第3話
――楽団上空を行き来しているペレス団長が「ぽこっ」と鳴いて指揮するたびに、楽し気な
舞台中央では目の覚めるようなブルーの衣装が、右へ左へ歌い上げていた。なんとスパ竜宮の仲居頭さんである。
デカダンな耳当たりは、どうやらシャンソンっぽい。
この宿の従業員さん達は、みな呆れるほどに多芸多才。
女将を筆頭に全職員が宿泊客を、やり過ぎだろうと思える笑顔で、もてなしてくれる。
この後始まるのが女将『ゴオルドさん』のマンボ・ショー。
共に踊るビキニは楽屋で、ダンス衣装に変身中だ。
おへその見える解放感だが、その布面積は普段着ているビキニ鎧よりも、はるかに健全である。
着替え中、楽屋へ留まる事など当然できない。俺は可愛い純情金魚だから、ショーと食事を楽しむ客席を「ぽ、ぽ、ぽ」と飛んで、見下ろしながら考えた。
(――ミスター・エムケイの言った通り、この世界の住人は、ほぼ地球人類にそっくりだ……環境が似ていると云うのも本当の事だろう……)
妖精族の『るしあー』さんや、地脈の巫女『マ猫』さんのようなハーフエルフっぽい人もいるし、ビキニを襲った『オーク』という異世界の存在にも出会ったが、ここの客席は、おおむね日本の宴会場と変わらない。
(
歌う仲居頭さんも、コーラスの番頭さんも、おひねりを用意しているオッチャンもみんな、この星で今、生きている。
――自らの惑星環境を地球に似せて変化させているという、謎の天体『KAC』が確認されたのは、1970年の奇跡的偶然まで遡ると言っていた。
この年4月、アポロ計画中に起きた大事故。のちに『成功した失敗』と呼ばれる、アポロ13号の月面着陸失敗が切っ掛けだ。
打ち上げの2日後、地球の上空321,860キロメートルまで到達していた13号は突然、機械船酸素タンクの爆発事故に見舞われる。
事故原因自体は、小さな不具合が重なって起きたものだと判っているが、その後の乗員3名を地球へ無事に帰還させるミッションの途中で、ある天文現象が見付かったのだ。
月面を目指して既に軌道を変更していた13号は事故後、着陸を断念。月の裏側を回って地球へ帰還する『自由帰還軌道』への復帰を試みる事になる。
月着陸船の降下用エンジンの噴射で、必死の軌道修正が行われたが、その際に、大きく破損した機械船外壁から剥がれ『その穴』へ落下してゆく破片の様子が、写真に残された。
これが、宇宙にぽっかり開いた球形の穴『ミラー・ボール』の発見である。
イレギュラーの事故により月面着陸軌道から地球への自由帰還軌道に向けての修正中。
普通は決して選ばない航路である。
加えて月を曳航するように、衛星軌道上を毎秒0.6キロメートルで飛ぶ直径3メートル程度の天体と、秒速11キロメートルで月の裏側を目指すアポロ13号との会合だ。
まさに偶然。『奇跡の出会い』と言っていい。
広大な真空。何も無いはずの宇宙空間に開いた3メートルの球形の穴。
重さも無く、光を発する事も無く、ただポッカリと暗黒に口を開けている。
地球からの発見、観測などは不可能だったろう。
13号の破片が落下してゆく瞬間にだけ、パチンコ玉が入賞口へ飲み込まれるように、明るい七色の電飾さながらの輝きを四方へ散らして見せたという。
その様子は、着陸船でエンジンを操るアポロ乗組員も確認している。
――奇跡の偶然で発見された事象も、当初はさほど騒がれなかった。
机上で計算されるブラックホールやワームホールは、きわめて巨大な重力を持ち、まわりにある全ての物質や光さえも取り込んでしまう恐怖の存在である。
こんな『ぽろり』とモノが転げ落ち、消えてしまう事象など、ありえない。
天体の場所は特定されたが、これが大きな物理現象だろうとは誰も思わなかった。
カメラの不具合か乗組員の見間違いだろう。ひと言で片付けられる程度の、小さな出来事。
そんな事よりも、大事故を乗り越え奇跡の生還を叶えた状況判断力や事故後の管理態勢、すぐれた危機対応能力に注目は集まった。
クルー三名の無事生還が果たせていなかったら、もう少し研究は進んでいたのかもしれない。
のちに映画にもなる『アポロ13号の奇跡』に世間は沸き立ち、NASAは莫大な事故報告書や原因究明の作業に、この大きな発見を埋もれさせてしまった。
ミラー・ボールの存在が掘り起こされ、注目されたのは30年後の2000年になってからの事である。
米国通信研究所『ペル研究所』のサブコンピューター『ISSA(イッサ)』が、謎のハッキングを受ける事件が発生した。
あっと言う間にイッサと同調しアクセス権を手に入れたハッカーは、当時完成しつつあったネットワーク環境へ侵入。ひとつの『広告』を表示してきた。
【これは落とし物・ですか? ――カ・ク――】
――添付された画像は30年前、月の衛星軌道上で地球帰還を目指すアポロ13号が、ミラー・ボールの穴の中へぽろりと落としてきた、三角形にいびつに歪む外壁の破片だった。
(――まったく『おむすびころりん』かっつうの!)
真空の宇宙に開いた球形の穴、ミラー・ボール。
その向こう側から覗いていた天体・KACの、
「ぽこっ!」
ペレス団長の気合と共に、照明がガラリと変わった。
今夜のメイン。女将のマンボショーの開幕だ!
――ちゃっちゃっ! ちゃららら・ちゃ! ちゃららら・ちゃ~っ!
「Uhooo! Ha!!」
ステージ両袖からスポットを浴びた女将・ゴオルドさんとビキニが、笑顔で中央へ進み寄る。
マンボウ・ペレス楽団の
「ぽっぽ♪ ぽこっぽ♪ ぽっぽ♪ ぽっこっぽ♪」
優美に踊りを合わせるビキニと女将。
伸びる手足に、はためくドレス。
撫子色に反射する髪が陰るたび、きらりと白く覗かせる、つぼみの様なくちびる。
歓喜の笑みが目元にゆるみ、藤色の光りは客席へ流れて、舞台を一気に魅了した。
(――彼女に、暗い未来は似合わない)
このあふれる笑顔を、冒険の明日を、ずうっと見守りたい。
(俺は、金魚のカラダで、少しでも情報を集めよう)
明るさを増すステージに酔いしれる客席を、「ぽっぽ」と鳴いて飛びまわるのだ。
〇 〇 〇
舞台の俳句。
『短夜を 咲く客席に 身も躍る』 ビキニ。
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