第2話

 昔恋しく、お玉でぱっくり盛られた頂きにグリンピースが当然と乗っかる炒飯と、パリッとした羽が自慢の焼き餃子が、三皿ずつ、昭和っぽい四角いビニールのクロスに運ばれて来た。


 三人とも同じメニューだが、K博士だけは、こだわりのカレー・スプーンである。この店のオヤジは、ほんのりやさしい。


「――唐揚げが絶品だと言ってましたね、ドクター。ふた皿頼みましょう」

 超高級スポーツカーを横付けにしたミスター・エムケイは、さすがの太っ腹だ。

「あと、乾焼蝦仁と青椒肉絲いってみましょうか?」

「うむ、是非もなし」


 おいおいミスター、何か良い事でも有ったのか? あと、K博士は何で偉そうなの?


「――知り合い、だったんですか?」

 さっそく炒飯をかき込み始めた博士に聞いた。

「ふ? ほむ……ほひも……」

「ははっ……先日、研究室を訪問させて頂いたんですよ」

 ミスターが代弁してくれる。すみません。

「マスターさんのお部屋へ出入りされている事は、前から知っていましたからね。この際、仲間にしてしまおうと思いまして」

「仲間?」


「観察対象『ビキニ・マスター』調査班です」


「なにそれ!?」



 なんでも俺とビキニの『おせかい・ライフ』はゲームを始めた直後から、とある組織に注目されていたらしい。

 特務を受けたミスターが俺に接触してきたのは、そういった事情が有ったのだという。

 やはり『はじおせ』開発会社の交渉人ネゴシエーターを名乗ったのは、真っ赤な出鱈目だったのか!


「ダマしている様で、心苦しかったんですよね」

「なにそれ! こわいんですけど!」

「ははっ、べつに命を狙うとか、監禁するとかの話しじゃないですよ」

 爽やかに餃子を割り分けるミスター。

「ほ、ほ、ほんとう、に?」

「まぁ、初めはテロリストや、潜在的脅威国のハッカー集団じゃないのか? と、疑ってましたけどね」

「こっわっ! ミスター、まじこわっ」

「……レモンしぼって、いいか?」

「あ、ドクター、ひとつは掛けないで頂けますか? 私はそのままで……」

「わかった」


 天才は、どんな時でもマイペースだ。


「とある組織……って、どこです?」

「ああ……そうですね。私、隠し事や回りくどいやり方は嫌いですから、こういった仕事、本当は苦手なんです。ちょっとだけ教えましょう」


 そう言って器用に餃子を放り込む。


「ふむ、うまい……マスターさんは『テラフォーミング』って言葉、聞いた事有ります?」

「へ?……ああ、たしか、そんな漫画が……」


「過酷な環境を地球に似せて、人が生活できるような状態に変えて行く技術です」

 月に大気の逃げないドームを建造したり、火星の地表を温めて氷を溶かし、植物を育てたりするテクノロジーの事らしい。


「ビキニ・よろいさんの住む星が、そのプロジェクトの最終目標なんです」

「はい?」

「――草木の植生、生き物の生態、気象の変化。水の沸騰の仕方から炎が燃え上がる様子まで、さまざまな観察を行いましたが、あの星は地球の環境と。まったく同じだと言ってもイイ」


 えびちりをひとつまみ、にこっと笑う。


「よかったですね? マスターさん」

「はい?」ピンとこない。


「例えば、いま時空を越えてビキニさんがこのテーブルに参加して下さっても、大気の組成や気圧、重力が違っていたら、死んでしまうかもしれませんから」

「ええ!?」


(そ、それはこまる)


「何処にでも行ける扉がエベレストの山頂に開いたら、あのアニメの眼鏡の少年は、高山病で倒れるでしょ?」


 なるほど、深海のような高い気圧の環境から、いきなり地球上に放り出されたら、間違いなく潜水病を発症するだろう。

 金星の大気は90気圧だと聞いた事が有る。水深で言えば海底900メートル! 地球と、ほぼ同じ大きさの、距離的に最も近い惑星なのに! だ。



「――もともと違っていた環境を、あの星では『意図的』に、地球に似せて変えて行ったらしい……どうやら、そんな歴史が有るようなのです」


「そうなの!? いったい誰が?」


 炒飯をひとすくい。ミスターはレンゲの使い方も巧みらしい。


「どの様な意思が働いたか? については、まだ何とも……ただ我々は、あの『脈』と呼ばれる存在が、おおきく関わっている、と考えています」


 逞しく苦み走った口元へ、クールに運んだ。


「……あの光る壁の存在にしたって大きい。内側にある竜宮は、あきらかに外とは違う環境です。その二つを隔てている一方で、かつ、お互いを繋げている。そんな力が『脈』には有るようだ……テラフォーミングを研究する者にとって、とても魅力的な星でしょう?」


 ――これから人類が太陽系へ進出して行く過程で、避けては通れない重要技術。


(その研究を一気に推し進める可能性を……ビキニが暮らす星は、持っている)



「――ところがどっこい、その窓口が『へたれ』と、きたもんだ……」

 餃子を早くも食べ終えたK博士が、たけのこ肉ピーマン炒めを、取り皿へ、もっさりと盛る。

「――私が言った通りだろう? ミスター。せっかく異世界の様子を見て回れる手段を手に入れても、まったく活用しないのだ。この、こわっぱはっ」

 ヘタレの次は、こわっぱ、かよ……。


「まぁまぁ、ドクター。私、以前『あまり変な事は、しない方がイイ』と、くぎを刺しましたから」


 立腹すると過食になるらしいK博士の横で、ミスター・エムケイが餃子を突きながら取りなしてくれる。箸づかいが上手い。


「お陰でこうして話しができる訳ですし……」


「え? もしかして、ゲームの様子、見られてた?」

「ええ、もちろん」


 何てことだ、わが家のPCが端末化している事は知っていたが、まさか先刻さっきのビキニとのやり取りを、いちばん見られたくない博士に見られていたとは! 不覚!


「安心して下さい、マスターさん。あの後ゲームの画面は、脱衣所の入り口でストップしました。おそらく彼女たちが出てくるまで、その場で固定待機でしょう」


 涼しく肩をすくめるミスターの隣りから、博士がコチラを睨み付けながら、ピーマンを食む。動く口ひげは、怒りを隠さない。


「わざわざ外へ逃げ出さなくても、あそこはプライベートの空間らしいですよ? ビキニさんの気持ちが、映像に反映するようです」


「え! そうなの!?」


 それは知らなかった。


「――もっとも『まんちゅう』ですか? 新しく手に入れたキャラクターを使えば、どこにでも入って行けそうですがね」


 ミスターの言葉に乗って博士が怒る。


「そうなんだ! このへたれ、せっかくの異世界入浴文化の観察チャンスを無駄にしやがって。知的探求心をなめている! 巨乳信者は二度と、ジャーナリストを名乗るんじゃない!!」


「まぁまぁ、ドクター」


「――唐揚げ、おかわりしていいか?」


 ――ぱちん。


 ミスター・エムケイがダークグレイのスーツをスラリと上げて、指を鳴らす。


「――ご主人、唐揚げを二皿……追加してくれ給え……」

「はいよっ!」



 〇 〇 〇



 へたれ、の俳句。


実豌豆みえんどう 目にはさやかに よこしまに』 マスター。


 ※季語は『豌豆(グリーンピース)』です。


 『実豌豆』と博士の心の叫び『見えないぞ!』の、奇跡のシンクロ! 炒飯になぜか乗ってる姿も、最近めっきり見掛けません。ちなみに作者の愛する『山田うどん』は、このタイプ。

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