼女は、旅の途中だから……」



 ――この街で、彼女の生活が充実してゆく。


 仕事に就き、知り合いが増え、友人が出来る。それは喜ばしい事なんだ。


 ビキニが与えられた、お題の社命『この世界で最高の絶景を探し出し、俳句に詠む』。


 ただのゲーム・キャラクターなら目標だけを見据え、ドライに最適解を検索し、タスクを組み立て邁進するのだろう。


(彼女は今の生活を、楽しんでいる)


 ゲーム開始時に設定してしまった『しばり』が、負担になっていないだろうか?


 彼女の人生の可能性を、閉ざしてしまっては、いないだろうか。



「ビキニちゃんの選択を、ボクは応援すると、思うよ」

 キャプテンが、スルメを噛む。

「寂しいケドね……」


 どっと拍手が沸いた。

 女将とビキニのステージが終演したようだ。

 汗に光る笑顔が、声援に応えながら袖へ消える。


 ――よく解かるんだ。


 この街は彼女にとって、大切なモノに、なりつつある。


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


 今日の俳句。


『湯上りの 浴衣さらなり 友と宴』 ビキニ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る