第4話

 ――玄龍ソラが、一人前の騎龍になる日がやって来た。

 ビキニが正式に『龍騎士』を名乗る資格を得る。竜騎士ヒノ・ハルトさんのライダーズ・スクール卒業試験日だ。


 ちなみに竜騎士様の騎乗するカピバラ・えっくすや、キャプテン・ほのなえちゃんの相棒ムーちゃんは『騎竜』であり、ソラとビキニが目指す『騎龍』とは別な扱いになるらしい。

 龍と竜の違いは武装の有り無し。騎士とは自動車の第二種免許証所持者と云ったところか。

 いわばビキニは戦車に跨り、人や荷物を安全に運搬する技能を手に入れる事となる。

 とんでもないマンボ・ダンサーだ。


 ――更に、ちなみに、ペレス楽団長や俺の分身まんちゅうは『竜魚』と呼ばれる、これまた別の生き物だという。

 魚によく似て、飛行する時には「ぽこぽこ」「ぽ、ぽ、ぽ」と騒がしいのが特徴。

 ソラも時折り「くるくる」鳴くが、あれは小さな男の子が母親の周りで「ふんふん・かくかく」と、落ち着き無くまとわり付くのと同じだそうだ。

 その行動に意味を、求めてはいけない。

 ……母の元でのびのび育ったソラは玄龍になっても、昔とちっとも変わらない。


「る♪ くるるっ!」と、ビキニの周りを、くねくね甘える。



「ソラは、ご機嫌ですね」

 少々緊張顔のビキニが見上げる。

「る?」

「ソラくんは大物だよ。きっと立派な騎龍になるね!」

「はいっ」キャプテンの言葉に、やっと笑顔を取り戻した。


「――キャプテンを同乗者にして海面まで上がってもらう。人の安全を預かっているのだから慎重に、丁寧に進む事」

「はい、師匠!」

 竜騎士様へ海軍式の敬礼で応える。

「ソラくんに乗るの楽しみだよっ! よろしくね~、ソラくんっ」キャプテンが可愛く手を振ると。

「るる♪」

 岩場へ下りたソラが、すかさず身体を伸ばし、でろんと横たわって騎乗を促した。


 が。


 おいキミ……なんでハラを見せている?

「あはは……ソラくん……」

「る?」ぽんぽんと短い腕で、お腹を叩くソラ。



「――きっと、よっ……はしゃぐだろうソラを……うまく抑えろよ」

「そ……その必要が……あ、有りそうですね」

「び、ビキニちゃん……せ~の、でいくよ?」

「……はい」

「る?」

「せ~のっ」


 三メートルを超えるソラを、三人がかりで「よいせっ」と、うつ伏せに戻した。


 ――ごろん。


「る?」



 ――岩礁に浮かんだソラに揃いの海賊コートで跨る二人が、イケメン竜騎士様を見下ろした。

「じゃぁ行ってきますね、師匠」

 キャプテンがビキニの背中に小さい手足で、きゅっと懸命に張り付き、なんかコアラっぽい。


 そんな後ろ姿がマウントOFFの通常視点で、画面中央に映っていた。

 これまでの教習中に人面魚まんちゅうになって、ビキニの頭の上や、ソラのあごの下へコバンザメのように貼り付いてみたりしたが、結局この視点がソラに騎乗する時には、一番しっくりくるみたいだった。

 ノーマル姿のらんちゅうは大人しく、ビキニのナデシコ髪に潜り込んでいるらしい。



 今から始まる卒業試験は、深海の竜宮を丸く守る光の壁を登り、さらにその先、遥か海上にある大渦潮うずしおへ伸びる細いほそい『水脈』をつたって、ゲートまで到着するという長い道のりだ。

 壁を登る際は、突き抜けてしまえば深海を下降する海流に吞まれるし、手前に外れると竜宮の空へ放り出されて落下する。

 空を飛べるソラの背中で結界に守られているのだから危険な事は無いはずだが、コースアウトした時点で試験は終了。

 ここは慎重に、壁に沿って上昇したい。


 壁の頂上から海面を目指す脈の中では、物の大きさがような状態になるらしい。

 外側からはまず見えない、ひたすら細長い水脈の中を辿っても、コースを外れる事はまず無いようだが、視界すべてを光りに囲まれるため、方向を見失ってしまう恐れが有る。

 充分用心しながら進むに、超した事は無いだろう。


 竜宮へ来るときはムーちゃんに乗って、下降海流を海底まで辿り着くのに、およそ一時間強かかった。

 いったい、どれ程の長丁場になる事やら。



「玄龍のスペックなら十分余裕があるはずだ。急ぐ必要は無いから慎重にな」

「はいっ!」

「よし! 気を付けろよっ!」

「はいっ!」

「るっ!」


 ――どん!


「わっ!」

「ひゃぁっ!」


 ソラのロケットスタート!


「そ、そ、そ……ソラッ!?」

「るるっ!」

 滝に煙る光の壁が、ぐんぐん目前に迫ってくる。

「ちょ、ちょっとソラッ! タイムアタックじゃないんですよ!?」

「る!」

「あははははっ! ソラくんサイコーっ!」

 キャプテンは大はしゃぎだ!

 応えるソラがスロットルを大解放!

「るるっ!」

「いっけぇ~っ!!」

「そら!? そらっ!?」

「るるるる~っ♪」


 ――ざん!


 猛スピードで、輝く壁に突っ込んだ。




 壁の内部はあふれる光で、上下も左右も区別がつかない。

 かろうじて色彩の強弱がまだらに存在するらしく、ものすごい速さで虹色の縞模様が後方へ流れ、進んでいるのが伺えた。

 ソラは現在光りの壁を、ぐんぐんと頂上へ向かって登っているところだろう。


「ほ、ほのなえちゃん? これ、た、タコとか落ちてきたら、どうしましょう?」

「顔には、ぶつけない方がイイよ! あははっ!」

「え……ぇ~……」

 ビキニが恐るおそる短弓を取り出し、矢を番え始める。


 ――ぼ、ぼっ。


 ソラがいきなり前方へ、火球をふたつ発射した!

「なっ! なんですか、ソラっ!?」

「くる♪」

「ソラくんが、撃ち落とすから平気だって! カッコイイ! ソラくんっ、あははっ!」

「ソラっ!?」

「くるる♪」


【――? ないん、やで~】


 月亭可朝が、メールの着信を知らせる。

「なんですかっ!? 今の音はナンなんですかっ! マスターっ!?」

『あ、いや、メールが……』

「くるるるっ!」

「ソラくん、ゴ~ゴ~っ!!」

「る♪」

 流れる光の景色が加速する!

「ちょっとソラっ!?」

「くる? くるるるるっ!」

 さらに加速!

「イえ~いっ!!」

「る~っ!」


 賑やか過ぎる混沌カオスが、光りの世界を突き進む。


「ソラァ~っ!!」

「る!」


 〇 〇 〇


 ――ずざんっ!


 真っ青な色彩と音が飛び込み、記憶が薄れそうなほど目がくらんだ。


 びょうっと耳元に響く風切り音で、壁から空中に放り出されたのかと思った。


 目の前に広がる単一色の、夏の青空。


 二人を乗せたソラが、ゲートから海面上空へ踊り出たらしい。


「――ゴ~ルッ!!」キャプテンが人差し指を天へ突き上げる。


「♪ くる~っ!」


 ソラがグルンと体勢を変え、横切る360度の水平線が画面にせり出した。

 三半規管があわてている。


(これが……平衡? 下は……海……)


 見下ろせば白く広がる渦潮が、すでに遥か小さく光っている。


「ご、ご、ご……ゴール……したの、です、か?」


 憔悴したビキニがつぶやく。つむじから、いつの間にか『アホ毛』が飛び出し、らんちゅうがモゾりと顔を覗いた。


「ソラくん凄いっ、3分35秒! レコード・タイムだっ!」

「るる、る~っ♪」

「ビキニちゃん、おめでとう! これで龍騎士だね!」


「あ、あ……ありがと……ほのなえちゃん……」

「くる!」

「……はぁ……」ふかい溜め息の龍騎士・ビキニ。



 ――右へ左へ、ウイニング・ランを楽しむソラの背中で「やれやれ……」と、疲れた様子のビキニを労わりながら、さっき届いたメールを確認した。


 ――『はじおせ』の運営からだ。


【――拝啓、マスター様。脈の中で火球の使用は、なるべく控えますよう、ご理解ください。 水脈<ュヰ>より――】


 ――どうやらこの世界のえらい人に、しかられてしまった。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 本日の俳句。


『調子者 竜舟競渡 一人無双』 ビキニ。

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